最近見た映画で一番面白かったのが、ジェフ・ニコルズ監督の『ザ・バイクライダーズ』だった。他にもいろいろ見ているけど、完成度と別に好みの問題もある。日本映画でも『正体』のようにすごく面白いんだけど、書くと「ネタバレ」&「司法制度の描写批判」になっちゃうから書いてない映画もある。(一言だけ書くと、この映画では「死刑囚」が脱獄するんだけど、「自殺を図ったフリ」をして外部医療施設に搬送されるという設定である。その反対に重病で死期が迫っているのに外部医療が受けられず見殺しにされたというならリアリティがあるが、拘置所にも医官がいるのにあの程度のケガじゃ移送しないでしょ。)
『ザ・バイクライダーズ』だけど、これは簡単に言えば60年代アメリカのバイク野郎たちの物語である。そんなものが面白いかと言えば、語り口が絶妙なのと「青春の本質」に迫る物語が胸を打つのである。だからバイクに何の関心もない僕も興味深く見られたわけで、要するにバイクじゃなくても音楽とか演劇、あるいは政治やギャング映画なんかによくあるような「若い時のムチャ」が「成功の苦い報酬」になっていく様が上のチラシにあるような見事な構図で捉えられて心をとらえるのだ。
映画紹介からコピーすると「1965年アメリカ・シカゴ。不良とは無縁の生活を送っていたキャシーが、出会いから5週間で結婚を決めた男は、喧嘩っ早くて無口なバイク乗りベニーだった。地元の荒くれ者たちを仕切るジョニーの側近でありながら、群れを嫌い、狂気的な一面を持つベニーの存在は異彩を放っていた。バイカ―が集まるジョニーの一味は、やがて“ヴァンダルズ”という名のモーターサイクルクラブへと発展するが、クラブの噂は瞬く間に広がり、各所に支部が立ち上がるほど急激な拡大を遂げていく。その結果、クラブ内は治安悪化に陥り、敵対クラブとの抗争が勃発。ジョニーは、自分が立ち上げたクラブがコントロール不能な状態であることに苦悩していた。」ただバイクが好きでつるんでいた若者たちが「組織」になって変質していくのである。
名前は違うが実際にあったモータークラブの写真集(ダニー・ライオン「The Bikeriders」1968)にインスパイアされて、ジェフ・ニコルズ監督が脚本を書いたという。映画はカメラマンが「当時の記憶やその後の事情」をキャシーに聞きに来て、彼女が思い出を物語るという趣向で進行する。そのため時間が前後することで、「あの頃」が客観化されるとともにノスタルジックな味わいが生じている。1965年から70年代に掛けては、ヴェトナム戦争の激化でアメリカそのものが大きく変わる時期だった。その社会的変動は否応なく彼らにも及んでいく。その痛みが全編を覆っていて、見る者の心が揺さぶられる。
ベニーを演じるのは『エルヴィス』でアカデミー賞にノミネートされたオースティン・バトラー。「何とも魅力的なクズ男」をこれ以上ないほどの存在感で演じている。キャシーは『最後の決闘裁判』のジョディ・カマー。女友だちに頼まれて、普段は近寄らないバイカーたちのクラブにお金を届けに行った。そこでキャシーはベニーに一目惚れしてしまったのである。すぐに結婚したというのに、ベニーは妻を顧みずにバイクで暴走を繰り返し、警察に追われたり大ケガをしたり…。キャシーはそんな彼に変わって欲しいのだが、何より「自由」を求めるベニーは言うことを聞かず「出て行く」と言うのだった。
ジョニー(トム・ハーディ)の統率力で、ヴァンダルズは大きな組織になっていく。他の町のバイカーも受け容れたジョニーだったが、やがて若い世代との確執が生じてくる。自分の後継にはベニーがなってくれと言うと、それを断ったベニーは妻も残して他の町に去って行った。ヴェトナム帰りの若い世代が牛耳るようになって、組織は大きく変わってゆく。こういう展開は、実録映画のヤクザ組織でもよくあった。あるいは音楽映画でも、若者たちがバンドを組み成功を夢みて活動するが、人気が出たらそれぞれの「方向性の違い」が出て来てバラバラになる。そんな物語と同じだけど、青春は一回だから心に沁みるのである。
ジェフ・ニコルズ監督(1978~)は名前を記憶してなかったが、デビュー作『テイク・シェルター』(2011)でカンヌ映画祭批評家週間グランプリ、『ラビング 愛という名のふたり』(2016)でアカデミー賞主演女優賞ノミネートという人だった。なかなか見事な演出で、すっかり魅せられてしまった。バイクや服装、音楽など60年代を再現していて、シカゴの60年代なんて知らないわけだけど、なんか懐かしい。ヴェトナム反戦や公民権運動なんて全然出て来ず、人種も白人ばかり。ヴェトナムに行きたかったと語る登場人物もいて、バイカーたちの社会的位置が「都市知識層」とは全く違うことが判る。
僕はバイクそのものには全く興味がない。(それどころか一度も乗ったことがない。)同じようにスポーツカーや蒸気機関車、戦闘機、戦車…少年の好きなアイテムらしいが、全然関心がなかった。まあバイクが「カッコいい」という感覚は理解出来るが、むしろこの映画は「青春の栄光と悲惨」、「自由と愛の神話」なのである。自由を求めてさすらう「漂泊の人生」に憧れる人、芭蕉や山頭火が好きな人にこそ通じるような映画かもしれないと思う。ラストをどう解釈するべきかは見る人次第だろう。