フランス映画『ポトフ 美食家と料理人』は僕が見てきた映画の中でも極めつけの美食映画だ。「美食映画」なんてジャンルはないけど、料理が出て来る映画は多い。食事シーンにまで広げるなら、出て来ない映画の方が少ないだろう。しかし、日本の『土を喰らう十二ヶ月』なんかは、美食じゃなくて「粗食映画」という感じだった。それが悪いわけじゃないが、見てるだけで満腹する映画、美味しそうな香りが客席まで漂ってくるような映画としては、これがベストじゃないかと思う。
ベトナム系フランス人監督のトラン・アン・ユンが2023年のカンヌ映画祭監督賞を受賞した映画である。監督はパリ育ちということだが、これほど完璧に19世紀末フランスを再現したのは驚き。原題は「La Passion de Dodin Bouffant」で、1924年の小説が原作だという。美食家で有名レストラン経営者のドダン(ブノワ・マジメル)という人物の料理への情熱を描いている。彼は今では森の中の館に住んでいて、料理人ウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)が彼のレシピを完全に実現するのである。冒頭から30分ぐらい、ドダンが友人たちを招く午餐会のシーンである。その間ずっと料理しているウージェニーたちをカメラは追い続ける。
ある種のドキュメンタリー映画でもあり、最初はちょっとカメラがうるさく感じられるぐらい。キッチンのあちこちで進む調理過程を追うとともに、料理人の方も映し出す。そこで作り出される料理の数々、舌平目のクリームソース、当時創作されたばかりのパイ詰め、仔牛や鶏、ザリガニや数々の野菜などの食材、ハーブやスパイス各種が完璧に再現される。三つ星レストランのシェフ、ピエール・ガニェールが監修していて、実際に作って実際に食べている。多くの料理映画では、レストランを開くとか、なんとか客を増やしたいとかのドラマの方がメインである。しかし、この映画は実際に美食を作って食べること自体を描くのである。
もちろんドラマがないわけじゃなく、一つはドダンとウージェニーの関係。20年以上料理を続けていて、二人の間には愛情が芽生えている。ドダンは今まで何度も求婚しているらしいが、自由でいたいウージェニーはやんわりと断り続けてきた。(もっとも性的関係は受け入れているようである。)ところで、ウージェニーは時々台所で具合が悪くなることがある。それを含めて二人の関係はどうなるのか。ウージェニーのジュリエット・ビノシュは三大映画祭すべてで女優賞を獲得した大女優だが、ドダンのブノワ・マジメルはそんな人いたなという程度。映画『ピアニスト』でカンヌ映画祭男優賞を得ている。この二人は1999年に『年下のひと』で共演した後で交際が始まり、女児まで生まれたものの破綻したという。そんな二人の息の合った名演である。
(ドダンとウージェニー)
もう一つが「ユーラシア皇太子」の晩餐会である。ユーラシアがよく判らないけど、多分原作にある架空の国なんだと思う。美食家の評判を聞いて是非招待したいとなり出掛けたが…。8時間にも及ぶ3部に分かれた大晩餐会。しかし、戻ってからドダン初め仲間たちは、やり過ぎで満腹しただけ、何もかも出すのでは真の美食家ではないという批判が飛び交う。そしてドダンは返礼の晩餐会を企画して、そのメインメニューを「ポトフ」にすると決める。フランスの大衆料理であるポトフは果たして晩餐会のメインになるのか。いろいろと試行してみるが、なかなかうまく行かない。そしてウージェニーが病床につくことになって…。
(トラン・アン・ユン監督)
トラン・アン・ユン監督(1962~)ももう60歳を超えている。読み方は「チャン・アィン・フン」の方がより正しいらしいが、日本ではトラン・アン・ユンが確立しているだろう。12歳で戦争を逃れて両親とフランスに移住したという。1993年に『青いパパイヤの香り』でカンヌ映画祭で新人監督賞を受賞して一躍世界に知られ、1995年の『シクロ』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を得た。日本で公開された2作品は確かに魅力的だったが、作品数が少なく低迷感もあった。2010年に『ノルウェーの森』を監督している。今回の『ポトフ 美食家と料理人』は久方ぶりの会心作だ。
中国とフランスに支配されたヴェトナムは世界屈指の美食の国だと言われる。そういう歴史も反映しているのかもしれない。料理映画としては、ジュリエット・ビノシュ主演の『バベットの晩餐会』が素晴らしいと思う。他にいろいろとあるが、美食度と調理過程をじっくり見せる点では、この映画が一点抜けていると思う。ただフランス料理のこってりした味わいやワインが苦手な人は見ていて大変かもしれない。僕も少し満腹し過ぎた感もある。『かもめ食堂』や『土を喰らう十二ヶ月』が懐かしくなるところもある。なお、モーツァルトに「絶対音感」があったように、料理に関しても「絶対味覚」があるらしい。深い味わいを出すスパイスが全部判るような舌を持つ人である。ホントかな。
