尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『落下の解剖学』、カンヌ最高賞の法廷ドラマ

2024年03月08日 22時17分25秒 |  〃  (新作外国映画)
 フランス映画『落下の解剖学』(Anatomie d'une chute)が公開された。2023年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した作品である。ジュスティーヌ・トリエ監督は日本初公開なので、名前を知らなかった。しかし見事な演出力で、カンヌ映画祭史上3人目となる最高賞獲得女性監督となった。「解剖学」という題名だけど、別に死体解剖の話じゃない。確かに死者は出て来るが、死者を中心にした人間関係を「解剖」するという意味だろう。雪に囲まれた山荘で、男の転落死体が発見される。それは事故か、自殺か、他殺か。大人は妻の女性作家しかいないので、他殺なら彼女が犯人だろう。疑われて起訴され、法廷ドラマになる。

 妻のサンドラはドイツ人で、ザンドラ・ヒュラーが演じている。非常に見事な演技で、米アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされているほどだ。同じ年のカンヌ映画祭グランプリ『関心領域』でも主演していて、2023年のカンヌは彼女の年だった。『ありがとう、トニ・エルドマン』(2016)で、ヨーロッパ映画賞の女優賞を獲得した人である。1978年、東ドイツ(当時)に生まれ、ベルリンで演劇を学んで舞台に立った。この映画ではフランス人の夫と結婚してフランス語を話すが、ドイツ語が出来ない夫と深い話をするときは英語を使う設定。独英仏語を駆使できるんだから、今後世界的に引っ張りだこになるだろう。
(サンドラと夫)
 夫のヴァンサン(スワン・アルノー)は少し変わっているように見える。冒頭で妻がインタビューに応じている時、上の部屋にいる夫が音楽を大音量で鳴らし始める。下の階でも会話が困難になるほどで、明らかにおかしい感じがする。二人の間には一人っ子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)がいて、最初は気付かないがこの子は視力障害がある。この家では犬を飼っていて、ダニエルが犬と散歩して帰ると、父親の転落死体を見つけた。夫の大音量音楽はいつものことなので、妻は耳栓をしていたから気付かなかったと言う。(犬の本名は「メッシ」という名前らしい。カンヌ映画祭でパルムドッグ賞を受賞した。)
(法廷のダニエル)
 この子どもと犬が見事。ダニエルは11歳だが、当時の家にいたのはサンドラを除けば彼だけだから、証言に立つことになる。いろいろ検察側、弁護側が立証した後で、ダニエルがもう一回証言したいと言い出して、結審後に特別に証言を許される。一体何を語るのだろうか。その中身や評決結果を監督はザンドラ・ヒュラーに教えずに撮影したという。だからどういう結末になるのか、本人も不安な状態で撮影に臨んだのである。法廷では夫婦間の様々な事情が明かされ、ダニエルが障害を受けた事情も説明される。カメラは法廷の彼女をクローズアップして微細な感情まで写し取る。素晴らしい演出、演技で、緊迫した見事な出来映えだ。
(ジュスティーヌ・トリエ監督)
 欧米で高く評価され、フランスを代表するセザール賞を作品、監督、主演女優、助演男優、脚本、編集の6部門で受賞した。ヨーロッパ映画賞でも作品、監督、脚本、女優賞などを受けた。そして米アカデミー賞でも作品、監督、主演女優、脚本、編集賞でノミネートされている。(今年は『オッペンハイマー』『哀れなるものたち』『バービー』『関心領域』など主要作品が脚色賞に含まれたため、オリジナル脚本賞をこの作品が受賞する可能性もある。)こうしてみると、特に監督、脚本、編集、そしてザンドラ・ミュラーが高く評価されている。それは理解出来るが、好き嫌いとしては微妙かも。(実際に受賞した。)

 カンヌ受賞作ですでに日本公開されているのは、『枯れ葉』『ポトフ 美食家と料理人』『PERFECT DAYS』『怪物』。これらと比べてみて、『落下の解剖学』が明らかに優れているとは言えないと思う。審査員の好みも大きく影響したのではないか。法廷ドラマとして緊迫感はあるが、日本とフランスの裁判制度の違いなのか、起訴そのものが理解不可能なところがあると僕は思う。そこを書いていくと内容に大きく触れざるを得ないのでここまでとするが。

 ジュスティーヌ・トリエ(1978~、Justine Triet)は2010年に長編第一作を発表、今作が5作目になる。他に短編もあるが、日本では劇場公開されなかった。海外で多くの女性監督が活躍しているのに驚くほどだ。その見事な演出と演技は見ておく価値がある。

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