気ままに

大船での気ままな生活日誌

極楽寺の八重一重咲き分け桜 フクちゃんちの八重桜

2023-04-12 10:23:25 | Weblog

おはようございます。

極楽寺に八重一重咲き分け桜という珍しい桜がある。結構、遅く咲くので、いつも、見頃をはずしている。この桜は、桐ケ谷桜、鎌倉桜とも呼ばれ、はたまた、あの御車返し(京都・常照皇寺、上野・両大師)とも同種といわれる。以前、これらの関係を調べて”御車返し、桐ケ谷、八重一重咲き分け桜の歴史”というテーマでまとめている。

先日(4月10日)、上野の両大師の御車返しを見てきたが、ほとんど終わり、花は数輪、残っているだけだった。さて、極楽寺のはどうか。

極楽寺の山門。

山門をくぐると桜並木(ソメイヨシノ)があるが、これはもうすっかり新緑、その先に咲くのは八重桜一本(関山か)。満開!

そして、もうひとつ先の一本。これが八重一重咲き分け桜。よかった!きれいに咲いている。

北条時頼公お手植えの桜の古株から発生したものとある。別名、御車返し、という。

八重、一重の桜。

これだけで満足なのに、白藤まで添えてくれた。

近くの成就院に寄ったが、境内に花はなく、由比ガ浜を眺望できる石段に花桃だけが咲いていた。

この眺望が好き。

江ノ電で鎌倉へ向かう途中、ふと、思い出した。フクちゃんちの八重桜のこと。フクちゃんの生みの親、大漫画家の横山隆一さんは鎌倉駅西口から歩いて数分のところに住んでおられた。その住宅跡地に、ちょうどぼくらがこちらに越してきた頃、スタバ鎌倉御成店が出来たのだが、横山邸の庭のプール、そして八重桜と藤棚は残され、現在もテラス席で見物することが出来るのだ。

フクちゃんちの八重桜と藤はどちらもちょうど見頃になっていた。

横山隆一さんは、昭和23年から自宅で漫画家や文人仲間を集め、新年会をはじめたが、そのうち、庭の八重桜が見頃になる4月下旬の日曜日にお花見会をやるようになった。毎回、120人くらいの参加者があったとか。

プールには花筏。

漫画界の横綱、横山隆一は土佐出身、朝ドラの牧野富太郎も土佐、政界の吉田茂、財界の岩崎彌太郎も土佐。各界超一流ばかり、土佐はすごい。野球界は岩手が独占。翔平と朗希。神奈川は誰もいない、とほほ県。

なにげなく出かけた散歩だったが、極楽寺から天国のフクちゃんちと、極上の散歩になった。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で。ぼくはこれから大谷翔平投手の”10K零封2勝目”の快投を見ます。

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根津神社の躑躅、華麗に

2023-04-11 11:22:09 | Weblog

おはようございます。

根津神社の神苑の躑躅(つつじ)が華麗に咲いています。加齢にまけず、今年も、行ってきました(笑)。もう、何年つづけているだろうか。家内は5年ぶりくらい。

千代田線の根津駅から10分も歩くと、根津神社の大きな鳥居が見えてくる。そして、鳥居の向こうにちらりと躑躅苑の様子が。おっ!良さそうだ。すでに見頃になったことはニュースなどで知っていたが、やはりこの目で確かめないと安心できない。

つつじ山は、根津神社の境内なので、無料圏でもつつじ山の全貌を眺めることができる。いつもは橋の向こうには入苑者の長蛇の列があるが、今日(4月10日)はない。やはり、昨日の日曜日をはずして正解だった。

では、300円納めて、入苑。

いきなり、躑躅の山々が目前に。初夏のような気候で、夏スタイルの方も多い。外国人はどこの観光地でも多いがここでも、あちこちで、英語、韓国語、中国語などが飛び交う。

では、つつじ山を登りましょう。

もくもくとつつじのやまが次々と。

つつじ山の上から

見上げる洋館は弥生正録館(有形文化財)

下には子供。

乙女稲荷の鳥居を背景に。

楼門を背景に

品種色々

二刀流(笑)

100品種以上のつつじがあるという。全部、見るには3回ほど来てくださいと。

いよいよコースも終盤。

今年も素晴らしい根津神社の躑躅でした。来年も是非!

