こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

病理外来の意義をもっと高めよう

2024年04月11日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
先週末から喉がイガイガして、咳も出て、もしかしたら風邪かもしれないと思っていたが、発熱はないのでやっぱり花粉症ということにしておこう。
スギ花粉からヒノキ花粉に変わってきて、どうやら私はヒノキの方に弱いようだ。
鶴岡八幡宮の桜も満開を過ぎて少し寂しそうになってきたが、葉の出るのが遅く、すっかり終わりというほどではなく、今朝も歩いて良かったが、今日は外来があってネクタイに背広という格好で出てきてごく僅かに汗ばんでしまった。
源平池の花筏はまだだが、段葛は花吹雪だった。
病理の外来と一言でいってもいろいろあるが、普段の病理診断業務と目的は異なって、内容も多岐にわたる。
スペシャリストとしての私の意見を聞きにきてくださるわけで、私としても気を引き締めて対応しないといけない。
以前勤めていた病院では病理外来用のブースまで設けてくれていたが、今の病院にそれはないので、鏡検室の私のブースで行わせていただく。
こういう状況一つとっても病理いの置かれている立場というのがよくわかるが、病理医自身にも、こういう機会を積極的に作ろうとしない人がいるとも言えるだろう。
今の若い医師は私たちの頃と違い臨床研修で患者さんと直接接する経験を積んでいるし、接遇についても学んでいるはずなのでこれからはもっと増えてもいいのではないかと思うが、人手不足と仕事の細分化によってそもそも病理医がそのようなことにまで手が回らなくなっているのが現状だろう。
医学知識を持った人間が顕微鏡で組織や細胞を調べるということの意義そのものをわかっていない臨床医も少なからずいる。
その病理医が患者さんに直接診断内容を説明することの有用性がわかっている臨床医もいるかもしれないが、時間的な制約もあって難しい。
医師の働き方改革を進めたら余計にそうなっていくだろうと思うとジレンマを感じてしまう。
病院における病理の役割を考える
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後輩からの嬉しいお声がけ

2024年04月10日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
一昨日、盗撮犯と揉み合った時に捻挫した薬指の腫れはずいぶんおさまった。
まだ、内出血のあとは残っているものの、キーボードはなんとか叩くことができる。
内心剥離骨折ぐらいはしているのではないかとビクビクしていたが、そうではなさそうでホッとしている。
捕まえ損ねた上に指の骨を折っていたらどうしようもない。

昨日の大嵐が一区切りになったのか、これまでの花曇りが嘘のような晴天。
週末まで、お花見日和が続くだろう。
鶴岡八幡宮の桜もずいぶんおちてしまったものの、それでも葉桜にはなっておらず、遠目には満開で、今朝も多くの人が段葛にやってきて、楽しそうに写真やビデオを撮っていた。
先日、教室のとても優秀な後輩で、今はある大学の教授をしている先生から、その先生の教室の若手の研修先となってくれないかというお誘いがあった。
私の勤務先は小児医療の専門病院なので、一般病院ではお目にかかれない症例がたくさんある。
日本では小児科とくに外科的治療を要する疾患の多くが小児周産期施設で扱われ、一般病院の日常の病理診断業務で小児周産期領域の症例に遭遇する機会は少ない。
そもそも、小児周産期施設でもそれぞれの症例に遭遇する機会は少なく、それなりの症例の蓄積がなくてはならず、私のところは役に立つだろう。
それにしても、私のような平凡な人間でも、たまたま希少なサブスペシャリティーを持ったことでこんな嬉しいお声がけをしてもらえるというのは人生不思議なものだ。
それぞれに応えようとしたらやらなくてはいけないことはたくさんあって、老け込むにはまだ早い。
もう一仕事頑張ってみようという気にもなる。
まずは学会の準備から

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いつまでたっても井の中の蛙・・・第113回日本病理学会総会@名古屋国際会議場

