■ 85km、約12時間あたまを支えた首
大会翌日から2日ほど階段を降りることがしんどかった筋肉痛ですが、4日めを過ぎ、先ほど1kmほど泳いで筋肉はほぐれ、痛みはほぼ消滅しました。
5月16日の大会出走記です。
○ 前日まで:
体調および練習状況は、速報のとおり。
○ 大会前日:
8時前、最寄駅を出発。
八王子から特急あずさに乗りかえる。
特急の車中では、山好きな年配男性と隣あわせ、ず~っといろんな話をしているうちに野辺山駅に到着。
男性は、横浜から大会のボランティアに参加される方でした。
12時からの受付を済ませ、会場周辺を散策。
13:30から競技説明を受ける。

会場で、10数年前、花見川サイクリング道路で開催していた8時間走によく参加され、秋田や阿蘇のウルトラで顔を合わせていた女性と娘さんに会う。
当時は、千葉県松戸市在住でしたが、今は山梨県におられるようです。
本人は、初めて100kmを走られる娘さんの応援に来られたとのことでした。
15:00ころ、会場から徒歩で5~10分ほどの宿にチェックインする。

大阪、東京からきたという40代がらみのK、K´、そして名古屋から参加の30歳くらいのSさんという男性(20歳から9回めの参加)と、4人相部屋に泊まる。
翌日の準備をしながら懇親、5:30から夕食。
6:30にはみんな布団に入りました。
全員、7時には熟睡(?、自分が先に眠ってしまいましたから)。
○ 大会当日
<スタート前>
2時30分ころに起床、7時間たっぷり眠りました。
3:00朝食、ランウェアーに着替える。
4:00ころ、すべての荷物を持ち宿を出る。
着替え袋は、42km、58km、87km地点を選べますが、42km地点でやめるつもりでしたので、その荷物と残る荷物をあずけ、4:40ころスタートラインに並ぶ。
参加者は、100km1739人、71km388人、42km352人、計2479人。
お天気は、
、気温は5℃くらい。
(後日のデータ:平均9.5℃、最高17℃、最低4.6℃)
ウェアーは、帽子、上は半そでTシャツに透明のポリ袋、手袋、下はロングタイツにトレランパンツ、ウルトラ用のシューズ。
<スタート後>
スペシャルゲスト・プロフィギアスケーター、荒川静香の声援を受けて、5:00社会体育館前の下りをスタートする。
0~42km(第1関門時刻:11:00)
久しぶりの早朝ラン、高原の空気が気持ちよい。
いつもは、5km何分とか思いながら走りますが、今回は体の声を聴きながら周囲の景色を楽しみながらのマイペース。
体が高地を走るのに慣れるまで、最初はゆ~っくり。
5kmほどロードを走り、高原の畑を縫い、林道の坂道に入るころ、沿道で応援中のJTRCのKさんを見かける。
声をかけると、向こうも気づき「オ~ッ!!」
1時間ほどで、砂利道の林道登りに入りますが、ここでポリ袋を脱ぐ(手袋着用は、もしもの転倒に際してそのまま)。
横岳中腹のコース最高点1908mまで(標高差553m)、最初の登りをトコトコ登る。
ほとんどタイム計測できませんでしたが、頂上で7:30ころでしたでしょうか。
下りも瓦礫、躓かないようにゆっくり下る。
今日のようなお天気でしたら、足元を選んで走ればトレイルシューズを使わないでよさそうです。
途中からロードに変わり(手袋を脱ぐ)、しばらく山中を行くと、突然ま正面に、峯にまっ白い雪を頂いた赤岳(?)が見えてくる。
感動だ~!!
