今日はネタがないので昔話から、元日本代表監督ハリルホジッチ氏の記憶を書きます。ハリルホジッチはボスニアヘルツェゴビナの出身で、現役時代はフランスリーグ得点王にもなったFWでした。ハリルホジッチの名前が記憶に残ったのは、2001年に小さな町のチームのリールをフランスリーグで3位に導き、欧州CL予備選では中田英寿のいたパルマを破って欧州CL本戦に残りました。
次にハリルホジッチの名前を聞いたのは、2008年のコートジボワール代表監督としてでした。当時、岡田監督が率いる日本代表と対戦するために来日しています。当時のコートジボワールは強く、一世を風靡したFWドログバを中心とした「ドリームチーム」でした。もっとも、コートジボワールでは2010年のアフリカ選手権で準々決勝敗退の責任を問われて解任されています。
そんな、少しでも名前を聞いたことがある監督が、日本代表にやってくるのは当時は嬉しいニュースでした。2014年のアギーレ監督の過去の八百長事件による解任で、予選を戦うためにはすぐに後任監督が必要だった日本と、トルコリーグ監督を解任されてすぐに次の仕事をしたかったハリルホジッチの利害が一致しました。
彼の采配は、柔軟に戦い方を変えてくるスタイルでした。基本形は4-3-3ですが、4-2-3-1などの変形もありました。予選では相手の出方を見て戦い方を変え、アウェイのUAE戦では相手の右MFオマル・アブドゥルラフマンに対して守備の強い今野を置いて完封するなど、勝負にこだわるという意味では名将と言える結果は残しました。
ハリルホジッチの傾向として、スピードのあるウイングを置くサッカーを好む傾向がありました。FW浅野拓磨あたりは、ハリルホジッチの最も好きそうなタイプで、アフリカのチームを強くするノウハウだった縦へのスピードを日本でも使いたい意図のようでした。
しかし、日本ではそういう速さを軸にしたサッカーより、パスをつなぐサッカーで強くなってきた経緯があります。縦へのスピードのサッカーも、強豪のベルギーあたりにかかれば、簡単に対応されてしまい、世界相手に戦うにはどうかという疑問も出始めてきました。そんな大会直前の3月の親善試合でマリと引き分けてウクライナに敗れた後、ハリルホジッチは電撃解任されて西野監督が後を継ぐことになります。
今はモロッコ代表監督になっています。アフリカのような、スピードやパワーのあるチームで、もう一度結果を出すことを狙いますが、世界の名将の一人だった彼も、日本にはあまり合わなかったという残念さもあった監督です。
次にハリルホジッチの名前を聞いたのは、2008年のコートジボワール代表監督としてでした。当時、岡田監督が率いる日本代表と対戦するために来日しています。当時のコートジボワールは強く、一世を風靡したFWドログバを中心とした「ドリームチーム」でした。もっとも、コートジボワールでは2010年のアフリカ選手権で準々決勝敗退の責任を問われて解任されています。
そんな、少しでも名前を聞いたことがある監督が、日本代表にやってくるのは当時は嬉しいニュースでした。2014年のアギーレ監督の過去の八百長事件による解任で、予選を戦うためにはすぐに後任監督が必要だった日本と、トルコリーグ監督を解任されてすぐに次の仕事をしたかったハリルホジッチの利害が一致しました。
彼の采配は、柔軟に戦い方を変えてくるスタイルでした。基本形は4-3-3ですが、4-2-3-1などの変形もありました。予選では相手の出方を見て戦い方を変え、アウェイのUAE戦では相手の右MFオマル・アブドゥルラフマンに対して守備の強い今野を置いて完封するなど、勝負にこだわるという意味では名将と言える結果は残しました。
ハリルホジッチの傾向として、スピードのあるウイングを置くサッカーを好む傾向がありました。FW浅野拓磨あたりは、ハリルホジッチの最も好きそうなタイプで、アフリカのチームを強くするノウハウだった縦へのスピードを日本でも使いたい意図のようでした。
しかし、日本ではそういう速さを軸にしたサッカーより、パスをつなぐサッカーで強くなってきた経緯があります。縦へのスピードのサッカーも、強豪のベルギーあたりにかかれば、簡単に対応されてしまい、世界相手に戦うにはどうかという疑問も出始めてきました。そんな大会直前の3月の親善試合でマリと引き分けてウクライナに敗れた後、ハリルホジッチは電撃解任されて西野監督が後を継ぐことになります。
今はモロッコ代表監督になっています。アフリカのような、スピードやパワーのあるチームで、もう一度結果を出すことを狙いますが、世界の名将の一人だった彼も、日本にはあまり合わなかったという残念さもあった監督です。