2024年03月29日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
朝ホテルの窓からは、昨夜来の雨が降り続いていた。
昨日今日明日と第113回日本病理学会学術集会が名古屋市で開かれている。
昨日は午前中は病院で半日仕事して、午後から名古屋に向かった。
私が総務幹事を務めている研究会のミーティングがあり、それには間に合って出番もこなした。
終わった頃は外は大雨で、タクシーもいない。
名古屋国際会議場は不便で、雨の中をおおきな鞄を背負ってちいさな折り畳み傘(いつものやつ)をさしながら居酒屋を探し当て、気の合う仲間とひとしきり痛飲した。
学会ではかけ足でいいろいろなセッションに顔を出し、また、あれこれの人に挨拶した。
いろいろと勉強するとやっぱり自分がなんにも知らないということを突きつけられてがっくりする。

あとは、年末に発刊した拙著の売りゆきも気になる。
今回は何だかわからないが、新刊ラッシュ。
私の本も平積みで良い場所に置いてもらっていたが、ほかの本に押されて思っていたほど売れてはおらず、ちょっと焦る。
視聴率の伸びなかった番組のプロデューサーの心境がなんとなくわかる。
現在病理学会が直面している問題が、病理解剖件数の減少と、病理医志望者の減少。
どちらも学会場にいるとあまり感じないが、統計を取ると問題らしい。
困ったものだ。
私も微力ながら、新人のリクルートを行いたい。
たとえば、このブログを利用するのも良いだろう。
なにはともあれ今回もそれなりに収穫の多い学会だった。
今日で切り上げて帰ることにする。
<力を合わせる>

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病理医は備えよ常に

2024年03月28日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
薄曇りの朝、夜には雨になるらしい。

いくらなんでももう咲くだろうと思っていた桜の開花は昨日もなくて、今月ギリギリになるとのこと。
段葛の桜もまだウンともスンとも言わない
通常、チューリップの開花というのは、桜が咲き終わった頃らしいが、今年はチューリップの方がひと足早い。
まるで水に顔をつけて息を止める競争をしていたら、桜よりもチューリップの方が先に顔を上げてしまったような感じだ。
みんないっぺんに咲いてしまうのかもしれない。

小林製薬のサプリによる健康被害はまだ広がっている様で、回収命令が出されたということだが、全国津々浦々で売られていて9ヶ月ほどかかるとのこと。
原因はカビの性質の変化の可能性があるということで、たしかにそれならありそうで、他の生物の助けを借りることの危険性を示している。

腎機能障害となると尿細管障害か間質性腎炎を起こしているのだろうか。
薬剤性腎障害であれば、服薬をやめたら比較的速やかに症状は戻るだろうが、長期間徐々に進行したということだと、どの程度の期間が回復に要するか、わからない。
これから腎生検も行われ、そこで集積されるデータが治療に役立つといいのだが。

こういう時、病理診断は重要で、たとえ生検診断であっても、腎臓とか肝臓のように全身状態に直結している臓器であれば全身状態のかなりのところまでわかる。

自分のところにもいつそんな生検組織が持ち込まれるかもしれないので、今から気を引き締めておく必要がある。
コロナの時もさまざまな臓器で診断を行ったことを忘れてはいけない。
何歳になっても新しい病気は起こるもので、そういう機会が無ければ無いでいいのだが、病理医を名乗っている限りは”備えよ常に”の気構えでいなくてはならない。
わからなければ専門家に相談

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毒にも薬にもならない様ではサプリとは言えないが

2024年03月27日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
やっと晴れた。
これで、足踏みしていた桜の開花も一気にすすむはず。
明日は一旦崩れる様だが、週末にかけては晴天となりそうで、週末は段葛の桜も楽しみ(と同時に鎌倉市内の混雑も心配)。
頭だけ出していたチューリップも一斉に咲くだろう。

