3年ぶりにクリスマスをしに西海岸からやって来た旦那弟ジム一家。
行きはフラデルフィア空港に着き、帰りはニューアーク空港から発つというので、最後の日をここで一泊しました。
ジムの奥さんニッキーは、彼(40才)よりう~んと年が若い32才の女性です。
入れ墨師の彼女の弟さんに彫ってもらったコヨーテが左足のスネに、絡んだ一筋の葉の模様が右の手首に入っています。
外見は全く違うタイプに見える兄弟なんだけど、妻からの目で見た夫としてのあの2人が驚くほど似通っているという話でいつも盛り上がるニッキーとわたし。
年は20才も離れているのに、全くその差を感じたことがありません。会えばいつだって、1番話が合うわたし達。
昨日は大家族の中でバタバタしているわけでもなかったので、ゆっくりと、いつもは聞けなかった話まで突っ込んで聞くことができました。
彼女はなんと、物書きさんでした。もうかれこれ書き始めてから10年ぐらい経ったと聞いてびっくり!
19才で息子アレックのおかあさんになり、1年半後にリンデンが生まれ、それからはずっと子育てをしながら家庭を支えてきたことは知っているけれど、
コツコツと事実関係を調べながら、構想を練り、主人公の像を作り、物語の筋をいろいろな面から考えてみるという地道な努力を10年間?!
わたしも話を作るようになって早8年が経ちますが、いい加減な作り方だし、事実関係を調べるにしても、ネットで何日か検索して終わり。
なので、図書館に通い続けたり、実際にその場に足を運んで景色や町並みを観察したり、そこに住む人々にインタビューをしたりした、という彼女の話を聞いて感心するばかり。
彼女は専業主婦だから、時間は比較的自由に取れるんじゃないのって思うけれど、物事と人の気持ちはそんなに単純なものではありません。
コンピュータープログラマーのジムは家から1時間半離れた所にある会社に勤めていて、朝の5時に起きて毎日通っています。
6時までには家に帰って来るのだけれど、その時に夕飯がすぐに食べられる状態になっていないと、とても不機嫌になるのだそうです。
彼女は夫と子供達を家から出してから、台所の片付けをして、二匹の犬を散歩に連れて行き、飼っているガチョウ(食肉用)と鶏(玉子用)の世話をします。
時間を決めずに用事が終わったら取りかかろう、なんて思っていたら永遠に取れない創作の時間。
そこで彼女は、なにがあっても午前10時から午後2時までの時間は書くことに専念すると決め、1日4時間、週末は無しというプランを立てました。
2時過ぎには子供達が学校から戻って来て、その日にあった学校での出来事を2人で競い合うように話してくるので、それをちゃんと聞いてあげたい彼女。
話が一段落したら、残りの家事をやり、夕飯の支度をし、9時過ぎには眠るジムの相手をして1日が終わります。
たまに、アイディアが津波のように押し寄せてくる日などは、このチャンスを逃してなるものかとばかりに夕飯後も書き続けたいのだけれど、
同じ部屋にやって来て、ジィ~ッと横から見つめたり、口笛吹いたり、ギターを弾いたり、そうかと思えばパソコンのすぐ横に立ったりする旦那が居ると……、
そんなん集中できまっかいなぁ~!!と大笑い。恐るべし兄弟!!