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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葉山・花の木公園の躑躅、もう見頃です 大谷3号!

2023-04-10 08:42:59 | Weblog

おはようございます。

先日、東御苑の躑躅(つつじ)があと一歩で見頃の時期を迎えていたので、そろそろ、葉山の花の木公園の躑躅もいいかなと出掛けた。逗子駅からバスで15分も揺れると、葉山小学校前。下車すると目の前が花の木公園である。

公園脇の役場通り(葉山町役場が公園に隣接している)沿いの躑躅が見事に見頃!

こんなに早く見頃になったことあっただろうかと、この日誌をめくってみた。22年が4月20日、21年が4月8日、20年が4月15日だった。去年より10日も早いが、一昨年とはほぼ同時期だった。そんな珍しいことではなかった。

この通り沿いの躑躅だけ見て帰っても、十分、満足かも。

色とりどり

振り返る。

初めての人はここで満足して、帰ってしまいそう(笑)。ちょっと待って。もう一歩、足を踏み入れれば、つつじ山が目に飛び込んでくる。

右側の躑躅は最近、植え替えられた若い躑躅。

古い株はやはり見事な花をつける!

登ってみよう。

八重桜が一本。ここから葉山町役場がみえる。

つつじ山の麓には”葉山めだか”の棲む池がある。

ただ、今の時期はオタマジャクシに占領される。

つつじ山の向こうに戦没者慰霊塔。

慰霊塔側にもつつじが。真っ赤な霧島つつじか。

おわりに、また役場通りのつつじを楽しむ。

。。。。

今朝、大谷翔平、花巻東高同窓の菊池雄星から3号かっとばす!

勝って兜の緒をしめよ。

前半6点リードもエンゼルスは結局、負けました。いつもの”なおェ”です。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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横浜公園のチューリップ、満開です

2023-04-09 06:15:28 | Weblog

おはようございます。

先月中頃、横浜公園のチューリップが咲き始めていた。そろそろ、見頃になっているのではと覗いてきた。10万本のチューリップは満開になっていました。どこを撮っても色とりどり。すばらしい風景でした。

折しも、よこはまスタジアムは、ベイスターズと中日戦のデイゲイム。人も満開!

横浜市内では山手公園の次に古い西洋式公園で、日本人にも開放されていたものとしては日本最古の公園。

日本庭園付近

74品種もあるという。

日本大通りの銀杏並木も新緑に。

たくさん撮ってきてしまったので、もう少し(汗)。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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シネマ歌舞伎 ”わが心の歌舞伎座”

2023-04-08 10:36:22 | Weblog

おはようございます。

昨日は大谷翔平は休みだし、外はといえば雨降り。こんな日は、久しぶりに映画にでもと、辻堂に向かった。はじめ、池波正太郎原作の時代劇をと思っていたが、”シネマ歌舞伎”が上映されていたので、急遽、それに変更した。まさに”気まま”人生だ(笑)。

今回は特定の演目ではなく、”わが心の歌舞伎座”というタイトルで、2009年に歌舞伎座の老朽化による建て替え工事を受けて”さよなら公演”がスタートしたが、それから、2010年4月30日の閉場式までの間のドキュメント映画である。

”さよなら公演”では人気演目が上演され、ぼくもいくつかを観ているが、それらの舞台のクライマックスシーンや名優たちの歌舞伎座への思い入れが紹介される。故人となられた先代團十郎、勘三郎、吉右衛門ら、そして、今もお元気な玉三郎、菊五郎、仁左衛門、幸四郎(白鸚)らが、それぞれ、思入れのある役どころ、受け継がれてきた名跡、初舞台の思い出などを語る。加えて、普段見られない稽古風景や楽屋の日常、美術・音曲・衣裳・かつら・床山・小道具など舞台の制作現場風景も紹介される。