小林製薬が販売した「紅麹」成分配合のサプリメントを摂取した人から、急性腎障害等の腎障害を含む健康被害が相次いで報告されている。
定期的に服用していた人には亡くなった方もいて、事態は深刻だ。
腎障害がなぜ起こったのかが特定できていないというのも困った。

腎臓の病理診断は私のサブスペシャリティーの一つなので組織像をぜひ見たい。
組織で腎臓の状態が可逆的であるのかそうでないのかが分かれば、生検で予後判定もできる。
一刻も早く情報が欲しいところだ。

それにしても、小林製薬は人体実験(治験)は十分に行っていたのかが疑問になる。
薬の場合の治験は健康な人に対して行い、その後は実際の病気の人にも用いて、安全性、もしくは副作用の有無を検証する。
サプリだからこれが疎かになっていたとしたらそれは問題だ。

そもそもこういうサプリを飲むのはある程度臓器障害のある人だという前提で提供していたか。
もちろん実験は行っていて、健康な人では副作用はほとんど出なかったのかもしれないが、糖尿病性腎症のような腎障害をすでに有している人に用いた検証は行なっていたか。
毎日服用することで有害物質が蓄積する可能性はなかったか。

薬ならば医師の監視下で投与されて副作用が出たらその時点で対処する。
薬の中には腎疾患さらには発がん性のあるものだってある。
ところが、サプリの場合は服用は自分の自由意思だから、監視する人はいないし、服用量が多くなっても誰にもわからない。

私も数年来サプリを何種類か常用している。
ビタミンだとか血液サラサラだとかの類で、この小林製薬の痩せサプリにだって、もしかしたら手を出していたかもしれない。
サプリはほぼ薬剤として飲んでいる人がほとんどだろうから、健康被害はすなわち薬害となるが、では長期間にわたって飲むほぼ食品の様なものであるサプリをどう位置付けるかは難しい。
飲めば必ず元気になるわけではない

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医学の進歩についていくのがつらくなってきた

2024年03月22日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
今日も日差しはあるものの冬の寒さ。
風も吹いているが昨日ほどではないということだ。
1日中建物の中にいるのでわからないというのは、恵まれているのだろう。

昨日はエントリーをアップしていなかったことに、CPC(臨床病理カンファレンス)が終わってから気がついた。
正確には、病院からの帰りの電車に乗ってから、ブログを開いたらアップされていなかったことに気がついて、あわてて”公開”にした。
そして、今日の分を書こうと思ったらなんと下書き保存の尻切れトンボのものが載っていた。
最後まで書いておいたのに、アップがうまくいっていなかったようだった。
昨晩お読みいただいた方には大変な失礼をしてしまった。

昨日のCPCでは、人工呼吸器管理のことがディスカッションのポイントの一つとなった。
多くの知見に基づいて医学技術は日進月歩、10年前なら”やむを得なかったね”がそれが解消されている。
人工呼吸器による管理技術もどんどん向上していて病理組織学的に評価することが難しい。
疾患概念、というか病的状態の評価をどのように行うかの方法を変えていかなくてはならない。

それにしても、私はいつまでこの医学の進歩についていかなくてはいけないのだろうか。
そろそろこの分野の専門家という看板を下ろしたいと思っている。
勉強は疲れるし、管理事務仕事も山のようにあって、そもそも勉強する時間もない。
時間は作るもの、という人もいるが、はたして本当にそんなに簡単に時間は作れるのだろうか。

昨日、某社から原稿の依頼が来た。

 最近、依頼がないな

と思っていると、くる。
こういう仕事を天災と一緒にしてはいけないが、まさしく忘れた頃にやってくる。
本当は依頼原稿などを書いていないで、もっと新しい研究なりなんなりをして、勉強をするべきなのだが、そうする気力が衰えてきている。

それでも、原稿を書きながら勉強すればいいか、などともと考えてしまうが、それほど勉強できるだろうか。
とりあえず、依頼状を眺めて沈思黙考。
結局引き受けるのだろうけど

