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空には雲が一つもない。
なぜこれを雲一つない、というのだろうと顔を洗いながら考えた。
昨日までの悪天候が嘘のよう。
しばらくは好天が続くようで、心も落ち着く。
こんな日が続けば植物もどんどん成長する。
冬の間、部屋の中に閉じ込めていたらすっかり元気をなくしてしまい、これは大変としばらく前からベランダに出しておいたウンベラータとプルメリアもいよいよ元気になるはず。
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こういういい季節に、仕事に出てこなくてはならないのはとても残念だが、それはそれ、自分を必要としてくれる人がいるからこそ、自分の居場所がある。
人はどんな境遇にあっても、生きていたらそれだけで他の人と関わっている。
それは他の人への働きかけであり、他の人から働きかけられることだ。
なにもないところにはなにもないし、なにも起こらない。
とはいえ、世の中そんな綺麗事だけ言っていたらそれで済むわけではない。
医療の現場にいたら、そんなことは容易にわかる。
もちろん、自分自身それなりにいい年になってきているので、いつ世の中のセーフティーネットにすがることになるかなど全くわからない。
一寸先は闇だ。
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だからこそ、自分というものを実感して生きることが必要なのではないか。
身体感覚はもとより、自分の置かれている社会的状況、その社会の中での立ち位置といったものを確認することで生を実感する。
昨今はそういったものを感じることができない人に対する手当てをどうするかが問題となっている。
それでも、これまでそういう問題の存在そのものを見ないできたことを考えたら、少しはましな方向に向かっているのではないか。
答えはなかなか見つからない
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