ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

ゆぅきやこんこん

2008年12月19日 | ひとりごと
予報が少しずれました。ただ今お昼の12時ちょっと前です。降り始めてまだ2時間ぐらいしか経っていません。





猛烈な勢いで粉雪が空から降りてきています。風も少し出てきました。

これが昨日じゃなくて良かった。コンサートが延期なんてことになると、学校全体の予定が狂ってしまいます。
もちろん、わたしの気力も眼力もほとんどギリギリの状態だったので、延びたら大変でした。

家の見学も月曜に延期。レッスンの生徒も、旦那の患者さんも、多分この様子では無理でしょう。

今日はゆっくりしいや。そう神様が言うてくれてるのかもしれません。

埃で死ぬやつはおらん。そう自分に言い聞かせながら見て見ぬふりをしてきた部屋の角っこの埃をささっと吸いとるぐらいのことはするとして、
あ、それと、洗濯の山が4個、それぞれ大量なので、
今日はこれをゆっくりのんびり片付けながら、お鍋でもして、熱燗なんかも添えて、ゆるゆると冬の1日を過ごそうと思います。

雪降りの日はとても静かです。
あの小さな結晶のひとつひとつに、音を包み込んでしまう袋みたいなものがついているのでしょうか。
こういう日は、ラジオもテレビも消して、静けさを耳だけではなくて、体全部で楽しむのもいいなと思います。


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22才の誕生日

2008年12月18日 | 家族とわたし
今日は息子Tの誕生日です。22才になりました。

息子は今日で試験が終わり、わたしも今日でコンサートが終わりました。
エンジニアの試験はかなり大変だそうで(ガールフレンドのJ子ちゃんが力説していました)、きっと彼もわたし同様、今日はヘトヘトのよれよれでしょう。
遠く離れているので、電話ぐらいでしかおめでとうを言えません。
試験中に電話なんてできないので、試験の終わる頃を見計らって、ハッピーバースデーの歌でお祝いしようと旦那とかけてみましたが、留守電でした。

親子ともども命を落としかけたあの日から22年。
子供の誕生日は、子供が無事に年を重ねていく姿を見守らさせてもらえる幸せを、改めてしみじみと感じることができる日です。

彼はツルツルのきれいな肌の赤ちゃんでした。
3才半のある夏の日に、プール遊びから上がってきた彼が、睾丸袋の後ろが痒いと言いました。
その日から実に丸々10年、徐々に悪化するアトピーとの闘いが始まりました。
顔と首以外の全身に症状が広がってしまった小学校中学年には、起きている時どころか眠っている間も、ものすごい痒さに見舞われていました。

桃の葉、枇杷の葉、食事療法、手袋、海水、埃の徹底的な除去、もう忘れましたが、図書館に通ってはいろんな療法を知り、取っ替え引っ替え試しました。
けれども完全に良くなることはなく、眠りながら掻こうとする彼の手を掴み、こんな小さな子供が気持ち良く眠ることもできないなんてと、彼の寝床の横に立ちながら泣いた晩も数えきれません。
もう為す術が無いと諦めかけていた頃、ある健康雑誌の中の記事が目に入りました。
『誰も治せなかったアトピーを僕なら治せる』
丹羽先生という方の言葉でした。
藁をもつかむ心境で調べてみると、まず患者、または家族の者が講習を受けることが条件ということで、指定された会場に出向きました。
少し新興宗教っぽい感じがしないでもなかったけれど、彼の話や治療方法、それから信念など、共感できることが多かったので、治療を受けさせてみようと思いました。
診療所にTを連れて行くと、そこには様々な病状のアトピー患者であふれていました。
わたしは、彼らに比べるとTはまだまだマシかもなどと思っていましたが、
Tの背中を診察した医者が開口一番、「どうしてこんなになるまで放っといたんですか」と言い、
驚いて言葉も出ないわたしに、「土佐清水の本院に入院させなさい」と怒ったような口調で言いました。
えらいことになった。そんな入院費用、いったいどこから捻出できるだろう。それに学校だって……。
本院に入院しなければならないほどTの症状が酷いことが分かり、親として申し訳が無い気持ちでいっぱいになりました。
けれどもやっぱり先立つ物がありません。本院で治療するのと同じことを、自分がやってみるので、塗り薬だけ分けてもらいたいとお願いしました。

先生が開発したSOD様食品EOAという粉末を食べ、処方された4種類の塗り薬を塗る毎日が始まりました。
4種類のうち、1番重症な部分に塗る薬はそれはそれは強烈な臭いがして、お風呂上がりに塗ったその薬の臭いを取るのが大変でした。
けれども、本当に何年かぶりに、スウスウと寝息をたてて眠るTの寝顔が、臭いなんかなにさ、という気持ちにさせてくれました。

自分が年を取って、肌が乾燥しがちになり、足やお腹の周りが痒くなる回数が多くなりました。
ああ痒いとガリガリ掻いている時、決まってあの頃のTのことを思い出します。
彼は、こんな痒みが全身にあって、起きている時も寝ている時も、思いっきり引っ掻きたいのをじっと我慢し、
たまらなくなって掻いてしまって傷を作り、そこがかさぶたになってまた痒くなる、そんな日々を4千日以上続けていたんだなあと。