ウェアーは、信州五岳トレイルの半そでTシャツ(パタゴニア)で走っていた。
そんなことで、4,5人のランナーにアレコレ声をかけられる。
40代がらみの女性ランナーからは、
「出られたんですか?私も走ったんですよ」
「え~、地理やコース不案内で、なんとか最後の関門までは行きました」
「地元のペーサーさんについていただいたので心強かったですよ。信濃町の若い男性でしたが」
「えっ!、それってWさんじゃないですかっ」
「はい、そうです」
「背の高い人でしょう!、私の仲間ですよっ!!。千葉の方と走ったって言ってましたから」
世間は、狭いですね~。
やがて、35km過ぎ稲子湯のエイドステーションで、おしるこをいただき、息をつく。
気温が高いので、各エイド毎で、1~2分くらい給水・給食をとる。
曲がりくねった下りのロードの中腹左手、42kmの関門。
ふと、リタイアをし収容車で会場にもどろうと思いましたが、制限時間に15分ほど余裕あり。
体調も変わらないので、せめて半分の50kmまでと考えを変え、着替え袋をそのままにし、素通り。
~50km(第2関門時刻:12:00)
暑さが増してくる。
気温21℃くらい。
左手に満々と水をたたえた松原湖、ここで地元の方・私設エイドの、冷たく美味しい山の水をいただき、生きかえる。
コースの標高最低地点880mあたり、50kmも制限時間10分前あたりに通り過ぎたような気がする。
~71km(第3関門時刻:15:15)
右に橋を眺めた直後あたりから、山間の川沿いを5kmほど、千曲川源流に沿ってダラダラと上る。
第4関門の馬越峠(1620m)までの標高差は740m。
北相木村役場(59km)で折り返す。
最後尾の方にいるのか、対向するランナーはまばらだ。
先ほどの橋まで戻る途中の左手で、また地元村の方の私設エイドに出逢う。
山の湧き水で作り、薪で沸かした麦茶をいただく。
道路をはさんだ小屋で釜に沸かしているが煙が立ち昇る。
温かいので胃にやさしい。
ご好意に泣けてきますね~。
この折り返しダラダラランで徐々に脚にくる、途中で屈伸したり、ストレッチが多くなる。
首のリハビリに泳ぎをやっていたので、心肺や上半身は疲れていないが、どうも太モモが……。
71kmの関門を4分前に通過する。
びりっけのエイドは、スポーツドリンクも給食も残り少なくなっている。
会場でカーボショッツを5個買ったけれど、ウェストバッグに入れておいて正解だった。
後半の、7、8kmごとに消費する。
~79km(第4関門時刻:16:40)
ここで、抜きつ抜かれつ併走してきた男性と女性、計3人と、ここまで来ればもういいや。
でも、第4関門の馬越峠まで行ってみたいですね~、途中で収容車が来たらそこで乗りましょう。
1~2kmほど一緒に話しながら、峠の急坂を登りはじめる。
エイドの係員に、
「峠の関門は間に合いますかね~、そこまでは行ってみたいんですが」
聞くと、
「はや歩きで行けば間に合うかも知れませんね、途中で普通に歩くと厳しいですよ」
ザット計算し、10分/kmで上ることにする。
最後まであきらめず、行けるところまで。
2人を後にし、腕をふり、一度も休まず、約15kmを小幅ピッチで上る。
登れてしまった。
峠の関門は4分前に通過。
~87km(第5関門時刻:17:30)
次の第5関門まで、50分/8km、曲がりくねって急な下り。
本来なら、こういう下りが一番好きなところですが、下りを飛ばそうとしても、いっこうに脚が前に進まない。
惰性にまかせて腕を振る。
完走は難しいにしても、一応第5関門をめざし、… … 、脚がカチカチになっている。
屈伸、ストレッチ、を繰り返す。
川上村の展望が開けてきた。
はるか向こうに、野辺山のゴールが見えそうだ。
どうにも脚が動かなくなるころ、