「でも、うちはどうしようもない時は予めお願いしといたら、しぶしぶやけど書かせてくれるよ」と言うと、
「うちはだめ。これまでどんなにお願いしてもだめだった」とニッキー。
稼ぎ主の言うことは絶対。この風潮は親譲りだと思います。うちの旦那もそういうとこがあります。
旦那もジムも、そんな父親の権力の振り回し方を嫌悪しているくせに。そして、それによって母親がどれほど長い間押さえつけられていたか(今は幸いにして、やっとお母さんも強くなってきたようですけど)充分見てきたくせにね。
さて、彼女の話のテーマを聞いてみました。
モルモン教とクェーカー教の狭間に立って苦悶した女性の話だそうです。
どうしてモルモン教とクェーカー教なのかと聞くと、もうずっと前のことだけど、ふとした会話の中である人が、
「俺は中国人でもメキシコ人でもインディアンでも、誰でもかまわない。けれども、モルモン教の人間だけはごめんだ」と強く言い切ったそうです。
あまりの強さにびっくりして、それから彼女はあと数人の人にも尋ねてみたら、みんながみんな揃って同じことを言ったそうです。
それで、いったいそのモルモン教というのはなんぞやと興味を持った彼女は、図書館に行き、ありとあらゆる書物を読みました。それが始まりだったそうです。
すると、彼女の中ではなんの関連も無かったクェーカー教に興味が飛び、教団がある土地や、そこに住む人々を調べていくうちに、物語が生まれたのでした。
「まだまだ調べなければならないことがあるんだけど、ひとまず書いて、多分千ページぐらいになってしまうだろうから校正とかもしながら、ね」
校正作業はただ単純に面倒で、勢いに任せて書いたとはいえ、どの部分も自分の心が書いたものなので、削り取る作業は思った以上に辛いものです。
素人ながらもその作業中の思いを理解している者同士、大変だよね、という言葉には心の底からの同情がこもっています。
しかも、わたし達には、よく似たタイプの旦那を持つ妻としての共通点もあります。
「ねえ、一度英語で書いてみてよ。それか、とっとと有名になって、書いたのを翻訳してもらってよ」とニッキー。
英語で書くのも、有名になって専属の翻訳家が付くのも、どっちも雲の上のそのまた上の、大気圏も突っ切った宇宙上のことだよニッキー。
でも、久々にいいパンチを食らいました。
この頃は、ピアノの演奏もいっぱいあったし、ブログを書くことで小さいながらも満足感を得ていたので、すっかりご無沙汰していた書く作業。
またちょっと頑張ってみようかなあ。
行きはフラデルフィア空港に着き、帰りはニューアーク空港から発つというので、最後の日をここで一泊しました。
ジムの奥さんニッキーは、彼(40才)よりう~んと年が若い32才の女性です。
入れ墨師の彼女の弟さんに彫ってもらったコヨーテが左足のスネに、絡んだ一筋の葉の模様が右の手首に入っています。
外見は全く違うタイプに見える兄弟なんだけど、妻からの目で見た夫としてのあの2人が驚くほど似通っているという話でいつも盛り上がるニッキーとわたし。
年は20才も離れているのに、全くその差を感じたことがありません。会えばいつだって、1番話が合うわたし達。
昨日は大家族の中でバタバタしているわけでもなかったので、ゆっくりと、いつもは聞けなかった話まで突っ込んで聞くことができました。
彼女はなんと、物書きさんでした。もうかれこれ書き始めてから10年ぐらい経ったと聞いてびっくり!
19才で息子アレックのおかあさんになり、1年半後にリンデンが生まれ、それからはずっと子育てをしながら家庭を支えてきたことは知っているけれど、
コツコツと事実関係を調べながら、構想を練り、主人公の像を作り、物語の筋をいろいろな面から考えてみるという地道な努力を10年間?!
