スロージョギングと写真のブログ

ウォーキング、ジョギング、ママチャリで出あった季節の花や風景写真で日々の出来事・雑感をつづっていきます

時間を戻そう(1.14-1)~ 小豆島・寒霞渓100kmウルトラ遠足 前々日

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ 昨日あたりから、やっと春の訪れの気配?

マリンピアの河津桜は、

  
まだ、一つも花開いてはいない

今日は休足日で、明日朝早く小豆島に出発する。(http://shimaradio.seesaa.net/article/256259029.html

受付後、限られた時間で島内観光をしながらコースの一部下見、寒霞渓に寄る。

終了後、宿に行く。

かんじんのお天気ですが、気温5~10℃、の予報で、まず良し。

体調は、腰に若干の不安以外は、なんとも無い。

前日・当日の食事に注意して腹の調子を良好に保つ。(前回、シマントの轍をふまない!)

あとは、景色や走中の交遊を楽しみながら完走をめざし、行けるところまで行ってみようと思う。

<ここ数日の情報>
・2012.3.10   約100万年閉じ込めておければ、もとのウランの毒性ぐらいには減ってくれるだろうということ。そんな議論は科学のなすべきことではない もともとやってはいけない 小出裕章
・2012.3.9  震災がれき Q&A その2(河野太郎ブログ)
・2012.3.7  小出裕章氏と原発推進派・澤田哲生氏の討論(MBS)
・2012.3.4 予算委員会分科会 質問通告年金関連 (河野太郎)

(2012/3/8記)

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時間を戻そう(1.13-4)~2010年 第16回四万十川ウルトラマラソン完走記(翌日&その後)

2020年07月04日 | 大会参加の記録

翌日、帰路 10.18(月) 晴れ

7:30、ホテル前の循環バスに乗り、集合場所の安並運動公園体育館に行く(8:10ころ到着)。

8:40帰りの高知空港に出発。
通過する土地土地の歴史、産業、物産などについてガイドさんの説明を聞きながら、海辺から山間をぬう。
行きも帰りも、車中から遍路道を歩くお遍路さんが見えた。
黒潮町で、Tさんたちが同乗。
ゆういんぐ四万十で、特産の馬事村の「ゆずぽんず」と「しょうが」をみやげに買う。
窪川、須崎、高岡とかいう土地を抜けて、11:30ころ、高知城の駐車場に到着。

竜馬さんが待っていました。

初めての出逢い(ブログ友)

約1時間でしたが竜馬さんと一緒に見学です(といっても竜馬さんは、何回も訪れているはず。ときどき、案内をいただきました)。

追手門

山内一豊の妻像

城の石垣

下から見た天守閣

出がけ羽田空港で出逢ったお二人と一緒にパチリ

天守閣の中(風通しがよく、全方位見晴らしがよい)

天守閣より眼下を見おろす

天守閣より市内を眺める 

12:50高知空港に向かい、飛行機で羽田、リムジンで千葉へ帰る。

17時帰宅 でした。

■ 後日、帰宅後の疲れ、障害その後

6日めの今日(土曜日)現在、右太もも前の筋肉痛がまだ少々残り、左はまったくない。
右足くるぶしもほぼ元に戻る。
爪も少し色が変わっている程度で大丈夫。
左腕の擦過傷は、傷の面積がせばまり、消毒液でしみますが、あと3,4日もすれななんともなくなるでしょう。
左足底痛は、左右をよく見ると、気のせいか左がやや偏平足に見え(?)強い痛みはなくなった(?なぜだかわからない、不思議?)。さらに、自分の足に適したウルトラ用のシューズを検討する必要がある。

昨夕は、大会後はじめて、ゆっくりジョグで走ってみた。

まとめ、今後

① 最大の目標「完走」なる
タイムは、13時間56分28秒(冷汗)

② 2、3の故障をかかえてのウルトラだったが、完走によって、今後の参加につながる内容になった。たとえ難しいことであっても、どこかに道はあるもの。すれすれタイムでしたが、上できでしょう。
次回は、ふつうの体調で参加したい。

③  気温も13度~25度で、日中日差しが強かったかな、くらいで比較的走りやすい天候だった。

④ 6日を経過し、体はほぼ元に戻ったが、昨日、大会から5日たっての初ジョグでは、右脚の筋肉痛が残っていた。
スピードを上げようとすると、ぎこちない走りになって、9分/km以上の速度がでなかった。
したがって、ウルトラの途中からのペースダウンの要因はいくつか考えられるが、経験上、太もも前の筋肉痛発生がもっとも大きなブレーキになるものと考えられる。
ジムでの筋力運動はしないから、今後は、園生の森の階段をふくめたトレーニングを自然な形でとりいれていこう。

⑤ 前半のペースを抑えることが、今後の課題、そして、最後まで完走をあきらめないこと。

⑥ 給水・給食も課題。エイドで食べられるように、何らかの工夫をすること。

⑦練習の量と質
参考までに、八ヶ岳と四万十の練習量を比較してみる

☆2月:79km、3月:105km、4月:103km、5月八ヶ岳大会前:121km 

☆6月:7月:273km、8月:303km、9月:293km、10月四万十大会前:117km

これからすると、完走は、練習量以外の要素も多分にあり、故障なしで大会に臨むには、練習量はほどほどがよいのかもしれない。  高齢者にとっては、200~250km/月くらいでよいのではないか?
貴重な時間が、走り以外のことにとれるメリットもある。 

ちなみに、大会前3ヶ月半の練習量を比べると、
八ヶ岳:408km 
四万十:1086km

八ヶ岳の方が、四万十より標高差があるし、峠も2箇所あるのに、あれだけ走れた。

練習の質(園生の森などで太もも前の筋肉をトレーニングする、累計距離が少なくとも、50kmくらいの長距離を走っておくなど)と、体調管管理をうまく運ぶ、直前の調整が大切。

Aさんや、Hさんの例をみれば、まだまだ何年かは楽しめるのかもしれない。

⑧ 今回のラップ&スプリットタイム(参考)    など

0k   10k   20k   30k  40k   50k  60k   70k  80k   90k 100k
0:39 1:06  2:25  3:32  4:39  6:09  7:44  9:24 10:46    13:56:28
  1:06  1:19  1:07  1:07  1:30  1:35 1:40  1:22   3:09
                           (レストステーションで11分費やす) 

0~40kmのペース: 7:00/km         大会コースマップ 
40~53.8kmまでのペース: 9:12/km53.8kmの半下沈下橋の写真撮影時間より計算
53.8~100kmまでのペース: 9:18/km (11分のレストステーション休憩込み)
坂を下って、フルあたりの地点から、完全に失速し、最後まで復活していない。

       < 記録 > 13:56:23  部門順位  119位/123人(登録男子100km)出走者150人
                          総合順位  938位/964人(男子100km)出走者1291人
                          総合順位  1070位/1102人(男女100km)出走者1494人
                                                    完走率73.8%

          以上で、完走記を終わりにします。

ウルトラ長文になってしまいましたが、筋肉痛にならずにお読みいただけましたでしょうか?
長時間おつきあいいただきまして、ありがとうございました

6日も過ぎると、しんどさは忘れ、楽しさだけが残っていますね。

(2010/10/23記)