ちょうど下り坂が終わって、左に曲がる平坦T字路交差点を迎える。
85kmの表示があった。
第5関門時刻まで、10分ほど残っていましたが、関門まで行くのは無理と判断、居合わせた大会係員にリタイアを告げる。
ストレッチで硬着した脚筋を伸ばし、収容バスを待つ。
立ち止まったためか、夕方の気温低下のためか、かなり寒い。
お天気が今日と同じ条件で、完走を目的とするなら、防寒の着替えは87km地点に置いたほうがよいかもしれない。
17:30ころ、私の後から到着し、ここでリタイアした男性とバスに乗る(ちょうど満席になりました)。
85km以降~ゴール会場
ゴールに向かうランナーを見ながら、平坦なコースを会場に向かう。
18:00前、会場に到着。
着替えて、荷物をあずかる。
宿への帰り際にゴールする選手をパチリ

もうすぐゴールですよ(宿への曲がり角で)
お風呂で疲れを落とし、2泊めも同じ部屋に泊まる。
新たに加わった山好きの方と、今日9回めを10時間で完走されたSさんと3人、7時過ぎに夕食。
9時には眠りに就きました。
<大会後>
○ 大会翌日
8:41野辺山駅出発、立川で特急に乗りかえ、昼ごろ東京駅で京葉線乗りかえ、帰宅は13:00ころでした。
電車は、前もって往復の普通券を買い、当日は途中で特急券を購入するこの形がいいですが、
仲間4人くらいだったら、はやめに会場近くの宿を予約し、車で中央高速須玉ICから 野辺山に向かうのが、時間、費用ともにベストと思います。
○ 総括
お天気がよく、首も現状以上に良好なら、それなりのトレーニングをして、来年もエントリーしてみたいです。
泳ぎで首のリハビリをすること、脚筋力をつけて臨むことがポイントでしょうね。
転倒しないよう、また衝撃を与えない走り方をしていたので、6日ほど経過しましたが、頚椎への影響はない。
ほとんど気にならない(?)朝の違和感は、大会前と同じです。
■ 「こぐこぐ自転車」(2005.12.16平凡社、伊藤 礼)
4月9日に、最寄の図書館で、上の本と「自転車ぎこぎこ」(2009.11.21平凡社、伊藤 礼)の本2冊を予約した。
午前中に、新習志野のプールへ筋肉ほぐしのスイムに行き、帰り際に昨日図書館から連絡のあった「こぐこぐ自転車」の本を借りに行く。
40日以上たってやっと1冊借りられる。
貸し出し期間は2週間だから、だいぶ人気のある本のようだ。
歩きながら前書きとあとがきを見ると、伊藤礼さんは、文芸評論家、翻訳家の、かの伊藤整さんの次男だそうな。
68歳くらいから自転車を始めた。
内容紹介の一節から、
―鳥うち、碁うち、そのほか面白いことばかりにうち興じて七十年の手前、伊藤センセイは自転車を始めた。病みおとろえた細腕・細脚に筋金を入れ、街中の危険をよぎり、田舎の急坂であえぎ、世の荒波を乗り越えて、ついには古希・還暦のお仲間を引き連れ北海道自転車旅行に。世に愉しさのタネはつきまじ、今日もこぐこぐ。 ―
4年間のサイクリングライフを72歳で記されている。
さっそく、中味を読んでみたいと同時に、第2弾76歳で著した「ぎこぎこ自転車」も図書館から連絡があり次第、はやく読んでみたい。
―老いの坂なぞ、自転車で越える。都内で走りを哲学し、房州・甲州で息をきらし、遠州三河で舌鼓(したつづみ)、春ランマンの山陰まで、お仲間引き連れ、そこらじゅう走りまわって、世に愉しさのタネは尽きまじ、今日もぎこぎこ!面白いことの大家イトウ先生の自転車エッセイ第2弾。 ―
フリーになる来年あたりは、無理のない範囲で、自転車の楽しみも視野に入れていきたいですね。
(2010/5/21記)
今日のラン&スイム
美浜大橋 8km 八新習志野プール 1km
当月累計 R=214k S=1k 年間累計 R=697k S=11.3k