この映画は2011年の制作で、上映もされたはずだが、ぼくは見ていない。新歌舞伎座10年目の年に再上映ということだろう。

映画の概要は以下の予告編にお任せし、ぼくの思い出の歌舞伎座をそのあとに(笑)。

『わが心の歌舞伎座』予告編

ぼくの”思い出の歌舞伎座、さよなら公演”

16か月に及ぶ、さよなら公演がはじまってから、数度は見に行っている。でもブログ記事にしているには二つほど。2009年の二月公演。演目は、”蘭平物狂”、”勧進帳”そして”三人吉三巴白浪”。俳優は蘭平は三津五郎、弁慶は吉右衛門、そしてお譲吉三は、玉三郎と豪華な布陣。今度の映画にも吉右衛門の弁慶の名場面が出て来た。吉右衛門は何十回もこの役を演じ、大好きな役だそうだ。玉三郎のお嬢吉三はその後、見たことはない。映画では菊五郎のお嬢吉三の舞台が紹介されていた。

2009年、歌舞伎座さよなら公演の勧進帳。吉右衛門の弁慶

歌舞伎 : T.asakaの部屋NO2

そして、さよなら公演もいよいよ最終盤、御名残四月大歌舞伎(2010)の千穐楽もあと5日と迫っていた。ぼくはその日、東京に所用があって、帰りに根津のつつじでもと思っていたが、そうだ歌舞伎座が、そろそろ閉幕だっけと、東銀座に向かった。通りを隔てて、もうすぐなくなる歌舞伎座をしばらく眺めていた。たくさんの人がカメラを向けていた。全体像を撮るのはこここが一番なのだ。



八幡さまの大銀杏じゃないけど、もう、なくなってしまうのかと思うと、なんだかとてもさびしい気持ちになった。交差点を渡り、近づくと、”あと5日”の文字が点灯していた。余命5日なんだ、と思うと、ますますさびしくがつのった。”歌舞伎座さよなら公演”と銘打った公演は1年以上前から続いていたが、その間、ぼくも3回ぐらいは観に行っている。その、”さよなら公演”もいよいよ本当の”さよなら公演”の時期になってしまったのだ。

そしたら、急に最後の公演が観たくなってしまった。もちろん通常の席は最終日まで売り切れている。残るは4階の一幕見席だけだ。1400円で一幕だけみられる。野球の外野席みたいなもので、通はここで観ると言われている。その席を待つ人の列がすごい。係の人に聞いてみたら、2時間待ちで3時開演の2部がみられるという。2時間ぐらいなら阿修羅展で経験しているし、歌舞伎座最後の公演なんて、もう一生、観られないと思い、並んだ。”菅原伝授手習鑑/寺小屋”の一幕をみて、今生のお別れにしようと決心したのだ。ぼくの好きな玉三郎も千代役で出演する。2時間といっても本を読んだり、こんな粋なおねいさんも見られたし(汗)、飽きはしなかった。

一幕見席は入ったことがあるが、今回はその席にも座れず、立ち見だった。でも、一番上の真ん中から、館内全体を見下ろすことができ、”さよなら歌舞伎座”を観るには最適の場所だった。屋根から客席まで、忘れないように見まわしていた。花道のそばのいい席で観たこともあったな、とかいろんなこと思い出しながら、”寺小屋”をみた。(ぼくは初心者だが)”通”の席らしく、屋号の○○屋という掛け声が飛び交った。幸四郎(松王丸)、玉三郎(千代)、勘三郎(戸浪)、仁左衛門(武部源蔵)と人気役者が出て、あっと言う間に、一幕が終わった。