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AIが行う医療と人間が行う医療の違い

2024年03月17日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
朝靄が美しい夜明け。
ウグイスが少しずつ上手に歌うようになってきた。

昨日の学会はなんとか乗り切った。
臨床サイドの評価もまあまあのようで、案外ディスカッションポイント、というか話のツボ、がわかってきたのかもしれない。
医療というものが、知識量だけではなく、人間同士の塩梅、というか距離感をはかりながら行うものだと実感する。

病理医の行う医療というのはただ単に画像診断を行うというのではなく、その所見から患者さんの状態を把握して、それを臨床医に伝えてこれまでの治療効果・治療方針を決めていくことだ。

  (画像診断である)病理診断なんて、そのうちAIに取って代わられるでしょうね

という人がいるが、胃、大腸、乳腺、子宮、肺、甲状腺あたりの頻度の高い臓器の癌の生検診断はおそらく数年のうちにAIがほとんどをカバーするようになって、人間の病理医は手術検体の診断に精を出していくことになるだろう。

実際、そういうありふれた疾患の診断はAIにやらせて、”見落とし”のないようにしていく方がいいように思う。
手術検体とか、炎症とか面倒な病理診断が残されることになるが、それこそが人間であるわれわれが行うべき仕事であり、より多くの経験をそういう分野で積んでいくことが必要になる。

これまた病理診断に限った話ではなく、臨床も同じで、症状・データを入力したら診断なんてすぐにつくようになるわけで、その先をどうやっていくかで臨床医の優劣も決まっていくことになる。
もちろんこれは医者に限った話でもない。
頭を使わない人は不要

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気がつけば今日はもう金曜日

2024年03月15日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
年度末へ向けてあれもこれもあって自転車操業のような日が続いている。
そうはいっても(税金のやりくりは別として)、お金がどうのということは免れそうなので、恵まれてはいる。

例年4月に開催される病理学会総会が今年は3月末に開かれるため、その発表の準備があり、その前に原稿とか講演が詰まっていて、それをどうこなすかが深刻な問題となっていた。

さらには、ホワイトデーまであって、そんなことで頭を痛めるのは精神的にも時間的にも大変なロスだったのだが仕方がなかった。
まあ、みなさん喜んでくれたのでよしとするしかあるまい。
これからがラストスパート

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忘れていた仕事

2024年03月13日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
雨上がりの気持ちの良い朝。
大雨のおかげで花粉もずいぶん流されたようだ。

今日も一日頑張ろう、と気合いを入れてはみたものの、半年前に受けていた仕事をすっかり忘れていて、昨日、その催促メールがきてやっと思い出した。

返事をどうするか、今はそのことで胃が痛い。
ほかに締め切りが2本、合わせて3本あるのでこれからそれに取り掛かることに。
やるっきゃない

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自分は頼られているのか、使われているだけか

2024年02月05日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
どんよりした曇り空。
関東地方は午後から雪の予報で、不要不急の外出を控えるようにとか、冬用タイヤを装着していない自動車は高速の通行禁止とかがニュースで盛んに言われているが、そんなことを真顔で受け止めているような人は、とっくにタイヤはスタッドレスに履き替えているだろう。
私としては、先週買ったスノトレを履いて仕事に出られるのでとても嬉しい。
東京神奈川のちょっとした雪のためにわざわざスノトレなど履く必要はないのだが、せっかくなので履いて出てきた。

今週も忙しい。
人からの頼まれ仕事がたくさんあって、首が回らない。
私は頼られているのか、使われているだけなのか考えてしまうが、考えている時間があったら、結局五日はやらなくてはならず、それならさっさとやってしまったほうがいい
ということで今週は短め

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院内に病理医がいることの意義

2024年01月26日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
今朝もまた冷え冷え。
車窓からは真っ白な富士山が美しい。

