そもそも、税金ってなんだ! 戦後税制の原点(シャウプ勧告)に立ち返る・・・
通勤途中に通りかかる税務署の前に、「確定申告」と大書されたポスターが貼ってありました。もうそんな時期かと思いつつ、「そういえば税金ってなんだ」との疑問がわいてきました。(清水渡)
役割に二つの側面
国税庁に問い合わせると、「資料をホームページで紹介しています」とのこと。「税の学習コーナー」には「税は会費のようなもの」とあります。警察の活動や道路整備など「みんなのための活動」や、社会保障や教育に必要なお金をみんなで出し合うのが税金というのです。
社会に必要な経費を「みんなで負担する会費」との表現には違和感を覚えます。お金持ちも貧乏人も同じように負担すべきだといわれている感じがします。
そこで税理士で立正大学法学部教授の浦野広明さんに聞きました。浦野さんは「税金には二つの側面があります」といいます。一つは、国や自治体にとっては租税により、権力を支える経費を賄うということです。二つは、国民にとっては消防や教育、福祉などを維持する費用として納税の義務を負うということなのです。
税金の歴史はどうなっているのか、税務大学校租税史料室を訪ねました。
同史料室で目を引くのは、制服を着たマネキン人形。明治時代の間税(間接税)職員です。当時は徴税をめぐるトラブルで亡くなる職員もいました。「護身のため現地調査には、警察を同行するようになりました」(担当者)
革命の結果として
1940年からは、サラリーマンなどの賃金への源泉徴収がはじまりました。戦費を確実に調達するためです。相次ぐ増税や新税の導入により、滞納もたくさんありました。
「みんなで負担する」からと、徴税に警察を同行したり、戦争のために払いきれないほど重い税負担を課すことまでしていたのです。
浦野さんは「税金と民主主義は切っても切り離せません」といいます。近代税制は市民革命の結果としてできたからです。1789年のフランス革命後の人権宣言は、租税について「能力に応じて、平等に分担されなければならない」と定めています。また租税を承認し、使途を追及する権利が市民にはあるとしました。
「みんなで負担する」前提は、「みんなで決める」ことと「能力に応じて負担する」ことなのです。
1949年に来日し、勧告をつくるために現地調査を行うシャウプ博士(右から2人目)(租税史料室提供)
憲法にもとづいて
今の税制はどうなのでしょう。浦野さんは「税制は日本国憲法にもとつかなければなりません」と話します。
憲法30条は国民の納税義務を定め、84条では租税は法律にもとつくと定めています。
加えて、浦野さんは、憲法13条「幸福追求権」、14条「法の下の平等」、25条「生存権」、29条「財産権の保障」などを根拠に、「税負担は支払い能力に応じておこなう」応能負担原則が重要だといいます。
戦後税制の基本となった「シャウプ勧告」は、こうした原則を反映したものでした。浦野さんは「マイナス面もあるが大筋は積極的です」と評価します。
その後の相次ぐ「改正」で日本の税制は大きぐ変化しました。所得税の最高税率や法人税率が引き下げられ、全体として大資産家・大企業優遇となりました。1989年からは所得の低い人ほど負担の大きい消費税が導入されています。
さらに政府は消費税増税をねらい、法案を来年3月末までに国会提出するとしています。
「消費税増税を阻止し、大企業・大資産家に応分の負担を求めることが、憲法の求める応能負担原則により近づく道です」(浦野さん)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年3月1日付掲載
よく昔は「シャウプ税制」と言ったものです。名前はともかく、税金にしても保険料にしても、「応能負担」(負担能力のあるものが多く負担して全体を支える)のが原則ですよね。それが1980年代ごろから、「受益者負担」という概念が出てきて、庶民の負担が増えてきました。
最初のころは、可処分所得が年々減ってくるのを痛みに感じていたのが、最近は慣らされてきているのが怖いですね。
「企業減税」「消費税増税」なんて発想は捨てて、税金の原点に返って考え直す必要があると思います。
通勤途中に通りかかる税務署の前に、「確定申告」と大書されたポスターが貼ってありました。もうそんな時期かと思いつつ、「そういえば税金ってなんだ」との疑問がわいてきました。(清水渡)
役割に二つの側面
国税庁に問い合わせると、「資料をホームページで紹介しています」とのこと。「税の学習コーナー」には「税は会費のようなもの」とあります。警察の活動や道路整備など「みんなのための活動」や、社会保障や教育に必要なお金をみんなで出し合うのが税金というのです。