歌舞伎座御名残四月大歌舞伎の千穐楽の様子は、もちろん、映画で取り上げられていたが、夜の部の團十郎の助六で締められた。

映画では、さらに、2010年4月30日の閉場式が始まる。「都風流」「京鹿子娘道成寺」が演じられた後、総勢300名の俳優と、満席のお客が想いを込めた手締式で歌舞伎座は幕を閉じる。

。。。。。

そして、3年後、2013年、4月、歌舞伎座のこけら落とし公演がはじまった。もちろん、見に行った。近江源氏先陣館/盛綱陣屋で、仁左衛門(佐々木盛綱役)と吉右衛門(和田兵衛秀盛役)を観て、そして歌舞伎十八番の内 勧進帳。勧進帳の弁慶は幸四郎、そして富樫が菊五郎と、こけら落としならでの豪華メンバーだった。

新歌舞伎座

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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東御苑の春 躑躅はじまる 

2023-04-07 09:15:01 | Weblog

おはようございます。

都心のホテルに泊まって、三日目(4月5日)は竹橋の東京国立近代美術館の”重要文化財の秘密展”を鑑賞し、そのあと、近くの平川門から東御苑へ入り、桜やツツジを楽しんだ。

平川門から入ってすぐの休憩所脇のハナミズキが白い花を咲かせていた。

石垣の桜も風情がある。

早春に楽しんだ海林坂の横を通り、二の丸雑木林へ。ここには日本の野生ツツジの代表種、ヤマツツジが何本もある、いずれも花を咲かせていてくれた。キンラン、ギンランを見に来る頃、よく咲いているので、ひょっとしたらと蕾でもと探したが、それらはまだだった。あと10日ほどか。

木により、咲き具合が異なる。

そして、諏訪の茶屋前の二の丸庭園のつつじの群落。新宿御苑でも咲き始めていたので、期待していたが、さらに進んでいた。早い株は五・六分咲きになっている。

ここが満開の頃、もう一度、来たい。今年は、キンラン・ギンランと合わせられるかも。

諏訪の茶屋前

庭園の山側にはこれも毎年、欠かせないアカボシシャクナゲ苑と広大なシャガの園。

シャガの群落

白山吹

まるで白と黄の交雑種みたいなヤマブキ。

では本丸へ。天守台に登る。

天守台から桃華楽堂を望む。”左近の花桃”と”右近の桜(御衣黄)”。

紅白の花桃はあと少し。

御衣黄桜は満開。

桜の島

茶畑の桜

高層ビルと桜

サトザクラ(普賢)

果樹園の和りんごの花

素晴らしい東御苑の春でした。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で。

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ピンクムーン満月と満開桜

2023-04-06 22:04:47 | Weblog

こんばんわ。

今宵は満月。4月の満月はピンクムーンと呼ばれる。月の出時は曇の中だったお月さまも、9時過ぎに雲間からうつくしい姿を魅せてくれました。

こんなピンクムーンを見たかったのだが・・・月の出時によく見られるが、今日は雲の中だった。

折しも、我が家近くの桜並木のいくつかは、いまだ満開桜。ピンクムーンまで待っていてくれた。

よく見ると、まだ蕾もある。

こちらの桜も。

満開のまま。

こちらの公園の桜はソメイヨシノではなく、珍しい御衣黄さくら。これも満開。

満開桜と満月を同じ日に見られる幸せ。折しも、大谷翔平が今季初勝利。うれしいことが重なった。

2018年にはブルームーン(3月の満月)と満開桜を見ている。そして、5年後の今日、ピンクムーンと満開桜。さて、これから5年後の満月と満開桜はピンクだろうかブルーだろうか(笑)。そして大谷翔平はどんな業績を挙げているだろうか。MVP5年連続、サイヤング賞2回、ホームラン王3回、三冠王とか。 とにかく、あと5年ほどは元気でいて、こんな話題のブログ記事を書いてみたいものだ。

では、おやすみなさい。

いい夢を。

ハナグルマがもう開いている。

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新宿御苑の八重桜 早や見頃 大谷、初勝利!