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時間を戻そう(1.13-3)~2010年 第16回四万十川ウルトラマラソン完走記(当日)

2020年07月04日 | 大会参加の記録

大会当日

○ スタート前

0時ころトイレに起き、それから3時までウトウト。

携帯の目覚ましがなり、起床。走る服装に着替え、宿の朝食。

同室のHさんのアドバイスで、帽子に日よけをくっつけ、内側に折り込む(前一箇所、飛ばないようにピンで留める)。半そでTシャツ(信越五岳の参加Tシャツ→パタゴニア)、CWXのfit3ロングタイツ、五本指ソックス、ウルトラシューズ(ニューバランスMR967,26.5cm、4E)。そして、受付会場でランナーズショップから買ったウェスとバッグ(給水箇所が充実しているので、ボトル入れのないもの。ティッシュと小銭とカーボショッツ2個を入れる)。

Hさんが、MR967は過去の大会で爪を傷めたのでウルトラ大会用には使わない(Hさんは、指先が自由に動けるためではないかと言っていた)。買ってしまったので、練習に使用している、練習で使うぶんには爪には影響ない、と言っていた。各指にたっぷりワセリンをぬり、大会シューズを履いていた。

結果的に、私の場合も、右足の親指爪を傷めてしまった。(左足底の件、途中生じた右足くるぶしの痛みを和らげるため靴ひもの縛り加減を調整したためなどの影響があるのかもしれない)

次回は、アシックスかなんかのウルトラシューズを試してみたい。

4時ころ、巡回バスで会場へ。
まだ寒く暗い。
ゴール袋、中間袋を持参、モンベルのストームクルーザーの下をはき、ウィンドブレーカを羽織る。

スタート会場(蕨が岡中学校)

4時30分、会場に着く。
荷物預けのトラックなど周りを確認し、5時の開会式が始まるまで外にいた。体育館にいたほうが良かったかも。

開会式後、トイレをすませ、ウィンドブレーカを脱ぎ、透明のポリ袋をかぶり、ゴール、中間袋をトラックに預ける。

5時15分、スタート地点に移動、中ほどに並ぶ。
5分前、そんなに寒くはないので、ポリ袋を脱ぎ、スタート後ボランティアに預けることにした。

○ スタート~60km

左足の違和感少々、他は問題なし。和太鼓に送られ、かがり火の中を走り出す。

中学校横の道路、スタート地点に並ぶ 

ナントか走りきれそうな感じがする。気温もちょうどよい、すぐに手に持っていたポリ袋をボランティアに預ける

7,8kmで夜が明けて、周りの山、山間にある人家が見えてくる。
12kmくらいから上り坂、人家もなくなる。
しかし、勾配は、養老渓谷の麻綿原往路程度の勾配に感じる。
勾配に応じギヤチェンジしながら、走りとおした。
8分/km弱で走れた。
21kmあたり、堂が森という峠らしい。

峠のエイドで梅干、給水をとる。速報で記したとおり、直後の下りでスリップし転倒。
下りはそれなりに走り、7分/km弱。
3:32/30km、類似の養老渓谷の周回、麻綿原コースが頭に浮かぶ。

32km付近から、四万十川沿いに走る。ゆるい下り。
右足のくるぶしが痛い。

右足くるぶし(大会翌日パチリ)


40km付近~60kmは、他の人よりだいぶペースが遅くなる。
右足のシューズの紐を縛りなおし、調整2,3回。くるぶしを痛めないように、当初よりゆるく縛る。ひどく痛まないようなので、それなりに走れるようになる。
これが後半の親指の爪を傷めた原因になったかもしれない。右足をかばうような走りにくわえ、足が、シューズの中で動き…、インソールは無いほうが良いのかもしれない。(Hさんは、いつもインソールなしで走っているという)

右脚太ももに筋肉の硬直が現れ、何度か屈伸、ストレッチなどで立ち止まる。

左腕

救護車が来たので、左腕の傷を応急手当してもらう。

日差しが暑く感じられる。ペースが落ちる。2.5kmごとの給水をすべてとる。
小用は適度にあったが、大は幸い一度もなかった。

50kmを過ぎると半家沈下橋。橋を渡ってまた戻る。ここから眺める、四万十の流れ、山間の景色が良い。

 半下沈下橋(53.8km付近)

橋を往復し終わると、上り坂。
たいした坂には思われないのに、走りきれない。
走ったり歩いたり。前半のアップダウンと、ここのアップダウンのペースが、この後の走りに効いてくるとは気づかない。ペースがまったくあがらない。

○ 60~100km

歩かないように決心して、走っているつもりですが、ラップをみると10分/km近い。完走への不安あせりが頭にちらほらしだす。

とにかく、カヌー館のレストステーションで、モードを切り替えよう。

カヌー館に到着。右脚の状態が変わらないよう注意してストレッチ。
預けた袋をもらい、アミノバイタルゼリーを飲み、後半のカーボショッツをウェストバッグに入れる。
オニギリは1個くらいしか食べられない。たび重なる給水で胃が受付けない。カステラも1個止まり。疲れが取れるとるという味噌汁を、無理して3倍飲む。
デジカメでレストステーションの風景をパチリしながら体を休める。トイレにより汗をぬぐう。

ほんとうは、この地点で たくさん食べられ、後半の復活を図るのがよいんですが(レストステーション:62.2km地点)

休憩が、11分近くなったので、ふたたびスタート。
徐々に一定の走りペースに持っていく。 

復活を期待して、70km付近でカーボショッツを摂る。

岩間沈下橋(70km)付近

79.8kmの関門あたりから、残り時間を気にして走るようになった。関門時間のゆとりは30分強。45~50分/5kmのペースにもなり、貯金がみるみる減ってくる。
エイドでは、太ももと膝に冷水をかけた。
まだ残暑が残っている。日よけをひらひらさせ、80kmあたりは順調に走れたが、いつまで続くかわからない。

やや日が落ち、ひところの暑さは影を潜めたが、ペースは上がらない。
有名な84km付近の施設エイドも店じまいをしていた。なにか、ちょと寂しい。
かまわず走りつづける。

87.1kmの関門も、同様に通り過ぎる。

ほぼ同じスピードで抜きつ抜かれつしていた女性ランナーと、「歩かなければ完走できますよ」「行けるかな~」「頑張って行きましょう」、 励ましあう。

薄暗い空に月が浮かぶ、川面が見えなくなっている。星もまばたいてきた。
細い道路の曲がり角で、車のライトが足元を照らす。
ペンライトを渡された。
後続集団は、あたかもホタルの群れのようだ。手に灯りを持ち、ゆるゆると歩き走りしていくようだ。

最後の94.2kmの関門到着をクリアー。
午後7時のようだ。
真っ暗闇!!
残り5.8kmを1時間で走らなければならない。
徐々にペースが落ちているので、完走も微妙だ、1kmが長い。