社会に必要な経費を「みんなで負担する会費」との表現には違和感を覚えます。お金持ちも貧乏人も同じように負担すべきだといわれている感じがします。
そこで税理士で立正大学法学部教授の浦野広明さんに聞きました。浦野さんは「税金には二つの側面があります」といいます。一つは、国や自治体にとっては租税により、権力を支える経費を賄うということです。二つは、国民にとっては消防や教育、福祉などを維持する費用として納税の義務を負うということなのです。
税金の歴史はどうなっているのか、税務大学校租税史料室を訪ねました。
同史料室で目を引くのは、制服を着たマネキン人形。明治時代の間税(間接税)職員です。当時は徴税をめぐるトラブルで亡くなる職員もいました。「護身のため現地調査には、警察を同行するようになりました」(担当者)
革命の結果として
1940年からは、サラリーマンなどの賃金への源泉徴収がはじまりました。戦費を確実に調達するためです。相次ぐ増税や新税の導入により、滞納もたくさんありました。
「みんなで負担する」からと、徴税に警察を同行したり、戦争のために払いきれないほど重い税負担を課すことまでしていたのです。
浦野さんは「税金と民主主義は切っても切り離せません」といいます。近代税制は市民革命の結果としてできたからです。1789年のフランス革命後の人権宣言は、租税について「能力に応じて、平等に分担されなければならない」と定めています。また租税を承認し、使途を追及する権利が市民にはあるとしました。
「みんなで負担する」前提は、「みんなで決める」ことと「能力に応じて負担する」ことなのです。
1949年に来日し、勧告をつくるために現地調査を行うシャウプ博士(右から2人目)(租税史料室提供)
憲法にもとづいて
今の税制はどうなのでしょう。浦野さんは「税制は日本国憲法にもとつかなければなりません」と話します。
憲法30条は国民の納税義務を定め、84条では租税は法律にもとつくと定めています。
加えて、浦野さんは、憲法13条「幸福追求権」、14条「法の下の平等」、25条「生存権」、29条「財産権の保障」などを根拠に、「税負担は支払い能力に応じておこなう」応能負担原則が重要だといいます。
戦後税制の基本となった「シャウプ勧告」は、こうした原則を反映したものでした。浦野さんは「マイナス面もあるが大筋は積極的です」と評価します。
その後の相次ぐ「改正」で日本の税制は大きぐ変化しました。所得税の最高税率や法人税率が引き下げられ、全体として大資産家・大企業優遇となりました。1989年からは所得の低い人ほど負担の大きい消費税が導入されています。
さらに政府は消費税増税をねらい、法案を来年3月末までに国会提出するとしています。
「消費税増税を阻止し、大企業・大資産家に応分の負担を求めることが、憲法の求める応能負担原則により近づく道です」(浦野さん)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2011年3月1日付掲載
よく昔は「シャウプ税制」と言ったものです。名前はともかく、税金にしても保険料にしても、「応能負担」(負担能力のあるものが多く負担して全体を支える)のが原則ですよね。それが1980年代ごろから、「受益者負担」という概念が出てきて、庶民の負担が増えてきました。
最初のころは、可処分所得が年々減ってくるのを痛みに感じていたのが、最近は慣らされてきているのが怖いですね。
「企業減税」「消費税増税」なんて発想は捨てて、税金の原点に返って考え直す必要があると思います。
確定申告の医療費控除についてですが、医療費の明細書(領収書)を入れる袋は所定の袋でないといけないのでしょうか。去年の書き潰しの医療費の明細書袋がございましたので、その上から普通用紙を張り付けました。
やはり新しく医療費の明細書袋を貰ってこないといけないのでしょうか。
質問に御答えして頂けるかどうか分かりませんが、何卒宜しくお願い申し上げます。
受診した医療機関はたいていの場合複数でしょうから、「所定の袋」なんてものはそもそも存在しないのではないと思います。
私は毎年のように国税庁のホームページで申告書を作成していますが、今年は源泉徴収証や寄付の領収書などを申告書の裏側に張り付けないように言われました。
証明書を張り付ける用紙を印刷できるようです。
しかし、医療費を張り付けるにはスペースがたりません。
やはり袋に入れないといけませんが、「所定の袋」は必要ありませんので、市販の茶封筒などに医療費の領収書を医療機関ごとにクリップでとめて入れて、申告書と一緒に提出すればいいと思います。
昨年の申告のブログも参考に・・・
http://blog.goo.ne.jp/kin_chan0701/e/224e77cbb686899fa455e1e62b0d4d89