2023-04-06 09:21:02 | Weblog

おはようございます。

都心のホテルに二泊して、(いつものんびりしているが、さらに)のんびりしてきました。初日は家内の要望もあり、東京駅八重洲口に先ほど開業した東京ミッドタウン八重洲の見学。二日目(4月4日)は新宿御苑へ。八重桜が早や、見頃になっていたのにはびっくり。例年、たとえば去年では4月18日に八重桜を見にいっている。

ここの八重桜はピンク色の関山と白色の一葉が中心で、他にいくつかの品種がある。

一葉

関山

現在は中止となっている総理大臣主催の園遊会がこの付近で開催されていた。

ぼくが御苑の八重桜女王と呼んでいる福禄寿。これはまだ見頃にはなっておらず、いつもの美貌はない。

うこんは見頃に。

兼六園菊桜

梅護寺珠数掛桜

新緑もうつくしい。

ユリノキ、メタセコイア、イチョウの新緑

ケヤキの新緑

もみじ山の新緑。

はなみずき

ハンカチの木もはじまった。まだ数枚のハンカチだけど(笑)。

みつばつつじは満開。

普通のつつじもはじまる。

この日は新宿御苑で、スマホで大谷、チェック。5回表に二試合連続の2号ホームラン!ホテルに戻ったら、まだ試合が続いており、試合終了後、たっぷり大谷の打席のリプレーをテレビで見ることができた。

大谷、初勝利

今朝(4月6日)も、5時から大谷投手先発の生中継を見る。シアトル・マリナーズ打線を6回8K1失点の粘投で抑え、今季初勝利を挙げる。10℃の寒い気候の中、なかなか調子が上がらなかったが、ピンチをしのぎ、でも、6回にはギアを上げ、三者三振とし、1点に抑えた。また、自らも援護点を打ち、二刀流の真価をみせた。救援陣が打たれ、1点差まで攻められ、ヒヤヒヤしたが、抑えのキハダまぐろが〆て、大谷、初勝利!サイヤング賞へ一歩前進!

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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春らんまん、八重桜、石楠花がもう見頃 大船フラワーセンター

2023-04-03 08:58:21 | Weblog

おはようございます。

今日から牧野富太郎博士がモデルの朝ドラ”らんまん”が始まりましたが、こちらも、それにあやかって、”春らんまん”のタイトルで(笑)。

まだソメイヨシノが満開中だというのに、大船フラワーセンターの八重桜(里桜)と石楠花(シャクナゲ)がもう見頃になっています。

玄関口に近いシャクナゲ・つつじ苑から。おっ!もうこんな風に。

手前の、みつばつつじ(小町)

シャクナゲいろいろ

シャクナゲ芳子さん

大きな株。この前で記念撮影する人が多い。

あっちを見よ!八重桜(里桜)苑が見頃ではないか。早すぎる!

では、桜苑へ。

加賀の曙

嵐山

御衣黄も!

ほらね。

日暮

鬱金(ウコン)

王昭君

妹背

大提灯

手弱女(タオヤメ)

桐ケ谷(鎌倉桜)

白妙

兼六園菊桜

ほらね。

薔薇園のうしろの築山でも八重桜が咲いている。松月。

シャクナゲやミツバツツジも。

築山の麓。

シャクナゲの前の桜は?

静桜(シズカサクラ)です。鎌倉ゆかりの静御前。

ソメイヨシノもまだ満開。

大谷翔平も天真らんまんの今季初ホームランをかっ飛ばしました。

大谷カラーで締めましょう。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で。

(ニ、三日、留守にしますので、コメント欄は閉じさせていただきます)

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鉄道博物館で時空を超えた旅 

2023-04-02 09:32:40 | Weblog

おはようございます。

3月の中頃、一泊で大宮に遊んだ。そのとき、大宮観光の一番人気と言われる”てっぱく”こと鉄道博物館に寄ってきた。電車の旅が好きで、ちょっと変わった車両を見つけるとカメラを向ける程度の鉄道ファンだが、なかなか面白かったので記録しておこうと思う。