私は今のところ一人で病理診断科を切り盛りしている。
結構孤独な毎日だが、私に対して意地悪をする臨床医もおらず結構大切にしてもらっている。
これというのは、私の年齢のせいもあるだろうが、それよりは4年近く病理医不在の時期があったことを覚えている人が多いからだろうと思う。
幸い、検体の一部を検査センターに出したり、隣接する総合病院の病理医、ほかの小児医療施設の病理医が一部を手伝いに来てくれていたので、仕事は回っていたが、カンファレンスやCPC、学会発表の準備などはできないでいた。
病理医というのは、診断だけしていればいいというわけではなく、その病院のアカデミックな部分の下支えをするという役割がある。

ただ、一人でいると、煮詰まったり、勘違いして思い込んだりというようなことが起こる。
そんなことを防ぐために、外部の病理医数名にコンサルタントとしてきてもらっている。
昨日はそのうちの一人の先生に来てもらう日だった。
私より5年次ほど上の先生で、いろいろなことをよく知っている。

昨日も頭がこんがらがってしまっていた複雑な症例を一緒に考えてもらって、ずいぶん助かった。
もちろん、仕上げは私がしなくてはならないが、何事においても多角的な見方をすることは大切だ。

昨日は、反町隆史演じる病院病理医が主役のグレイトギフトというドラマの第2話だった。
自分に降りかかってきた火の粉を落とすために、仕事そっちのけの感があるが、それでも講師からいきなり教授になってしまうという、相当無理のある展開だが、若手の病理医を失ってこの先、完全な一人病理医になってこの病院の病理診断は大丈夫だろうかと他人事ながら心配になる。
それとも検査会社に外注するのかもしれないが、それでは臨床医は困るだろう。

なにも検査会社の病理診断というのが悪いわけではない。
専門医資格を持った病理医が診断するし、専門領域の臓器診断をする病理医もいるので、精度はそちらの方がむしろ高いこともある。
それでもやっぱり院内に、いつでも相談できる病理医がいるというのは大切なことだと思うのだ。
内科医とか外科医とかいるのが当たり前と思っていたらいつのまにかいなくなってるなんてことを想像してみれば、案外それと同じことだ。
一人の知識ではカバーできない

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脳の歯車が急に止まってしまうのはなぜ

2024年01月25日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
ゴミを出しに行っただけで、手袋をした手が冷えてしまった。
若い頃はこんな時分でも自転車で駅の駐輪場まで平気で通っていたのに今ではすっかり妻の送迎に頼りきり(冬場に限ったことではないが)。
車載の温度計の表示はー1.5度、長い黒髪をなびかせながら自転車をこぐ学生を追い越しながら、これはさすがに寒いだろうと気の毒になるが、たぶん平気なのだろう。
被災地ではもっと寒い上に大雪に見舞われているのだと思うとやりきれない気持ちになる。
できることといえば寄付ぐらいしかないが、せいぜい役立ててもらいたい。

同じテンションで仕事(病理診断)をしているつもりでも、急に思考が止まってしまうことがある。
脳を動かしている歯車のようなものの回転速度が急に遅くなってしまうような感じだ。
昨日も、迅速診断で希少症例の診断ができて、そのほかの症例も比較的スムーズに進んでいたのだが、ちょっと苦手な検体が来たら途端に止まってしまった。
その感覚を自覚して、これはどうしたことかと考えた。

こういうことは臓器によらずしばしば(!)起こる。

病理診断は大きく分けると腫瘍性疾患の診断と非腫瘍性疾患の診断となる。
私の勤務先は小児周産期の専門病院なので、腫瘍でも癌の診断はほとんどなくて小児がんで、あとは非腫瘍性疾患の診断となる。
このうち非腫瘍性疾患の診断というのは、例えば潰瘍性大腸炎とかクローン病といった炎症性腸疾患の診断、腎炎の診断とか移植腎の拒絶の診断などだ。