あと美浜大橋までだ、あと稲毛海浜公園まで゛だ、と自らをプッシュし、ひたすら腕を振る。
脚が前にでない。
何回か経験した後半の復活が生じない。

晩秋の虫が鳴いている、何人か抜いた。
ゴールが近いが、あとナンkmかわからない。
気になる。
ボランティアに聞く、「あとなんkmですか?」「もうちょっとでゴールですよ、頑張って」、「それじゃわからない、どれくらいで完走できるか、時計を見ながら計算して走っているのに、3とか2kmとか距離を言ってもらえればな~」。

丸の内99km付近、走っているのは気持ちだけ、脚は歩きに近い)

ゴール手前の上りに入る。
心なしか元気が出る。腕を振り、小股で上る。
何回か人家の角を曲がる。ゴールのアナウンスが聞こえてくるが、なかなかゴールが見えない。JTRCのTさんが、残り1分で佐渡Aを完走したシーンを思い出しながら、最後まであきらめないで粘ろうと思う、腕を振る、振る。

残り5分、ゴールが見えてきた!!
写真を意識して、両手を挙げてテープを切る。

3分前のゴール(中村中学高等学校)

無事(?)完走!!

走りきれました。

ふと力がぬけ、



安堵の気持ちが全身に行きわたった。

○ ゴール後

完走メダルをもらい、ストレッチをして、スポドリをもらい走後の給水、右腕の手当てをしようと思っていた。
ストレッチをやる暇もなく、チップをはずしてもらったあと、トラブルコーナーへ連れていかれ傷口を消毒、テープをはる。
イスに座って治療を受けていたので、右太ももは更に硬直。

足を引きずり体育館へ。ゴールの荷物をもらい着替える。
たった3分の違いで、わく感覚が充実感か空しさに変わる。
微妙~!。

土手の上の循環バスに乗り、発車を待っていると、Yさん、Kさんも乗ってきた。
Kさんは、13:28で完走、Yさんは、14:13で惜しくももうちょっと。

同部屋のHさんは夕食を済ませていた。
私は、20:00ころ宿に着いたが、宿の夕食が食べられない、胃がまだ受付けない。風呂で汗を流しウェアーを洗う、翌日の準備をしてHさんといろいろ話す。

Hさんは、11:27:39で、70歳代で優勝でした。

Hさんから得た参考情報: 私より12kg軽量の55kg。練習は近くの眉山で一周5kmの木陰アップダウンで行うことが多い。いつもラストで余力が残るように走る。ウルトラは、66歳のサロマから始めた、サロマンブルーをめざし、76歳までサロマに出る。最初10時間台だった。大会では、漢方の胃薬を用意している。シューズの減った底は、形にあわせ古タイヤを切って貼り、長く使う、高価だから、などなど。

21時ころ就寝。

―つづく―

(2010/10/22記)

今日のラン&スイム        
      
     アバホテル  10k ゆっくりジョグ
          当月 R=227k S=0.5k  年間累計  R=2003k  S=20.8km  

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時間を戻そう(1.13-2)~四万十川ウルトラマラソン完走記(きっかけ、前日)

2020年07月04日 | 大会参加の記録

参加のきっかけ

昨年9月、魅力的な「信越五岳トレイル100km」第一回大会が開催された。(今年は、後半のルートを安全、風光明媚なコースに変更し距離も117kmと延びた)
山は、地形や気象条件の変化、また身体的には高齢化による体の機能の衰えなどによるハンディから、このような大会を走れる年令は65歳くらいまでではないかと勝手に決め、仕事の関係で練習時間が思うように取れないけれど、やるなら今しかないと参加した。
結果は、最終関門を手前にして完走ならず。
完走できなかった要因は3つほど、注意をすれば2つはまだクリアできる内容だった。難しい他の1つのは、視力だった!
真夜中の暗闇で、ライトの灯りをたよりに、瞬時に安全な足元を判断し着地すること、ゆっくりであれば可能ですが、
競技でタイムを気にする雰囲気の中では、高齢者にとっては難しい。

今年は、挑戦できる最後の年令、リベンジできる年令と考え、年度当初から信越五岳に向けて大会参加の計画をたてた。
ところが、1月に厄介な障害、頚椎椎間板ヘルニアが突然発生し、首まわりが激痛におおわれ、イスに座ることもままならなかった。
年度前半に申し込んだ5つの大会(ハーフ、フル)をすべてキャンセルした。
4ヶ月ほど整形外科に通院し、治療を受けた。

しかし、申し込んだ5月の八ヶ岳には参加。
お医者さんが、ジョギングや大会参加などをやってもいい、と言ったから(100kmに参加するとは言わなかった)。
ま~、再発とか悪化などのある障害だから、そんなことが起きるという不安もありましたが、行けるところまで、せめて40kmフルの距離まで行ければ、よい!!そんな気持ちで参加した。

気負いはなく、ゆっくりと走り、40km付近のエイドでリタイアのつもりが、最後の峠を越え、85kmまで行けた。

そのことから、
秋には頚椎などの調子がどうなるかの見通しはなかったけれど、万が一走れるならばと、一度は参加してみたかった四万十川ウルトラマラソンに仮申込み(5月末)、2倍の抽選に当選した。

6、7、8月と徐々に練習を行う。
完走できそうな予感がしてきた大会のまじか、一週間前、目標をさえぎるかのように左足底に、ふつうに立っていられない痛みが発生した。
その状態が2,3日続いた。
練習を止め、残る3日ほどでなんとか大会参加ができる状態になれたらと念じていた。

直前に1,2回、足の状態を確かめるためにゆっくりと試走。
なんとか走れると思った。
といっても、八ヶ岳の時とは全く違う思いでの出走となった。
理由はどうであれ、信州五岳トレイル、八ヶ岳と、85km付近で連続のリタイアをしている。
気分的には、四万十川でリタイアから区切りをつけたい、また走りきることによって次の大会参加につながる、その自信につながる、そういう思いがあった。 

■ 前日、会場へ 2010.10.16(土) 晴れ

6:26発のリムジンバスに乗り、ちょっと早かったけれど、羽田空港へ7:26到着。

8:05、第一旅客ターミナル2階にて、Tツアー担当者より搭乗券をもらい、出発ロビーへ。

この待合室で、稲毛のYさん(たまに、練習コースで見かけていた)、さつきが丘のTさん(Yさんの知り合いで、私は今回初めての出逢い。花見川のサイクリング道路を練習しているというから、すれちがっているのかもしれない)と出会う。

9:25、JAL1483便にて高知空港10:45到着。
専用バスに乗りかえ、バスガイドさんの案内を聞きながら山間を走る。
途中、「ゆういんぐ四万十」(道の駅)で休憩をとり、

Y,Tさんと(私より2,3歳年上、ゆういんぐ四万十にて) 

見晴らしの良い海辺を抜け、14:00ころ受付の安並運動公園に到着。

受付会場(安並運動公園体育館)

受付を済ませ、市内循環バスで、宿の○○ホテルに15:00ころ到着。

部屋は7階の2人部屋の洋室で、既に徳島県からの参加者のHさんがチェックインを済ませていた。
偶然、Yさんも同じ宿。
Tさんは、会場から40分ほどの黒潮町に宿をとっていた。

