照る日曇る日 第2105回
わが国の広告代理店を代表する電通の営業局に長く勤務していた著者による、その内幕暴露物語なり。
小生もリーマン時代に長く付き合いのあった会社だから、その内情はうすうす分かっているつもりだったが、その真の姿をここまで赤裸々に語られると、残暑厳しい長月といえど、いささか肌寒くもなって来る。
電通から見ればお得意様の一員であった私は、人前で土下座をしたり、されたりしたことはさすがに一度たりとも無かったが、第1章の冒頭に出てくる電機メーカーの宣伝部長の前で土下座させられ(して)いる著者たちの「クライアントは神様です」のくだりを読んでいると、思わず知らずさぶいぼが粒立ってくるのであった。
一面ではそんな奴婢奴隷会社ではあっても、やられっぱなしの電通ではない。テレビ局や新聞社などに対しては、我が物顔に権力を恣にし、政権党と結託して天下国家を切り盛りしているのだから、合わせてナンボの皮肉なアマルガムブラザーズ。そういう意味では表裏も光影も、天国もあれば地獄もある資本主義国特有の会社生活ではあるのであった。
電通の社員といえば、その大半が取引先の企業やメディアのドラ息子のコネ入社が大半だから、著者もその一人かと思っていたら、あに諮らんや普通の国立大学を出た普通の人材なので、あの電通にもこんなちゃんとした社員がいるんだと驚いた。もっともジミントウと同じで、いくら出鱈目な人材登用をしている会社でも、1%くらいは真面目で優秀な社員がいないと維持できないのだろう。
ところがそんな真面目で優秀な社員が、「24時間戦えますか!?」の時代に湯水のように経費やタクシー代を使って朝から夜中まで狂ったように仕事をしていると、私も覚えがあるのだが、だんだん時空が異様にねじ曲がってきて、平穏無事な普通の家庭生活が送れなくなってくる。
自分の仕事の値打ちが宇宙で一番光り輝き、自分に不可能事はない、とまで思い込んで、周囲の全てを犠牲にしてしまうのである。
かくて哀れ本書の主人公も、猛烈な過労のためにアル中になり、ついには最愛の妻に離縁状を突き付けられるのだから、身から出た錆とはいえ、一抹の悲哀と一掬の涙を禁じ得ないラストである。
すべての広告代理店がこのように陰惨な煉獄とは思わないが、この国の資本主義の最前線を身銭を切って支えていると、ついにはわが身を滅ぼしてしまうという好個の一例、他山の石ではないかと思ってしまうのであーる。
古楽器をリメイクしていた同窓の松田世紀夫を探しています 蝶人