わたしも話を作るようになって早8年が経ちますが、いい加減な作り方だし、事実関係を調べるにしても、ネットで何日か検索して終わり。
なので、図書館に通い続けたり、実際にその場に足を運んで景色や町並みを観察したり、そこに住む人々にインタビューをしたりした、という彼女の話を聞いて感心するばかり。
彼女は専業主婦だから、時間は比較的自由に取れるんじゃないのって思うけれど、物事と人の気持ちはそんなに単純なものではありません。
コンピュータープログラマーのジムは家から1時間半離れた所にある会社に勤めていて、朝の5時に起きて毎日通っています。
6時までには家に帰って来るのだけれど、その時に夕飯がすぐに食べられる状態になっていないと、とても不機嫌になるのだそうです。
彼女は夫と子供達を家から出してから、台所の片付けをして、二匹の犬を散歩に連れて行き、飼っているガチョウ(食肉用)と鶏(玉子用)の世話をします。
時間を決めずに用事が終わったら取りかかろう、なんて思っていたら永遠に取れない創作の時間。
そこで彼女は、なにがあっても午前10時から午後2時までの時間は書くことに専念すると決め、1日4時間、週末は無しというプランを立てました。
2時過ぎには子供達が学校から戻って来て、その日にあった学校での出来事を2人で競い合うように話してくるので、それをちゃんと聞いてあげたい彼女。
話が一段落したら、残りの家事をやり、夕飯の支度をし、9時過ぎには眠るジムの相手をして1日が終わります。
たまに、アイディアが津波のように押し寄せてくる日などは、このチャンスを逃してなるものかとばかりに夕飯後も書き続けたいのだけれど、
同じ部屋にやって来て、ジィ~ッと横から見つめたり、口笛吹いたり、ギターを弾いたり、そうかと思えばパソコンのすぐ横に立ったりする旦那が居ると……、
そんなん集中できまっかいなぁ~!!と大笑い。恐るべし兄弟!!
「でも、うちはどうしようもない時は予めお願いしといたら、しぶしぶやけど書かせてくれるよ」と言うと、
「うちはだめ。これまでどんなにお願いしてもだめだった」とニッキー。
稼ぎ主の言うことは絶対。この風潮は親譲りだと思います。うちの旦那もそういうとこがあります。
旦那もジムも、そんな父親の権力の振り回し方を嫌悪しているくせに。そして、それによって母親がどれほど長い間押さえつけられていたか(今は幸いにして、やっとお母さんも強くなってきたようですけど)充分見てきたくせにね。
さて、彼女の話のテーマを聞いてみました。
モルモン教とクェーカー教の狭間に立って苦悶した女性の話だそうです。
どうしてモルモン教とクェーカー教なのかと聞くと、もうずっと前のことだけど、ふとした会話の中である人が、
「俺は中国人でもメキシコ人でもインディアンでも、誰でもかまわない。けれども、モルモン教の人間だけはごめんだ」と強く言い切ったそうです。
あまりの強さにびっくりして、それから彼女はあと数人の人にも尋ねてみたら、みんながみんな揃って同じことを言ったそうです。
それで、いったいそのモルモン教というのはなんぞやと興味を持った彼女は、図書館に行き、ありとあらゆる書物を読みました。それが始まりだったそうです。
すると、彼女の中ではなんの関連も無かったクェーカー教に興味が飛び、教団がある土地や、そこに住む人々を調べていくうちに、物語が生まれたのでした。
「まだまだ調べなければならないことがあるんだけど、ひとまず書いて、多分千ページぐらいになってしまうだろうから校正とかもしながら、ね」
校正作業はただ単純に面倒で、勢いに任せて書いたとはいえ、どの部分も自分の心が書いたものなので、削り取る作業は思った以上に辛いものです。
素人ながらもその作業中の思いを理解している者同士、大変だよね、という言葉には心の底からの同情がこもっています。
しかも、わたし達には、よく似たタイプの旦那を持つ妻としての共通点もあります。
「ねえ、一度英語で書いてみてよ。それか、とっとと有名になって、書いたのを翻訳してもらってよ」とニッキー。
英語で書くのも、有名になって専属の翻訳家が付くのも、どっちも雲の上のそのまた上の、大気圏も突っ切った宇宙上のことだよニッキー。
でも、久々にいいパンチを食らいました。
この頃は、ピアノの演奏もいっぱいあったし、ブログを書くことで小さいながらも満足感を得ていたので、すっかりご無沙汰していた書く作業。
またちょっと頑張ってみようかなあ。