明朝のランウェアーの準備を終え、16:40ころ、歩いて前夜祭の会場に行く。

前夜祭(新ロイヤルホテル四万十)

5:20ころ、はやめに宿泊のホテルに戻り、

ホテルの部屋からの眺め(四万十川にかかる赤い橋) 

明日の準備、18:00ホテルの夕食。
食事は、バイキングでしたが、ウルトラ参加に満足のいく内容でした。

四万十川は、Y、Tさんも4,5回参加、Hさんも3回参加の常連でしたので、いろいろアドバイスなどをいただいた。

特に、徳島県のHさん(70歳)は、50歳すぎころからマラソンを始められ、ウルトラ100kmは66歳からとのことでした。
その時、サロマ100kmが10時間台、サロマと四万十を毎年参加。
今年は、6月27日熱暑のサロマ湖9月21日の歴史街道丹後をすばらしいタイムで完走され、につづいて3回目の10月17日四万十川ウルトラマラソン出場。
練習は、自宅近くの眉山で行っている。
夏でも木陰のアップダウンが5km近くとれるらしい。
シューズやウェアーにも気配りをしていて、各大会で入賞されている。
話を伺っていて、3,4年まえに出逢った、埼玉県のAさん(75歳で、今年の八ヶ岳で100kmを完走されている)を思い出した。

Hさんは、76歳まで連続サロマ湖100kmを走り、サロマンブルーを目標にしているとのことでした。

寝付いたのは、20時ころ。

―明日に続く―

(2010/1021記)

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時間を戻そう(1.13-1)~四万十川ウルトラマラソン速報

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ なんとか完走できました!

2,3の障害をかかえ、トラブルとアクシデントが生じるなか、13時間56分28秒、制限時間すれすれで完走できました。

最終関門の94.2km過ぎは、はらはらどきどきの連続でした。

完走への執念はとぎれないようにしていたんですが、思うように脚が前に進まない、時間が刻々迫る!!

こんなゴールは、初めてです。


完走メダル

早朝の暗闇に、かがり火がもえあがる、陣太鼓が鳴る。

朝の寒さに冷えないようにしていた、透明ポリ袋を脱ぐ(寒暖の差が大きく、日中は暑かった)。

スタートのカウントダウンが始まる。

左足底がジーンと重い。

… … …。 

ゴール後、左足・脚は、ほとんど筋肉痛はなく、損傷もない。

かわりに、左足をかばった健全な右足・脚にダメージを受ける(親指の爪、くるぶし、太ももの筋肉痛)。

… … …。

最初の山越えの頂上過ぎ(21km付近)、下りに入ったばかりの所で、転倒のアクシデントも発生。

紙コップを返却しようとしましたが、回収用のダンボールが後ろになってしまったので、ちょっと戻ろうとして、自然に右足にブレーキがかかる。

ブレーキがかかった下り路面は、ランナーの給水でビチャビチャに濡れている。

結果的にその路面でスリップをして、後ろに倒れ左腕で受身、救護車で応急手当を受ける。


 

そんなことがありましたが、走りの間に垣間見たコース上の絶景、走りながらのランナーとの会話、沿道の応援、大会運営の配慮などが、シンドサを忘れさせてくれた。

… … …。

すばらしい出逢い(数年前、宿泊の同じ部屋で出逢った埼玉県のAさんと同じような出逢い→    、    が、今回もありました。徳島県のHさんという方で、やはり同じ部屋になり、驚嘆に値する参考になる話を伺いました)

や、

楽しい出逢い(ブログで知り合いになった高知県出身で奈良県在住のランナー、竜馬さんが、桂浜の実家に帰省されていて、大会後の18日、見学コースの高知城に会いに来ていただきました)

もあり、

首や足や腰に不安をかかえての参加でしたが、様子をみながら完走まで粘ることができ、

たいへん楽しい大会参加になりました。

完走記は、近日中にアップします。

 

※1. 「あのな~江本君、長生きしたかったらなあ、一年にいっぺんだけ、ぎりぎりまで自分を追い詰めることやってみるんや。フルマラソンでも断食でも何でもええ。死なんまでも相当きついことをな。そいであとは普通にしていればええのや」』(鏡の国のランニング、江本嘉伸著、窓社の中で、80歳半ばを迎えた、第一次南極越冬隊長の西堀栄三郎さんが言われた言葉

※2. 埼玉県のAさんは、ランナーズ2010年11月号、P20に紹介されていました。

(2010/10/18記)

今日のラン&スイム        
      
     四万十川ウルトラマラソン  100k 
          当月 R=217k S=0.5k  年間累計  R=1993k  S=20.8km  

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時を戻そう(1.12-2)~2010年 八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン出走記

2020年07月04日 | 大会参加の記録

 85km、約12時間あたまを支えた首

大会翌日から2日ほど階段を降りることがしんどかった筋肉痛ですが、4日めを過ぎ、先ほど1kmほど泳いで筋肉はほぐれ、痛みはほぼ消滅しました。

5月16日の大会出走記です。

○ 前日まで:

体調および練習状況は、速報のとおり

○ 大会前日:

8時前、最寄駅を出発。

八王子から特急あずさに乗りかえる。

特急の車中では、山好きな年配男性と隣あわせ、ず~っといろんな話をしているうちに野辺山駅に到着。

男性は、横浜から大会のボランティアに参加される方でした。

12時からの受付を済ませ、会場周辺を散策。

13:30から競技説明を受ける。

会場で、10数年前、花見川サイクリング道路で開催していた8時間走によく参加され、秋田や阿蘇のウルトラで顔を合わせていた女性と娘さんに会う。

当時は、千葉県松戸市在住でしたが、今は山梨県におられるようです。

本人は、初めて100kmを走られる娘さんの応援に来られたとのことでした。

 

15:00ころ、会場から徒歩で5~10分ほどの宿にチェックインする。

大阪、東京からきたという40代がらみのK、K´、そして名古屋から参加の30歳くらいのSさんという男性(20歳から9回めの参加)と、4人相部屋に泊まる。

翌日の準備をしながら懇親、5:30から夕食。

6:30にはみんな布団に入りました。

全員、7時には熟睡(?、自分が先に眠ってしまいましたから)。

○ 大会当日

<スタート前>

2時30分ころに起床、7時間たっぷり眠りました。

3:00朝食、ランウェアーに着替える。

4:00ころ、すべての荷物を持ち宿を出る。

着替え袋は、42km、58km、87km地点を選べますが、42km地点でやめるつもりでしたので、その荷物と残る荷物をあずけ、4:40ころスタートラインに並ぶ。

参加者は、100km1739人、71km388人、42km352人、計2479人。

お天気は、、気温は5℃くらい。
(後日のデータ:平均9.5℃、最高17℃、最低4.6℃)