しばしば長考を強いられるのは移植腎の診断と炎症性腸疾患の診断、あとは他院から病理学会を通じてコンサルテーションケースとして回されてきた症例の診断。

このうち腎生検の診断では細い生検組織が5種類の染色がされていて診なくてはならない標本というのが5倍になって、それぞれについての意義を解釈して、染色同士の意義づけを行わなくてはいけない。
これがさらに移植腎となると頭がこんがらがってしまうのだ。
炎症性腸疾患というのも難しくて、私の勤務先では、消化器内科が上部消化管(食道から十二指腸まで)6ヶ所、下部消化管(回腸から直腸まで)9ヶ所を取ってくるので、都合独立した15ヶ所の所見をそれぞれ記載して総合的に考えて診断する。

どんな標本でも、まったく所見がないということはなくて、ちょっとした所見も見落としてはいけない。
幸い見落とさなかったからといってそれがどれほど病的なのかとるにたらないものなのかは分からない、などとというようなことを考え出すと、にっちもさっちも行かなくなる。

そして、ただ単に、無茶苦茶深く集中しているだけなのだが、はたからだとただ単に石のようになって顕微鏡にしがみついているだけに見えるみたいで、相談にやってきた臨床医の、

  先生、今ちょっとよろしいでしょうか?

という声に、飛び上がるほどびっくりして我に帰る。
これは決して大袈裟ではなく、その証拠に声をかけた当の臨床医の方も恐縮して謝ってくる。

自分で不思議に思うのは、なぜ同じ頭で考えているのに、スラスラ診断がつく症例とそうでない症例があるのかということだ。
これは、移植腎であっても、消化管生検であっても同じことが言える。
結局のところ、患者さんは十人十色、症状も所見もそれぞれで、自分の中で理解しやすい症例とそうでないものがあるとしかいえないのだが、30年以上も病理診断をやってきているのに、いまだにその理由がわからないでいる。
それともただ単に処理能力の低下だろうか。

病理学会から回ってきたコンサルテーションケースの話はまた明日。
今夜はグレイトギフトの第2話

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病理医の仕事、ほぼ正しく描写されていたので一安心

2024年01月19日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
雲に覆われていたせいかあまり冷え込まずほっとして出てこられた。
昨夜から、反町隆史演じる病理医が主人公の『グレイトギフト』というドラマが始まった。
医療サスペンスといった趣の内容で、そういう目で見たら面白いのだろうが、ちょっと拍子抜け。

病理医の仕事内容は比較的正しく描写しているので、違和感は感じない。
細菌に詳しいというのも、感染症病理が専門であったらお手のものだろう。
波瑠演じる、検査技師が病理学会のPathology International(PIN)を広げている場面があったが、あれなどPINの編集委員から、査読者にお知らせが来ていたほどで学会としても注目している。
そういえば、病理医の娘がワーカホリックで家庭を省みない父親に向かって、「(お父さんなんて)顕微鏡ばっかり覗いていたらいいじゃない」と文句を言っていたが、丁寧に作られていることがわかる。
あと、定時に終わるから病理医になったという若手医師もいたが、この辺りはまさしく今の病理医事情をよく表している。

ただ、800床の大学病院に病理医二人、というか、この先生が万年講師ということは教授も准教授もいるはずなのだが、そういう人たちは現れない。
私と同じ総合病院の病理診断科といった感じで、設定に違和感を持つ。
何はともあれスケールの大きいドラマなので、登場人物が多く、そのあたりの描写が追いつかず序盤はなにがなんだかわからず、スタートダッシュとはいかないだろうが、その辺をなんとか乗り切って、病理の知名度向上に貢献してもらいたい。