ベトナム系フランス人監督のトラン・アン・ユンが2023年のカンヌ映画祭監督賞を受賞した映画である。監督はパリ育ちということだが、これほど完璧に19世紀末フランスを再現したのは驚き。原題は「La Passion de Dodin Bouffant」で、1924年の小説が原作だという。美食家で有名レストラン経営者のドダン(ブノワ・マジメル)という人物の料理への情熱を描いている。彼は今では森の中の館に住んでいて、料理人ウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)が彼のレシピを完全に実現するのである。冒頭から30分ぐらい、ドダンが友人たちを招く午餐会のシーンである。その間ずっと料理しているウージェニーたちをカメラは追い続ける。
ある種のドキュメンタリー映画でもあり、最初はちょっとカメラがうるさく感じられるぐらい。キッチンのあちこちで進む調理過程を追うとともに、料理人の方も映し出す。そこで作り出される料理の数々、舌平目のクリームソース、当時創作されたばかりのパイ詰め、仔牛や鶏、ザリガニや数々の野菜などの食材、ハーブやスパイス各種が完璧に再現される。三つ星レストランのシェフ、ピエール・ガニェールが監修していて、実際に作って実際に食べている。多くの料理映画では、レストランを開くとか、なんとか客を増やしたいとかのドラマの方がメインである。しかし、この映画は実際に美食を作って食べること自体を描くのである。
もちろんドラマがないわけじゃなく、一つはドダンとウージェニーの関係。20年以上料理を続けていて、二人の間には愛情が芽生えている。ドダンは今まで何度も求婚しているらしいが、自由でいたいウージェニーはやんわりと断り続けてきた。(もっとも性的関係は受け入れているようである。)ところで、ウージェニーは時々台所で具合が悪くなることがある。それを含めて二人の関係はどうなるのか。ウージェニーのジュリエット・ビノシュは三大映画祭すべてで女優賞を獲得した大女優だが、ドダンのブノワ・マジメルはそんな人いたなという程度。映画『ピアニスト』でカンヌ映画祭男優賞を得ている。この二人は1999年に『年下のひと』で共演した後で交際が始まり、女児まで生まれたものの破綻したという。そんな二人の息の合った名演である。
(ドダンとウージェニー)
もう一つが「ユーラシア皇太子」の晩餐会である。ユーラシアがよく判らないけど、多分原作にある架空の国なんだと思う。美食家の評判を聞いて是非招待したいとなり出掛けたが…。8時間にも及ぶ3部に分かれた大晩餐会。しかし、戻ってからドダン初め仲間たちは、やり過ぎで満腹しただけ、何もかも出すのでは真の美食家ではないという批判が飛び交う。そしてドダンは返礼の晩餐会を企画して、そのメインメニューを「ポトフ」にすると決める。フランスの大衆料理であるポトフは果たして晩餐会のメインになるのか。いろいろと試行してみるが、なかなかうまく行かない。そしてウージェニーが病床につくことになって…。
(トラン・アン・ユン監督)
トラン・アン・ユン監督(1962~)ももう60歳を超えている。読み方は「チャン・アィン・フン」の方がより正しいらしいが、日本ではトラン・アン・ユンが確立しているだろう。12歳で戦争を逃れて両親とフランスに移住したという。1993年に『青いパパイヤの香り』でカンヌ映画祭で新人監督賞を受賞して一躍世界に知られ、1995年の『シクロ』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を得た。日本で公開された2作品は確かに魅力的だったが、作品数が少なく低迷感もあった。2010年に『ノルウェーの森』を監督している。今回の『ポトフ 美食家と料理人』は久方ぶりの会心作だ。
中国とフランスに支配されたヴェトナムは世界屈指の美食の国だと言われる。そういう歴史も反映しているのかもしれない。料理映画としては、ジュリエット・ビノシュ主演の『バベットの晩餐会』が素晴らしいと思う。他にいろいろとあるが、美食度と調理過程をじっくり見せる点では、この映画が一点抜けていると思う。ただフランス料理のこってりした味わいやワインが苦手な人は見ていて大変かもしれない。僕も少し満腹し過ぎた感もある。『かもめ食堂』や『土を喰らう十二ヶ月』が懐かしくなるところもある。なお、モーツァルトに「絶対音感」があったように、料理に関しても「絶対味覚」があるらしい。深い味わいを出すスパイスが全部判るような舌を持つ人である。ホントかな。