ウェアーは、帽子、上は半そでTシャツに透明のポリ袋、手袋、下はロングタイツにトレランパンツ、ウルトラ用のシューズ。

<スタート後>

スペシャルゲスト・プロフィギアスケーター、荒川静香の声援を受けて、5:00社会体育館前の下りをスタートする。

0~42km(第1関門時刻:11:00)  
久しぶりの早朝ラン、高原の空気が気持ちよい。

いつもは、5km何分とか思いながら走りますが、今回は体の声を聴きながら周囲の景色を楽しみながらのマイペース。

体が高地を走るのに慣れるまで、最初はゆ~っくり。

5kmほどロードを走り、高原の畑を縫い、林道の坂道に入るころ、沿道で応援中のJTRCのKさんを見かける。

声をかけると、向こうも気づき「オ~ッ!!」

1時間ほどで、砂利道の林道登りに入りますが、ここでポリ袋を脱ぐ(手袋着用は、もしもの転倒に際してそのまま)。

横岳中腹のコース最高点1908mまで(標高差553m)、最初の登りをトコトコ登る。

ほとんどタイム計測できませんでしたが、頂上で7:30ころでしたでしょうか。

下りも瓦礫、躓かないようにゆっくり下る。

今日のようなお天気でしたら、足元を選んで走ればトレイルシューズを使わないでよさそうです。

途中からロードに変わり(手袋を脱ぐ)、しばらく山中を行くと、突然ま正面に、峯にまっ白い雪を頂いた赤岳(?)が見えてくる。

感動だ~!!

ウェアーは、信州五岳トレイルの半そでTシャツ(パタゴニア)で走っていた。

そんなことで、4,5人のランナーにアレコレ声をかけられる。

40代がらみの女性ランナーからは、

「出られたんですか?私も走ったんですよ」

「え~、地理やコース不案内で、なんとか最後の関門までは行きました」

地元のペーサーさんについていただいたので心強かったですよ。信濃町の若い男性でしたが」

「えっ!、それってWさんじゃないですかっ」

「はい、そうです」

「背の高い人でしょう!、私の仲間ですよっ!!。千葉の方と走ったって言ってましたから」

世間は、狭いですね~。

やがて、35km過ぎ稲子湯のエイドステーションで、おしるこをいただき、息をつく。

気温が高いので、各エイド毎で、1~2分くらい給水・給食をとる。

曲がりくねった下りのロードの中腹左手、42kmの関門。

ふと、リタイアをし収容車で会場にもどろうと思いましたが、制限時間に15分ほど余裕あり。

体調も変わらないので、せめて半分の50kmまでと考えを変え、着替え袋をそのままにし、素通り。 

~50km(第2関門時刻:12:00) 

暑さが増してくる。

気温21℃くらい。

左手に満々と水をたたえた松原湖、ここで地元の方・私設エイドの、冷たく美味しい山の水をいただき、生きかえる。 

コースの標高最低地点880mあたり、50kmも制限時間10分前あたりに通り過ぎたような気がする。

~71km(第3関門時刻:15:15)

右に橋を眺めた直後あたりから、山間の川沿いを5kmほど、千曲川源流に沿ってダラダラと上る。

第4関門の馬越峠(1620m)までの標高差は740m。

北相木村役場(59km)で折り返す。

最後尾の方にいるのか、対向するランナーはまばらだ。

先ほどの橋まで戻る途中の左手で、また地元村の方の私設エイドに出逢う。

山の湧き水で作り、薪で沸かした麦茶をいただく。

道路をはさんだ小屋で釜に沸かしているが煙が立ち昇る。

温かいので胃にやさしい。

ご好意に泣けてきますね~。

この折り返しダラダラランで徐々に脚にくる、途中で屈伸したり、ストレッチが多くなる。

首のリハビリに泳ぎをやっていたので、心肺や上半身は疲れていないが、どうも太モモが……。

71kmの関門を4分前に通過する。

びりっけのエイドは、スポーツドリンクも給食も残り少なくなっている。

会場でカーボショッツを5個買ったけれど、ウェストバッグに入れておいて正解だった。

後半の、7、8kmごとに消費する。

~79km(第4関門時刻:16:40)

ここで、抜きつ抜かれつ併走してきた男性と女性、計3人と、ここまで来ればもういいや。

でも、第4関門の馬越峠まで行ってみたいですね~、途中で収容車が来たらそこで乗りましょう。

1~2kmほど一緒に話しながら、峠の急坂を登りはじめる。

エイドの係員に、

「峠の関門は間に合いますかね~、そこまでは行ってみたいんですが」

聞くと、

「はや歩きで行けば間に合うかも知れませんね、途中で普通に歩くと厳しいですよ」

ザット計算し、10分/kmで上ることにする。

最後まであきらめず、行けるところまで。

2人を後にし、腕をふり、一度も休まず、約15kmを小幅ピッチで上る。

登れてしまった。

峠の関門は4分前に通過。

~87km(第5関門時刻:17:30)

次の第5関門まで、50分/8km、曲がりくねって急な下り。

本来なら、こういう下りが一番好きなところですが、下りを飛ばそうとしても、いっこうに脚が前に進まない。

惰性にまかせて腕を振る。

完走は難しいにしても、一応第5関門をめざし、… … 、脚がカチカチになっている。

屈伸、ストレッチ、を繰り返す。

川上村の展望が開けてきた。

はるか向こうに、野辺山のゴールが見えそうだ。

どうにも脚が動かなくなるころ、

ちょうど下り坂が終わって、左に曲がる平坦T字路交差点を迎える。

85kmの表示があった。

第5関門時刻まで、10分ほど残っていましたが、関門まで行くのは無理と判断、居合わせた大会係員にリタイアを告げる。

ストレッチで硬着した脚筋を伸ばし、収容バスを待つ。

立ち止まったためか、夕方の気温低下のためか、かなり寒い。

お天気が今日と同じ条件で、完走を目的とするなら、防寒の着替えは87km地点に置いたほうがよいかもしれない。

17:30ころ、私の後から到着し、ここでリタイアした男性とバスに乗る(ちょうど満席になりました)。

85km以降~ゴール会場

ゴールに向かうランナーを見ながら、平坦なコースを会場に向かう。

18:00前、会場に到着。

着替えて、荷物をあずかる。

 宿への帰り際にゴールする選手をパチリ


もうすぐゴールですよ(宿への曲がり角で)

 お風呂で疲れを落とし、2泊めも同じ部屋に泊まる。

新たに加わった山好きの方と、今日9回めを10時間で完走されたSさんと3人、7時過ぎに夕食。

9時には眠りに就きました。 

<大会後>

○ 大会翌日

8:41野辺山駅出発、立川で特急に乗りかえ、昼ごろ東京駅で京葉線乗りかえ、帰宅は13:00ころでした。

電車は、前もって往復の普通券を買い、当日は途中で特急券を購入するこの形がいいですが、

仲間4人くらいだったら、はやめに会場近くの宿を予約し、車で中央高速須玉ICから 野辺山に向かうのが、時間、費用ともにベストと思います。

○ 総括

お天気がよく、首も現状以上に良好なら、それなりのトレーニングをして、来年もエントリーしてみたいです。

泳ぎで首のリハビリをすること、脚筋力をつけて臨むことがポイントでしょうね。

転倒しないよう、また衝撃を与えない走り方をしていたので、6日ほど経過しましたが、頚椎への影響はない。

ほとんど気にならない(?)朝の違和感は、大会前と同じです。 

 