腕は良さそう

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顕微鏡は見るものではなく覗くもの

2024年01月18日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
ある方のブログに冬のバラは長持ちする、ということが写真とともに載っていたが、なるほどわがやの玄関のバラもずいぶん頑張っている。
大晦日に、薔薇の好きだった義父のために園芸店で3本1束で売っていたものを買ったもので、1本を妻へのお土産にした。
それ以来だからもう3週間近くになるが、2、3日前に連れてきたような姿を保っている。
できたら今月いっぱいは楽しませて欲しい。

今夜からテレビ朝日で病理医が主人公のドラマがスタートするというのでちょっとワクワクしている。
反町隆史が主演というのも話題になりそうで、長瀬智也主演で、視聴率も高く、続編も期待していた、「フラジャイル」が共演女優さんの妊娠でそれが叶わなかったので、こんどこそ日陰の病理医が表舞台に立てたらと期待している。
そんなこともあって、アクセス数が激減するのも厭わず、ここ数日病理ネタを続けている。
このブログの読者を除けば病理医なんて誰も知らないし、そもそも動きが少なくてテレビドラマには極めて不向きだ。

朝日のテレビ欄でも取り上げられていたが、顕微鏡ばかり見ている病理医、と紹介されていたのにはちょっと苦笑した。

私もかつて、顕微鏡を見る、と言っていたが、上司に、

  顕微鏡は、”見る”ものではなく、”覗くもの”だよ。

と、指摘され、それ以来使い方を気をつけている。

具体的には、顕微鏡のメンテナンスなどのためには見なくてはならないが、標本を視るためには鏡筒を覗き込まなくてはならない。
大抵は先輩病理医に指摘されたか、誰かがこの言葉を使っているのを聞いてきがついたのだろうが、この使い分けをしている病理医は結構いる。

まあ、どうでもいいと言えばどうでもいいことなのだが、病理診断は言葉を大切にする仕事だから、こだわっておきたい。
これを見てても始まらない

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夢と現と病理診断

2024年01月17日 | 病理のこと、医療のこと、仕事のこと
今日も気温は1度、連日寒い日が続く。
今年初めてメールのやり取りをする人への挨拶も寒中お見舞い仕様に変えて、寒さが厳しくなってきましたが、という書き出しにするようになった。

村上春樹は小説の中に夢を多用する。
夢というのはなんでもありの、小説にとっては飛び道具ともいえるようなもので、使うのは簡単だが、それを読者が納得する形で収めるのは難しい。
それができるのが村上春樹だが、それを使ってしまうためにノーベル賞文学賞が取れないのではないかとも思う。
それでも、夢というのはその人の人格に直結しているし、荒唐無稽な設定の中に放り込まれたとしても、覚醒時の行動パターンが崩れるわけではない。
それは、意識下での意識、というようなもので、覚醒時の意識から連続しているのではないだろうか。

病理診断の仕事をしているとしばしば難しい症例に遭遇する。
私の専門領域である胎盤の病理診断でも、症例によって所見は異なり、いったい何が起きているのかわからず、どのようにまとめていいかわからず、途方に暮れることもある。
そんな時は、その症例はいったんよけて、別の症例の診断をする。
そして、しばらくたってもう一度見直すと、急に病気の本体が目の前に浮かんでくる。
しばらくといっても、これは1,2時間程度のこともあれば数日のこともある。
そして症例によっては夢の中にまで出てくることがある。

時間の長短は別として、この寝かせるというかそういった一旦標本から離れるという作業はまるで夢の世界と現実世界を行ったり来たりしているような感じがする。
実際のところは、夢の中で診断業務を進めているわけではないのに、目が覚めると診断が思いつく。
これは別に夢の中でなくてもよくて、いわば意識下で病理診断を進めているということだ。
同じようなことはほかにもたくさんあって病理診断に限ったことではない。

こんな感覚をより詳細に言語化したら面白い小説の一本も書けるだろうが、残念ながら私にはそのような能力はなく、日々の病理診断書の中で目の前の事象を書き表すことに勤しむしかない。
また一例難解症例が

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