「癌の診断を下し、診断書を書く。その診断書から、人一人の癌との戦いが始まる。」
二週間ほど前に、そんなことを書いた(「癌の病理診断」)。
胃や大腸の生検組織診断で、癌には Group 5 と付記する。
診断文の書き方は流儀があって施設によって異なるが内容は一緒で、
Stomach, biopsy
- Adenocarcinoma、Group 5
といった具合に書く。
これを
胃生検
- 腺癌、Group 5
と書いてもいいのだが、そういった診断書は見たことがない。
それはさておき、この診断をつけるときはとても緊張する。
そこにある組織が100%癌とわかっていてもだ。
数日間は、その組織像が目の前に浮かんでくる。
あれで、正しかっただろうか、とその都度思い返す。
ちょっとした嘔気でもがあって受診し、念のため内視鏡検査をしてみましょうか、ということで診てもらったら、小さな潰瘍があり、見た目では良性悪性はわからないから、念のため生検(組織の一部を内視鏡を使って取ってくる検査)をして、病理医が診断してみたら、そこに悪性の病気すなわち癌が見つかる。
その組織が「癌です」と診断書に書くのは大変なことだ。
1日に診断する件数が多い日などは、2、3人にそのような診断を下すこととなる。そして、胃、大腸には"Group 5"を付記する。
それぞれの人が、その時からそれまでのとは全く違う人生を歩み始める。癌細胞はそれよりずっと前から巣食っていたのだから、”その時から”という表現は適当ではないかもしれないが、そのことが露見してそこから戦いが始まるのだ。
病理医の仕事は孤独だ。
臨床医であれば、まず当事者である患者と共に戦うことができる。
手術ともなればチームがいる。
そもそも、臨床医は一人でできることは少ないのだ。
それに対して、病理医は常に一人だ。顕微鏡があれば、標本の山を片付けるしかすることはない。
最近では、ダブルチェック体制が普及してきたので、別の病理医との連名での診断も多くなってきたが、依然として一人で診断書の署名をしている病理医は少なくない。
そして、病理医は一人であっても、胃癌や大腸癌に遭遇したら、癌と診断してGroup 5と書く。
なかなか辛い仕事だけど、それぞれの人の人生のために、病理医なりに尽くすのが使命だと思っている。
診断能力の維持が肝要