『Flow』というアニメ映画を見てるだろうか? これはちょっと驚くような映画で、凄いなあと感心してしまった。2025年のアカデミー賞長編アニメーション映画賞受賞作である。ゴールデングローブ賞も受賞していて、アメリカのアニメ界を席巻する勢いである。アカデミー賞の長編アニメ賞は2001年から制定された賞で、大体は『アナと雪の女王』などディズニー作品か、ドリームワークスなどアメリカの会社が取っている。その中で、ジブリが『千と千尋の神隠し』と『君たちはどう生きるか』で2回受賞したのは快挙。さて、今回の『Flow』は何とラトビアのアニメーター、ギンツ・ジルバロディスという人の作品なのである。
ラトビアってどこよという人のために、一応地図を下に載せておきたい。バルト3国の一つで、北がエストニア、南がリトアニアである。エストニアは大相撲にいた元大関把瑠都(ばると)の出身国、リトアニアはその昔杉原千畝がユダヤ人のためにビザを発給した国である。じゃあ真ん中のラトビアはというと、日本関連のエピソードはちょっと思いつかない。ロシア、ポーランド、スウェーデンの3大国に支配されてきた歴史で、第一次大戦後にロシア帝国崩壊により独立した。しかし、第二次大戦開戦後にソ連軍が侵攻し、1940年に併合された。1990年にソ連崩壊(91年末)に先立って独立を勝ち取った国である。
「Flow」というのは流れという意味の英語題だが、原題も同じく流れという意味らしい。何だか判らないけど、突然世界が大洪水に襲われる。(「津波映像」に近いので注意!)人間は全然出て来ないので、人類滅亡以後らしい。(廃墟都市が出てくるので、人類以前ではない。)画面上には黒猫がいるが、そこに鹿の大群が逃げてきて続いて大水があふれてくる。そこでひたすら猫も逃げる。他の動物たちも逃げる。そしてボロ船が流れてきて、猫も乗り込む。これは「ノアの大洪水」動物版なのか?
冒頭少しすると圧倒的な映像美と動きにハンパなく没入してしまうこと確実。チラシを見ているだけでは想像出来ないほど素晴らしい。そして人間の旧居などを経めぐりながら、4種の動物たちが同じ船で流れていく。それは猫と犬とカピバラとキツネザル、ってどこの国だよ。キツネザルはマダガスカル特産。カピバラは南米のアマゾン一帯ということで、そういう意味ではこんな動物たちが住む大自然はない。動物園から逃げてるわけじゃなく、要するに「絵になる」ように作ってるということなんだろう。鳥や鯨も出てくるけれど、そういう「ノアの大洪水」みたいなときには、空を飛べる鳥と水に住む鯨だけが強いのである。
この映画は84分と短いが、非常に凝っていて内容が濃い。人間が出て来ない以上、通常のセリフもない。「猫語」や「犬語」は出てくるけど、要するに普通は「鳴き声」というものである。だから一切の説明抜きの映像のみの作品で、そんなのが面白いかと言われるかもしれないが、確実に凄いもの見てるなあと感じ入る。この映画には何か「意味」や「教訓」、「メッセージ」はあるんだろうか? あるのかもしれないし、ないのかもしれない。極限環境では、動物たちも種を越えて「共生」していく。それがある種のメッセージかもしれないけど、そんなことはホントに起きるものなのかなあとは思った。
監督のギンツ・ジルバロディスは1994年とまだ若い人である。前作『Away』が2019年のアヌシー国際アニメ映画祭で受賞して注目された。この映画は日本でも公開され、現在一部でリバイバルされているが、まだ見てない。その時からラトビアに才能豊かなアニメーターが現れたという話は聞いていたが、すぐにもアカデミー賞を受賞するとは想像もしていなかった。この監督は一人で監督、脚本、撮影、編集、音楽を担当しているが、今回は製作チームが作られたという。最新の映像技術あっての映像美ではあるけれど、美しい映像は驚き。何よりダイナミックな躍動感がすごく、映像への没入感に圧倒されてしまった。
タイのアピチャッポン・ウィーラセータクンとか、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイランとか、いつの間にか難しい名前を覚えてしまったが、このラトビア人もなかなか覚えきれない。でも覚えておきたい監督になった。なお、昔はアカデミー賞に長編アニメ部門がなかったのかと初めて気付いた。1991年に『美女と野獣』が初めてアニメ作品で作品賞にノミネートされたことがあった。作曲賞と歌曲賞の2部門で受賞したが、作品賞は『羊たちの沈黙』だった。長編アニメに関する部門賞がなかったとは!