大宮駅からニューシャトルに乗って鉄道博物館(大成)駅で下車。赤青黄の信号機のような天井の通路を進んで行くと、幼稚園生の集団が何かの前で記念撮影をしている。

そこには、”でごいち、D51”がいた。正門への通路脇に何気なく置いてある。実物とのこと。

その先に”てっぱく”の正門がある。入館料を払って入場。いきなり、なにやらゆかしい車両が。

”お召し列車”だそうだ。これは初めからお召し列車専用機として製造され、ロイヤルエンジンと呼ばれる。2001年まで90回使用されたとのこと。ぼくも走っているのを見たことがある。

そしてその横が”車両ステーション”。本ミュージアムのメイン展示場になる。その中に36両の歴史的な車両の実物が置かれている。以下、蒸気機関車、電気機関車、客車、電車、新幹線電車の順に紹介しよう。展示解説文も要約して載せた。

では、時空を超えた旅に出ましょう。

蒸気機関車

1号機関車(150形蒸気機関車)重要文化財 新橋~横浜間の鉄道開業時に、イギリスから輸入された蒸気機関車のうちの1両。1997(平成9)年に鉄道車両として初めて国の重要文化財に指定された。

弁慶号機関車(7100形蒸気機関車) 1880(明治13)年製造 北海道最初の鉄道・幌内鉄道の開業時から使用された蒸気機関車。北海道ゆかりの人物名「弁慶」を名乗る。カウキャッチャー、ダイヤモンドスタック煙突、警鐘などアメリカン・スタイルが特徴。

善光号機関車(1290形蒸気機関車) 1881(明治14)年製造 鉄道記念物 日本初の私設鉄道・日本鉄道会社の路線建設工事用に輸入。初めて埼玉県内を走行した蒸気機関車でインサイドシリンダー、サドルタンクなど独特の装備をもつ。各地で路線建設に使用。

C57形蒸気機関車 1940(昭和15)年製造 地方路線の旅客列車牽引用に登場。細身のボイラーと1,750㎜ボックス動輪からなるプロポーションのよさから“貴婦人”呼ばれる。135号機は1975(昭和50)年12月に国鉄最後の蒸気機関車による旅客列車を牽引した。

9850形蒸気機関車 1912(大正元)年製造 東海道本線の山北~沼津間、信越本線の長野~直江津間など幹線の急勾配区間用としてドイツから輸入。マレー式という複雑な構造のため早くに引退した。

電気機関車

EF55形電気機関車 1936(昭和11)年製造(準鉄道記念物)特急列車牽引機として流線形のデザインで登場。当初は東海道本線の特急「富士」「燕」の先頭に立って活躍したが、戦中・戦後は点検に邪魔な流線形カバーを外して東海道本線・高崎線などで使用。

ED75形電気機関車 1975(昭和50)年製 交流電化区間の標準形電気機関車として1963(昭和38)年に登場。安定した性能で北海道、東北、九州などの交流電化区間で旅客・貨物列車に使用。羽越・奥羽本線用に1971(同46)年から製造された700番代は、ED75形の最も完成された形態となる。

EF66形電気機関車 1968(昭和43)年製造 1960年代に台頭してきた自動車交通に対抗するため、東海道・山陽本線の高速貨物列車牽引用として登場。1,000tの貨物列車を100㎞/hで牽引するため国鉄最大の出力を誇った。1985(昭和60)年からは東京~下関間で寝台特急列車の先頭に立って活躍。

客車

創業期の客車(レプリカ)1号機関車に連結する展示用として1970(昭和45)年に製作。明治初期の下等客車を模して作られたもので、イギリス式の室内をいくつかの区分室に分け、区分室ごとに乗降扉を設ける構造。