■ 「こぐこぐ自転車」(2005.12.16平凡社、伊藤 礼)

4月9日に、最寄の図書館で、上の本と「自転車ぎこぎこ」(2009.11.21平凡社、伊藤 礼)の本2冊を予約した。

午前中に、新習志野のプールへ筋肉ほぐしのスイムに行き、帰り際に昨日図書館から連絡のあった「こぐこぐ自転車」の本を借りに行く。

40日以上たってやっと1冊借りられる。

貸し出し期間は2週間だから、だいぶ人気のある本のようだ。

歩きながら前書きとあとがきを見ると、伊藤礼さんは、文芸評論家、翻訳家の、かの伊藤整さんの次男だそうな。

68歳くらいから自転車を始めた。

内容紹介の一節から、

鳥うち、碁うち、そのほか面白いことばかりにうち興じて七十年の手前、伊藤センセイは自転車を始めた。病みおとろえた細腕・細脚に筋金を入れ、街中の危険をよぎり、田舎の急坂であえぎ、世の荒波を乗り越えて、ついには古希・還暦のお仲間を引き連れ北海道自転車旅行に。世に愉しさのタネはつきまじ、今日もこぐこぐ。

4年間のサイクリングライフを72歳で記されている。

さっそく、中味を読んでみたいと同時に、第2弾76歳で著した「ぎこぎこ自転車」も図書館から連絡があり次第、はやく読んでみたい。

老いの坂なぞ、自転車で越える。都内で走りを哲学し、房州・甲州で息をきらし、遠州三河で舌鼓(したつづみ)、春ランマンの山陰まで、お仲間引き連れ、そこらじゅう走りまわって、世に愉しさのタネは尽きまじ、今日もぎこぎこ!面白いことの大家イトウ先生の自転車エッセイ第2弾。

フリーになる来年あたりは、無理のない範囲で、自転車の楽しみも視野に入れていきたいですね。 

(2010/5/21記) 

今日のラン&スイム        
      
       美浜大橋 8km 八新習志野プール 1km
           
当月累計 R=214k S=1k  年間累計  R=697k  S=11.3k 

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時間を戻そう(1.12-1)~速報八ヶ岳―85kmで脚が動かなくなりました

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ 体調をみながら行けるところまで、ということで、昨日「八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン」に参加してきました。

お天気は、スペシャルゲストは荒川静香。

 

馬越峠(79km、1620m)を越えて、あの急な下りをほとんど歩きの状態で下り(いつもなら走って下れるんですが)、川上村の平坦部に行きついたところのT字路交差点(最後の関門87kmの手前2km)で、関門時間まで10分ほどありましたが、脚がまったく動かなくなり、後ろから来る収容車を待ちました。

大腿四等筋(太モモの前の筋肉)の硬直です。

その時点で、心肺や上半身などの疲れはありませんでした。

1月の頚椎椎間板ヘルニア発症以来、治療に専念、快復を待ちながらで、

゛八ヶ岳のウルトラ向けの練習(次のア~ウ)

 ア、首の快復をはかりながら、10km前後/1回のゆっくり走を繰り返していたので、ウルトラに必要な、40~50km/1回のロング走を一度もやっていない。


 イ、ロング走を交えながら、月間300km前後くらいは走りこまなければなりませんが、79km/2月、105km/3月、103km/4月、121km/5月だった。

 ウ、スクワットもほとんどやれなかったし、上り下りの練習も一度も出来なかった。

ができなかったので、当然といえば当然ですが、その影響が脚に現れました。

  スタート時に、第1関門の42kmまでは行きたい、行けるかな?の想いが交錯していましたが、想定外の85kmまで行ってしまい、大会当日、翌日と、幸い首への変調もありませんでした。

お天気にも恵まれ、八ヶ岳の新緑、さわやかな空気に浸り、大会&宿泊の相部屋での交流などを通じて、久しぶりに楽しい大会参加を味わってきました。

ま~、半年から1年経過を観察しませんとなんともいえませんが、一応ゆっくりだったら長く走り続けられそうな感触を得ました。

詳細は、近日中にアップ予定です。

(201/5/17記)

今日のラン&スイム        
      
       八ヶ岳野辺山ウルトラマラソン 85km
           
当月累計 R=206k S=0k  年間累計  R=689k  S=10.3k 

コメント (4)
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時を戻そう(1.11-3)~2008年 斑尾高原トレイルランニングレース 完走記(当日)

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ 10月5日(日):大会当日

(1)起床、朝食、スタートまで(4:00~6:30)

4:00起床。

スタート会場に行くシャトルバスの発車時刻は、4:40、5:10、5:40。

会場の朝食サービスは、5:00~6:30の間ということですので、そんなにはやくなくてもいいのかもしれませんが、4:40に会場に行きました。

メニューは、サンドイッチ、オニギリ、バナナ、スープ、牛乳、ジュース、コーヒーなど(量は十分です)。
餅など食べたい方は、持参して、朝方に宿の電子レンジでチンするのも一方法です。

ストレッチ、ウォーミングアップラン、出発確認表の提出など行い、スタート15分前に集合。

スタートラインに並び、カウントダウン。

冷んやりした早朝、大会時はいつもそうですがスタート前の快い緊張感が高まります。 

(2)スタート~フィニッシュまで(6:30~  )

9:00ころ眠りにつき、12:30ころいったん目がさめ、以後ウトウト、十分な睡眠ではありませんでしたが、体調はま~ま~、完走への気力を持続させたい…。

<スタート~1A>7.7km

走りやすい、途中で時計に不具合発生!!以後、ランナーやエイドのボランティアに時間を教えてもらいながらのトレラン。

前半は、普通のトレイルです。 

<1A~2A>10.8km 18.5km

8:30ころでしたが、2A手前1kmくらい、眼下に風光明媚な野尻湖が見えた!! 

<2A~3A>5.4km  23.9km


このあたりは、まだ軽いんですが~

岩場の急登坂、両手をついて登る!!大明神岳で2回目の絶景!!一段と美しい野尻湖、北信の山々、晴れていれば北アルプスも見える。

斑尾山の頂上(1382m)めざし、延々ひたすら上る。

頂上から、ブナ林をぬけ、万坂スキー場ゲレンデをジグザグ、直線に3Aまで一気に下る。

<3A~4A>9.9km  33.8km 給水頻度増す、脚が重くなる、前に出なくなる(直前調整が不適切!) 出逢い2名。

脚が重たくなるが、気持ちよいトレイルが多くなる。

下る。

中央湿原、沼の原湿原に入る手前で、誘導ボランティアをしていた小中学校の同級生H(昨年は受付のボランティアで会う)と会う。

「お~!また来たんか。無理すんなよ!!」

握手をする。

湿原がきれい、真っ赤な○○が色あざやか。

湿原を抜けちょこっと一般道を通過するとき、また声をかけられる。

昨年、会場で話しこみ一緒に走った、東京東村山在住(長野県篠ノ井出身)のTさんでした。今回は斑尾のボランティアをし、来週は新潟県の「越後くびきのウルトラマラソン100km」に出場するとのこと。

一般道を過ぎると、またも袴岳(1135m)頂上へと上る。ほとんど歩き。

頂上から野尻湖、妙高が大きく見える、おすすめ絶景NO1/2、疲れが吹き飛ぶ。 

<4A~5A>9.2km  43.0km

30km過ぎ、はじめて階段のアップダウンに出会う。

3つの起伏の最後、毛無山(1022m)、ブナの植樹場所を通過し、その途上で左手に展望が開ける。

この区間あたりでしたでしょうか?

