高取城跡から下る形で壷阪寺にやって来る。拝観料は600円であるが、11月末までの期間は本尊の十一面千手観音像の「お身拭い参拝」が行われているとのこと。セットで1000円とのことで、せっかくなのでこちらを納める。
まずは大講堂でさまざまな仏像を拝んだ後で、仁王門をくぐる。ここは「南法華寺」というのが正しい名称とのこと。京都の清水寺が「北法華寺」というのに対比させたのだが、今では壷阪寺が一般的。西国三十三ヶ所を示す石碑も壷阪寺と書かれている。

壷阪寺といえば「壺坂霊験記」のお里沢市の話で有名で、人形浄瑠璃や歌舞伎でも上演されている。話のあらすじはあちらこちらで紹介されているのでご覧いただくとして、二人の夫婦愛と観音信仰による奇跡の話である。ただ谷に飛び込んだ沢市の目が開いたのも、落ちた時の衝撃によるもので医学的にもあり得るという説もある。
そういうこともあり、壷阪寺の十一面千手観音像は眼病治癒のご利益があるとして名高い。また寺としても盲人のための養護老人ホームを日本で初めて設立したり、ハンセン病患者の救済事業や、インド、アフリカ諸国への福祉支援など、外向きの活動が盛んである。




そのご縁で、インドから贈られた巨大な石仏が境内のあちらこちらにデンと安置されており、日本の寺らしからぬ雰囲気を出している。観音像や涅槃像など。インド的というのか。訪ねた人によっては「カオス」「珍スポット」という表現がされている。しかも徐々に拡張されていっている。まあ、周りは山で民家もないから如何様にでも広がるだろう。確かに何も知らずにこれらの石仏を見ると、「金儲け主義だ」と快く思わない人もいるだろうが、それも積極的な慈善事業のおかげであるとすれば、見方も変わるかもしれない。
実際、1998年からは伽藍そのものの大規模な整備工事も行われている。この多宝塔も2002年に再建ではなく新たに建造されたものだとか。
そうした新しいものがある中で、やはり中心となるのは昔からの建物。三重塔に礼堂、そして本尊を祀る八角円堂という配置を見ると、日本らしい落ち着きを感じる。
・・・と思ったら、その間には眼鏡のレリーフが。やはり眼病に効くということでこういうことになる。私も眼鏡着用者ということで輪をくぐって手を合わせる。最近では眼の医療技術も進んではいるが、やはり人間、仏や神にすがりたいという気持ちは持ち続けるものである。
礼堂の前には灯籠が並び、寄進した人の名前が彫られているが、その中に現在の東京都知事の名前を見つける。この方も思うところがあってお参りしたのだろう。
さて礼堂に入る。眼病封じ祈願の案内もある。そして八角円堂の十一面観音と対面する。表情に力強さを感じる。入口で渡された袋にはお身拭いの布が入っている。それを受付に出すと、笈摺を渡されてそれを羽織るように言われる。そして観音像へ。触れるのは坐像の膝から下の部分で、掃除のようにゴシゴシやるのではなく、そっとなでる感じである。お身拭いをしなくても間近で見ることはできるが、やはり「結縁」というものを感じる。ただ十一面観音の写真はない。後でわかったところでは別に撮影が禁止されていたわけではないそうだが・・・。
最後に三十三ヶ所の朱印をいただく。納経軸はすでに朱印をいただいているので、この日は持参していない。壷阪寺、お腹いっぱいであるがまだまだ奥は深そうである。
壷阪山の駅までは奈良交通のバスで下る。まだ明るい時間だが、次の岡寺に行くとなると他の飛鳥スポットも回りたくなるだろうし、高取城跡への登城で今日はもう十分だろう。このまま近鉄で藤井寺まで戻る。
さて次は岡寺ということになるが、一方で「どうせ通し打ちをするわけでもないのだし、必ずしも順番通りでなくてもいいのではないのか」という思いも出てきている。奈良方面へ連続して向かうよりも、いきなり京都とか滋賀、何なら姫路方面に向かうのも目先が変わっていいのかもしれない。この夏まで「関西サイコロしりとり」でも使っていた「スルッとKANSAI3dayチケット」も売り出されることだし。
次にどちらに向かうか、それこそサイコロで決めてもいいのかもしれない・・・。
















さて次は岡寺ということになるが、一方で「どうせ通し打ちをするわけでもないのだし、必ずしも順番通りでなくてもいいのではないのか」という思いも出てきている。奈良方面へ連続して向かうよりも、いきなり京都とか滋賀、何なら姫路方面に向かうのも目先が変わっていいのかもしれない。この夏まで「関西サイコロしりとり」でも使っていた「スルッとKANSAI3dayチケット」も売り出されることだし。
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