音楽千夜一夜第481回&蝶人狂言綺語&バガテル―そんな私のここだけの話第405回
音楽はナマがいい、なんてもちろん分かってはいるが、歳をとってとおくにでかけることができなくなったり、ましてコロナの感染爆発禍にあっては、そうそう生演奏ばかり求めることもできないので、もっぱらいろんなジャンルの音楽を、ネット経由で視聴する機会が圧倒的に増えてくる。
ことクラシックに関しては、朝晩ベルリン・フィルのデジタル放送を眺め聴いておれば、もうほかの団体のあれこれは不要不急、というては言いすぎだが、例えばN響のテレビ放送の録画なんかは缶詰にして2世紀後に後回しという仕儀に立ち至るのである。
それはさておき、もう今から半世紀も前の旧時代になるが、新人リーマンの私は、当時の全都のクラシック団体の会員になって、毎月いろんなオケのいろんなプログラムを楽しんでいた。
当時私が一番好きだったのは新星日響という、後に東フィルと合併して消滅した自主運営のオケで、弦や管楽器の各セクションに格別の個性や特徴があったとは思えないが、ともかく毎回物凄い熱情を込めていわゆるひとつの一期一会の大演奏をやってのけるので、ヤマカズさんの指揮の時など、こちらも毎回身を乗り出すようにして聴き入ったものでしたね。
ある日、新星日響のコンマスの男性が、たぶん交通事故かで急逝され、その代理を急遽夫人が務めたまさしく声涙倶に下るような通夜の演奏会がいまも記憶に新しいが、チャイコフスキーの5番を力演したあと、指揮台から墜落したコバケンが、東京文化会館の硬いコンクリに激しく後頭部を打ちつけ、ゴンという音が聞こえた瞬間の、息を呑むよう静寂は、いまも耳朶にありありと残っている。
私の考えでは、あれで「炎のコバケン」が死んでしまい、普通の棒振りになってしまったとしか思えないのである。
撥ねられて落ちし地点の×印3月も経つも白く残れり 蝶人