トレイルに石川さんが現れ、ひとり一人に激励の言葉と握手!!

千曲川の流れと志賀高原の山並みが美しく見える、三国山脈でしょうか、別天地です!!2つめのおすすめ、NO.2/2絶景ポイントです。 

<5A~フィニッシュ>7.0km  50.0km

気持ち的には、フィニッシュがせまっていることを感じて気強いんですが、ゆるい上りも思うようにスピードがのらない。

無理なく、歩かないように、腕を振り、心持走り続ける。

右手に希望湖。

昨年と違い、ウッドチップを敷いたトレイルを抜ける。

4A、5Aエイドで、おいしい笹寿司が振舞われるんですが、5Aでは腹が受付けない。

フィニッシュ間近、斑尾高原街中へ入る手前、最後の上りもしんどい。

街の一般道を横切り、 


フィニッシュめざし、ゲレンデを下る(下の写真参照)

 ラストは斑尾高原スキー場のゲレンデ、

 


斑尾高原スキー場ゲレンデ(前日撮影)

急に元気になり、 一気に下る。 

今年も、

風、落ち葉、瀬音、涼しい風、秋の色、絶景、トレイルの

気持ち良さ、

 


フィニッシュシーン-1(制限時間が近づいてきました)

後半の苦しさ、


フィニッシュシーン-2

を交錯させながら、


フィニッシュシーン-3(フィニッシュの感動に涙、涙のランナー。石川さんと握手です)

どうやら完走することができました。

(3)フィニッシュ~帰路(14:20~16:30)

ゴール後、ハイジ横の仮設水道で頭を洗い身体をふき、すぐに着替え、帰りの荷物をまとめる。

しばらくフィニッシュのランナーを観戦していましたが、帰りのバスに間に合わないといけませんので、巡回シャトルバスでサンペティックホテルへ(15:30)。

ゆとりがあれば、参加時いただいた入浴券で斑尾高原ホテルの温泉に入れますが、帰り際に宿で入ってもよい。

しばらく休憩歓談後、新宿行きの直通バスに乗る。

雨がポツポツ降ってきました。 

(4)斑尾高原~千葉(16:30~10:30)

上田湯の丸SA、三芳SAで、15~20分休憩。

新宿着21時、帰宅は22時30分ころになりました。 

○総括

斑尾は、コース設定(美しい景観やトレイルなど)や、運営方法など、他の大会と違いバチバチ鍛えられ自身を表現できる、渋滞もなく、はやい人も遅い人も、ふだん自分がやってきたことを、ここで全てぶつけられるレース。自分との戦い、他人との戦い、それがひとり一人いかんなく発揮できるレース。と紹介していましたが、そのとおりでした。

(1)ダメージを少なく、楽しく完走するための課題(練習~前日、本番、本番後)

直前まで(以下、トレランクリニックより)

① ロードに加え、定期的に里山トレイルランを組み合わせる。

② 走り以外に1回/週、ウェイトトレーニング。

③ ふだんの走りの中に、片脚スクワットを取り入れる。
慣れたら、はやく屈伸していく。

④ 7日前、やっても20kmくらいにとどめるべき、3日前5kmくらいかゆっくりジョグ。疲労を抜いておく。

本番

 無駄をそぎ落とす

⑤ 装備、飲み物、食べ物、ペース配分…エイドの時間を短縮させる(食べやすい、取り出しやすいようにしておく、走りながら入れる、ボトルは500cc~1L、空ボトルに給水など)

⑥ ペース配分…上り:歩みはピッチ走法で、行けるんだけれども抑えながら、後半のペースダウンを防ぐ。他人と勝負しない、自分を知って考えながらペースをコントロールしていく、自分との勝負。
下り:飛ばしすぎないよう、ちょい抑える。後半効いてくるため。下りはセンス、感覚、石など避けるという気持ちではなく、自分はココを通っていきたいんだとそこを瞬時に選択し踏んで行く。

⑦ ウィンドブレーカー:バックパックを背負って、その上から、走りながら着脱できる、1ランク大きいものがいい、軽く小さくなるもの。

⑧ 精神的なもの:大切。自分が辛いところは、みんなも辛いんだとふんばって行く。

⑨ 食事:夕食どっさりきっちり食べる、朝食1時間前でもよい。

本番後

⑩ 直後のストレッチ、ケアー。

(2)行程

① 直通バス(新宿駅~斑尾高原):今回利用

② 無料シャトルバス(斑尾高原~長野駅)&長野駅から新幹線利用:翌日仕事などではやく帰りたい場合

③ マイカー利用:3泊&4泊で周辺観光を計画、車相乗りなど

(3)経費

標準例:
50km : 参加料(7,000)+JR往復(1,300)+直通バス往復(9,200)+1泊宿泊(9,000)=26,500-  これにおみやげ飲食の予備費プラス

15km : 参加料(4,000)  …  =23,500- 

行程、車相乗り、多人数宿泊、宿選びなどで、交通費、宿泊費など変化。

以上、備忘録的に記しましたが、これらを参考に第3回をめざし、何歳まで可能かわかりませんが、これらのイベントに参加できる自然、トレイルの保全に協力・感謝しつつ、また、一年間を楽しんでいきましょう

※関連: 第2回 斑尾高原トレイルランニングレース 参戦速報

(2008/10/18記)

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時を戻そう(1.11-2)~2008年 斑尾高原トレイルランニングレース 完走記(前日)

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ 忘れちゃいます~!!

記憶から薄れないうちに、大会のエキスをまとめておきます。

○ 10月4日(土):前日

(1)千葉~斑尾高原(6:00~13:00)

                        起床後、会場近くの「富倉」のスポット天気予報で当日のお天気を確認(6:00~15:00まで、気温13~21℃)。

最寄駅を6時前に出発、新宿駅到着は7時10分。

駅西口広場から地下トンネルを10分ほど歩くと、まもなく左手に「新宿~斑尾高原」直通バスが待つ、「都庁大駐車場」がある。

バスは、駐車場が工事中のため、昨年と違う場所に駐車しており、予約参加者が揃うのを待ち、予定時刻より遅れて8時ころ斑尾高原に向かう。

途中は、上里SA(9:45~10:05)、信州中野PA(11:35~12:10)で休憩。.


