西暦2021年睦月蝶人狂言綺語輯&バガテル―そんな私のここだけの話第359回
○花見/新入男性社員のあいさつ
皆さま、本日は、遠路はるばるお疲れさまです。最高のお天気に恵まれ、桜はちょうど満開で本当によかったです。*1
私、総務課の新人の吉田と申します。今日は課長命令で、朝5時起きでここ飛鳥山公園にやってまいりました。もちろん今日の花見の席取りのためです。なんで私がその大役を課長におおせつかったかといいますと、その訳は単純明瞭、私が学生時代から住んでいるアパートが、ここ飛鳥山公園の真向かい、都電荒川線の滝野川停留所のすぐ隣にあるからなんです。さすがに宮沢課長の人選は鋭いものがありますね。*2
さて皆さま、せっかく幹事さんのご指名を頂戴いたしましたので、手短に観光ガイドをさせて頂きましょうか。ここ飛鳥山は、古来、眺めのよい景勝地として知られておりました。もともとこの岡の上には、鎌倉時代後期後醍醐天皇の時代に飛鳥の社がありましたが、寛永年間にその社を、あちらに見えます王子権現に移しました。*3
その後享保5年と6年に、八大将軍の吉宗公が江戸町民の花見のために、吉野の山から1270本の桜の木を取り寄せて植樹されたのが飛鳥山公園のはじまりです。ちなみに、その折の桜の品種はいまわが国でもっともポピュラーになったソメイヨシノではありません。染井吉野はこの飛鳥山からほど近い染井の植木屋さんが近年になって開発したエドヒガンとオオシマザクラの雑種といわれております。
その後飛鳥山では、お花見だけでなく、水茶屋や楊弓場なども開設されまして、ここ飛鳥山から音無川、王子稲荷にかけて茶屋、料理屋がわんさと密集し、上野、品川と並ぶ花のお江戸の1大エンターテインメントセンターとなった訳です。*4
江戸神田の町名主斎藤幸雄、幸孝、幸成親子が30余年の歳月をかけて完成した『江戸名所図会』によりますと「きさらぎ、やよひの頃は、桜花爛漫として尋常の観にあらず。熊野の古式に春は花を以って祀るといへるに相合するものか」と評されております。
長谷川雪旦父子によって描かれたこの本の挿絵があまりにも素晴らしいので私、本日持参してまいりました。*5
どうぞ新旧の飛鳥山の賑わいをじっくり見比べて楽しんでください。長らくのご清聴まことにありがとうございました。
○ アドバイス
* 1上司から花見の座席確保を命じられた新入社員のあいさつである。さりげなく上司にゴマをすったりして、隅に置けない新人である。
* 2幸い地元に住んでいたためにご当地の来歴に明るく、ここからは一種の観光ガイドとなる。
* 3享保5年に270本、翌6年に1000本を植樹した。のち寛永・延享・天明に松、カエデ、ツツジも植えた。ちなみに、この公園には江戸城吹上滝見亭付近にあった自然石を刻んだ「飛鳥山碑銘」が現存する。
* 4『江戸名所図会』は、平凡社東洋文庫刊。最近ちくま文庫からも復刊された。
5異色のお花見現地ガイドが終わった。最近は江戸ブームなのでこれくらいの知識は身に付けておきたい。
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