現代イランの恐るべき闇を描く映画が2本上映されている。特に『聖なるイチジクの種』は恐ろしくて、面白い政治スリラー映画で見逃さなくて良かった。モハマド・ラスノフ監督が実刑判決を受けながら国外に脱出し、カンヌ映画祭で審査員特別賞を受けた。また米アカデミー賞の国際長編映画賞にドイツ代表としてノミネートされた(受賞はせず)。特にすごいなと思うのは、当然国内で作れないだろうから近隣諸国で撮影したんだろうなと思っていたら、何と秘密裏に国内で撮影したということである。
この映画は2022年に起きたマフサ・アミニ死亡事件(ヒジャブの付け方を問題視されて「道徳警察」に逮捕された女性が獄中で死亡した事件)を機に燃え広がった抗議運動を描いている。映画の中では当時のニュース映像も使われていて、「神権政治打倒」「最高指導者打倒」など単なる抗議を越えた革命運動的要素を持っていたことが判る。多数のデモ隊を警察が武力で弾圧する様子も描かれている。非常に大きな反政府運動だったことが伝わってくる。その事態をこの映画では「弾圧側」の家族を通して描くところが興味深い。外国人には理解が難しい設定もあるが、最初から最後まで圧倒的迫力で描き切る力強い映画だ。
ある家族がいる。父親のイマンは最近革命裁判所の調査官に昇格したという。そのため官舎に入れることになって、二人の娘にも初めて仕事の内容を明かす。(それまでは秘密の国家的仕事とぼかしていたらしい。)しかし、「革命裁判所」で働くことは憎まれることもあり、家族も細心の注意がいるから明かすらしい。母ナジメは娘に必ずきちんとヒジャブを被るように念を押す。そして、何と当局は「自衛」用にと銃を貸し出すのである。そんなに憎まれる仕事なのか? それに何の対策を取らず、ただ銃を貸し出すというのも普通じゃない。しかし、特権の代償としてイマンは何も調べずに「死刑求刑」への署名を求められたのである。
娘たちは警察の横暴に批判的である。スマホで情報を集めて、政府が検閲しているテレビはウソばかりと批判する。長女の友だちはたまたまデモ隊と一緒になり、大ケガを負ってしまう。長女は家に連れてきて手当するが、母親はいい顔をしない。そんな中で、父が持っていた銃が突然紛失する。それは家族の誰かが盗んだのか? 上司は銃が見つからないと、最悪服役の可能性もあると脅す。さらにある日、父親の写真と住所がネット上にさらされる。イマンは強制的に休暇を取らされ、家族を連れて地方にある実家に行く。そこで家族の争いが激化して…。砂漠の中の不思議な山の中で争い合うラストは凄絶なまでにスリリング。
「革命裁判所」というのは、イラン・イスラム体制を守るための「国家安全保障」などに関わる罪を裁く。国家機構なのに、憎まれてるから自衛しろみたいなのも不思議。まあ、それはともかく、この映画は監督がオンラインで演出しながら撮って、映像素材を持ち出してドイツで完成させたという。ラスロフ監督は、2020年に『悪は存在せず』という映画でベルリン映画祭金熊賞を受けた。イランの死刑制度を描く映画で、監督は今までの映画製作で実刑判決を受けてベルリンに行けなかった。今回はもっと厳しく、懲役8年、財産没収の判決を受けたという。命がけで撮られた映画だが、純粋に政治的スリラーとして面白い映画である。
もう一つ、ガイ・ナッティヴ&ザーラ・アミール監督の『TATAMI』が公開されている。TATAMIはもちろん「畳」のことで、柔道を象徴している。2019年世界柔道東京大会でイランの男子選手に起こった実話を基にした映画で、場所をジョージアの首都トビリシに移し女子選手の話に変えている。イランはイスラエルの存在自体認めていないので、イラン選手がイスラエル選手と対戦することを認めていない。それは知っていたが、イスラエル選手と対戦するときに棄権するんだと思っていた。しかし、ちょっと違っていて、イスラエル選手と対戦可能性がある場合、早い段階からケガなどを理由にして棄権を求められるのである。
共同監督の一人ザーラ・アミールはイラン出身の女優で、『聖地には蜘蛛が巣を張る』でカンヌ映画祭女優賞を受賞した人。今回はイラン代表監督マルヤム・ガンバリ役で主演もしている。もう一人の監督ガイ・ナッティはイスラエル出身でアメリカで活動しているらしい。レイラ・ホセイニ役で主演したアリエンヌ・マンディは中東にもルーツを持つアメリカ人で、ボクサー役もやったことがあるというから柔道も健闘している。家族を脅して何とか棄権させようとする国家意思が怖い。2024年の東京国際映画祭で審査員特別賞、主演女優賞を受けた。モデルとなったサイード・モラエイは東京五輪男子81キロ級の銀メダリストである。
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