休憩(新宿~斑尾高原直通バス)

信州中野PAは、ちょうど昼食休憩になります。

PAのお店に入り食事をする人がたくさんいましたが、私は混雑など見込んでオニギリ持参。

お店でおかずを買い、観光センター前の屋外テーブルでゆっくり昼食。

晴れていれば表で自由に食べれるし、雨ならバスの中で食べられる。

バス道中隣座席は、北海道出身の「葉山トレイルランニングクラブ」のチャッピーさん(30代)。

トレイルランは、私より先輩。

楽しい話を伺っているうちに、あっという間に斑尾高原のサンペティックホテル前に着く(13:00)。


宿(到着時、一人部屋でしたが既に布団は敷いてありました。
寝巻き、タオル、歯ぶらしあり。エアコン良好)

宿に荷物を置き、近くのバス停から高原巡回のシャトルバスに乗り、斑尾高原スキー場 レストランハイジに向かう。

前日は晴れていましたので、


斑尾山(斑尾高原到着後、シャトルバスで受付のレストランハイジに向かう) 

バスの窓から、斑尾山がくっきり見えてきました。

 

(2)選手受付、トレイルランニングクリニック、コースガイダンス、競技説明・立食パーティ(13:00~19:30)

 


受付

受付表と引き換えに、ゼッケン・参加賞など入ったパタゴニアのエコバッグをいただく。

昨年のびっくりハプニング、受付けで偶然出逢った小中学校時代の同級生H、今年もいるかと会場を捜しましたが、いませんでした。


前日の風景(レストランハイジより)


レストランハイジ、スタートフィニッシュゲート

・ 14:00~15:00:トレイルランナー石川弘樹さんによるトレランHOW TOクリニック

装備品や走り方などのポイントを伝授していただく。


トレイルランニングクリニック後の風景

16:00~17:00・ 実際にコースを何度も試走した石川弘樹さんによるガイダンス。


コースガイダンス

お気に入りのトレイル、注意場所、勝負どころなどを写真を交えて紹介。

・ 17:30~19:30:競技説明に引きつづいて、選手、同伴のみなさん、大会関係者による夕食を兼ねたウェルカムパーティー。


立食パーティー 

地元特産の笹寿司や、ビール、ワインほかボリューム満点の料理、地域芸能で時が過ぎる。

(3)翌日準備、お風呂、就寝(~21:00)

ほどほどにして、19:15ころシャトルバスに乗り、宿に戻る。

パーティー料理で夕食は十分でしたが、気休めに宿の横のコンビにで補充食を求める(結果的に要らなかった)。

ランシャツ、バックパックにゼッケンをつけ、走る準備を整え、帰りの荷物をまとめる

目覚まし時計は無いので、携帯電話のアラームを4時に設定し、風呂に入り、21:00就寝。 ⇒(2)につづく

(2008/10/18記)

今日のJ&S
   検見川陸橋~畑町  10k
  
            10月の累計 150k 今年度の累計 2328
  

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時を戻そう(1.11-1)~2008年 斑尾高原トレイルランニングレース 参戦速報

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ 昨日、第2回大会に参加し、なんとか完走することができました。


3つの山の各頂上をめぐり、斑尾高原スキー場のゲレンデ右側を一気に下ってFINISHです(50km)

お天気は終日

帰るころまでは無し、気温は昨年のように寒くはなく、走っていてちょうど良いという感じでした。


前日のトレイルランニングクリニック

コース上の斑尾山、袴岳、毛無山からは、野尻湖や北信5岳、志賀高原方面の山並みなどすばらしい絶景を望むことができ、感動でした(レース途上ですので、ゆっくりとはいきません)。

きつい上り・下りもありましたが、別天地と思える湿原トレイル、紅葉初期の色に染まった森の中、途中で出逢う絶景ポイント、

そして、

やわらかく吹き抜ける風、ゆれながら静かに落ちていく木々の葉、

森閑とした美しい自然の中、流れ落ちる瀬音、

森に漂い、走路の小道の草から立ちのぼる、なんともいえないフィトンチッチ(?)、のよい香り、

など五体と五感に感じながら、気持ちのよさと苦しさを交錯させながら、ひたすらゴールをめざす。

高原のトレッキングコースは、タイムなど気にかけずに、ゆっくり歩いたり、ときに走ったりしたいな~ と思いながら …。

☆ 今回のレース結果です(ゴールタイムは、会場での速報から転記)。

 ・ 8:18:22(222位/男子301人) 

 ⇒ コースおよび高低差 
・ 距離的には、START(0km) -- 7.7k-- 1A(7.7km) --10.8k-- 2A (18.5km)--5.4k-- 3A(23.9km) --9.9k-- 4A(33.8km)  --9.2k-- 5A(43.0km) --7.0k--  FINISH(50km) というコースです。

・ 各ラップタイムは( )内は、昨年の結果。今回は、最初のエイドステーションに行くまでに腕時計が不具合になり、係りの方に聞きながらのラップタイムです)、

START ~ 1A 1:001:02)~ 2A  1:10(1:20コース間違えあり)~ 3A 1:10(1:14) ~ 4A 1:55(2:10) ~ 5A 1:55(1:21) ~  FINISH 1:08(1:13) : 8:18:228:51:02) 

・ 50kmの参加者は、男子約300人、女子約100人(年齢的には、男女あわせ、20代―50人余、30代―180人、40代―120人余、50代30人弱、60代―7人)で、3,40代が圧倒数です。

スタートから渋滞はなく自分のペースで気持ちよく走れ(歩け)ました。
後半のぼりでは、2、30代と思える女子選手に次々と抜かれていきましたね~。

ゴール直後は、達成感というよりも走り終わった安堵感、ロードの走りにはない、上り下りの長丁場の苦しさが、身体中を、脳裏を、駆けめぐっていました。

走ったあとの脚の筋肉痛ですが、

昨年は、雨ですべらないように下りのスピードを抑制したためか、そんなに感じませんでした。

今回は、下りの走りによるものと思える太もも前面の筋肉がパンパンに張っています。

大会後に、よ~くストレッチをしておけばよかったのかもしれません。

ま~、レース中はしんどい時がありましたが、楽しかったですね。

初回はでよく見えなかった景色、今回はの中で森の様子や絶景を見てしまいました。

れば、また違った素晴らさを見せてくれるに違いありません。

来年もというか、晴れの大会が経験できるまでというか、体力がゆるす限り継続参加してみたいですね~。

最後に、多様な自然を保全しながらトレイルを整備され、自然と人との共存をはかるなかで大会開催をしていただいた、関係者の皆さん、レースで出逢ったみなさん、ありがとうございました。 

追記(10/9): 結果が発表されました。

そこからの引用です(男女総合):

8:18:22 294位/男女完走者354人、出走者384人(途中棄権30人) 出発棄権26人―08 天気
完走率91.4%

8:51:02  166位/男女完走者176人、出走者221人(途中棄権45人) 出発棄権3人―07  天気
完走率約80パーセント

来年第3回は、晴れていれば、8時間くらいを目標にしたいですね~。

(2008/10/6記)

今日のJ&S
   斑尾高原トレイルランニングレース  50k
  
            10月の累計 60k 今年度の累計 2238
 

コメント (2)
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