開拓使号客車(コトク5010形) 1880(明治13)年製造 鉄道記念物 北海道初の鉄道・幌内鉄道の開業に際して輸入された客車。前後にデッキ、車内は中央通路を持つアメリカ式のボギー客車で、当時としては先進的なミラー式自動連結器・空気制動機を装備した。一般営業には用いられず開拓使長官などの乗車用として使用。

人車 人の力で押して走った鉄道。1895年豆相人車鉄道(小田原ー熱海間)が開業。明治の終わり頃から大正にかけて関東・東北地方で使われた。この車は宮城県松山町で使われた。

マイテ39形客車 1930(昭和5)年製造 当時の国鉄を代表する特急「富士」用の1等展望車として製造。展望室は外国人の利用を見込んで、純和風の“桃山式”と呼ばれる豪華な内装となる。戦時中の特急廃止により使用を停止したが、戦後特急列車復活にあたって再整備され、「へいわ」(のちの「つばめ」)に使用された。

ナハネフ22形客車(20系客車) 1964(昭和39)年製造 夜行特急「あさかぜ」用に製造された寝台特急用客車。固定編成されて冷暖房を完備し、個室・開放式の2等寝台、3段式の3等寝台、座席車、食堂車などで編成され、当時としては豪華な設備で“走るホテル”と呼ばれた。ナハネフ22形は夜行特急をすべて寝台車化することになり製造されたもので、この頃から“ブルートレイン”とも呼ばれるようになる

電車

クモハ40形電車 1936(昭和11)年製造 省線電車の運転区間の拡大により製造された、20m車体に片側3ヶ所の乗降扉をもつ半鋼製車。車内はロングシートが並び、扉の開閉はが自動化されてスムーズな乗降を実現。多数が製造され戦前期の標準型通勤電車となり、戦後も1980年代まで使用された。よく乗りました。

クハ181形電車(181系電車) 1965(昭和40)年製造 101系を基本として1958(昭和33)年に登場し、東京~大阪・神戸間の「こだま」に使用され、その優れた性能と快適性で電車時代を切り拓いた、国鉄初の特急用電車151系の改良型。勾配線区でも使用可能なようにパワーアップし、上越線「とき」、信越本線「あさま」、中央本線「あずさ」などで活躍。

クハ481形電車(485系電車) 1965(昭和40)年製造 直流で電化された東京や大阪から、交流電化の各線へ直通運転可能な車両として、151系を基本に製造された交直流両用特急電車の先頭車。当初はボンネット形だったが、後年少しでも定員を増やすため貫通形・非貫通形へと変化しながら量産された。1500両以上が製造され、四国を除く全国の電化区間で使用。

修学旅行用電車(クハ167形)モックアップ 昭和42年に秋葉原にあった交通博物館での展示用に、国鉄大井工場と車両メーカーによって、実物と同様の部品を用いて製造されたもの。ぼくらの時代は”ひので”とか”きぼう”だった。

新幹線電車

気動車

キハ41300形気動車 1934(昭和9)年製造 ローカル線近代化のため、国鉄で初めて量産された気動車のグループ。当初はガソリンエンジン、機械式だったが、戦後にディーゼルエンジン・液体式へと改造された。非力なエンジンを補うため軽量化を徹底し、コロ軸受けを採用。キハ41307は1958年に国鉄で廃車後は、遠州鉄道、筑波鉄道など地方私鉄で使用された。

訪問者が1300万人超え。おめでとう!

懐かしい電車に出会ったり、歴史的な蒸気機関車を目の当たりにしたり、まるで時空を超えた旅をしてきたみたい。楽しいひとときを過ごさせてもらった。また、いつの日か。

。。。。。

今朝の大谷翔平

今朝5時、アスレチックス戦に「3番・DH」で先発。メジャーデビュー登板だった藤浪晋太郎投手と直接対決。3回に左翼フェンス直撃のタイムリーヒットを放つなど2打数1安打。先発した藤浪は3回に突然乱れ、2回3分の1を5安打8失点、3四球、4奪三振で黒星スタートとなった。大谷はさらにもう一安打のマルチ、2打点とした。

。。。。。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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