我慢強さと、いつかきっとやって来る良き日、良き事を待てる気長さ、これらは彼が、彼自身の暮らしから得た長所だと思います。



Tよ、誕生日おめでとう!
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老眼

2008年12月18日 | ひとりごと
終わりましたっ!!すっきりしましたっ!!目がもう音符読みたくねぇ~と叫んでます。
夕方から行ったレッスンでも、生徒に弾いて聞かせてあげようと思っても、目は音符を読んでるつもりなのに、指が変な所に着地しまくり。
「まうみ、大丈夫?」と、心配そぉ~な顔で覗き込まれてしまいました。ダハハ、かっちょ悪。

この目の疲れ、これは単純に弾き過ぎとか疲れ過ぎとかでは無く、老眼がかなり影響していると思います。
数年前から細かい物や小さい字を読むのがちょっぴり辛くなってきて、ああ、これが老眼ってもんかなあ、なんて思っていました。
去年の冬、初めて遠近ではなく中近眼鏡を作ってみました。度数としてはまだまだひよっこ、またいつかは作り直しをするに決まっているので超安です。
縫い物をする時や寝る前の本読みにはかなり役立っていますが、楽譜のためにわざわざ距離を計って作ってもらった部分を使い切れていません。
それはきっと、あの横長楽譜のせいです。
でも、各曲10~15ページあるので、いちいちめくって弾くことなんてできないし、ダ・カーポやリピートで何ページも前に戻るなんてことも不可能です。
なので、結局は裸眼で弾いているのだけど、これがきっと疲れを倍増させるんだろうなあと思います。

こういう、頭から首の付け根にかけて、なんともいえない痛怠い、大きなこぶでも背負ってるような感じは、わたしにとっては新しいものです。

なんとか解決できる方法があるでしょうか?

明日からまた、クラリネットコンチェルトの伴奏譜の練習をしなくてはなりません。クリスマスまでに1度合わせて、1月にコンサートです。

明日は雪がたくさん降るそうです。夕方から20センチぐらい積もる予報が出ています。
お昼2時に、売りに出されている家を3軒、見に行く予定になっています。
さて、予報通り、わたし達は雪に見舞われないうちに回ることができるでしょうか。
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ええ加減奏法

2008年12月17日 | 音楽とわたし
「そんな真っ暗にしたら楽譜見えへんやん!」
「いや、ここでライトはつけたくない!」
「あんたの振る手も見えへんのに、どんなタイミングで始めるねん!」
「生徒達がDecemberって言い終わったらすぐに弾けばええやん

その曲は『The Lights of December』という名の曲で、明日のコンサートの1番最初に歌います。
生徒達がJanuaryから順に月の名前を言っていき、Decemberで前奏を弾き始めるというアイディアを、いきなり本番前日に思いついた指揮者ダリル。
舞台は真っ暗になっていて、暗くなると一気に目が見えにくくなるわたし(酉年の鳥目)には、大げさじゃなく何も見えません。

弾き出しのタイミングが分かっても音符が見え~ん
今夜、とにかくその前奏部分(半ページほど)を暗譜しないと、明日はのっけからえらいことになってしまいます。

ピアノの譜面立ての上部に、お粗末ながらライトがついているのだけれど、わたしの楽譜は横にダア~ッと長いので、端々にはもうほとんど光が届かないのです。

毎年なら、コミカルな寸劇なんかも入ったいろいろありのコンサートなのに、今年は歌、歌、歌。曲数もいつもより増えて20曲近くあります。

練習の時はグループ毎に歌うので、即興で弾かなければならない曲や、ピアノの伴奏パートが全く無くて、歌の音から和音を考えなければならない曲があっても、その場その場でなんとか考えて弾けてきたのだけど、
通しリハをやってみて思い知りました。いかん、頭が回らん

なので、その曲もだいぶ書き込みが増えました。
とにかくコードネームだけでも入れて、その場で瞬間的に思いつかなくても大丈夫なようにしました。
それと、多分読み疲れてしまいそうなタイミングで弾く曲は、面倒でも楽譜にして、それを貼付けました。

日本ではこんなことは滅多に無かったと思います。
けれども、こちらでは日常茶飯事。即興演奏やら適当なコードづけぐらいはできて当たり前みたいです。やっぱジャズの本場だからかなあ……。

ヤマハで講師をしていた時、核講師研修という、数週間仕事を休んで受けた研修がありました。
東京の日吉という所の、ちょっと見、きれいな刑務所っぽいビルの中で、朝早くから晩遅くまで、かなり厳しくし込まれました。
外出は一切禁止。もちろん食事の時間はあったけれど、宿題や練習や楽譜書きがやたらと多くて、はっきり言ってゆっくり食べる時間もありませんでした。
けれどもそこでは、世界的に有名な音楽家の方々を講師に招き、自分だけの力では到底受けられない素晴らしい講義をたくさん受けさせてもらいました。
即興も作曲も、さすがのわたしの目にも涙が溜まったこともあったけれど、かなりいい勉強になったと思います。
あの頃は、ヤマハも元気で、講師にそういう贅沢な教育をガンガン与えてくれた時代でもありました。

ピアノだけ勉強していたらきっと、この『アメリカンええ加減奏法』は身につきにくかったかも。

「だいじょ~ぶだいじょ~ぶ、まうみは誤摩化しクィーンやから」って……旦那よ、それって元気づけてくれてるつもりやんな?
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初積雪とチキンスープ

2008年12月16日 | ひとりごと
朝の氷雨が、夕方からは本格的な雪になりました。
今年の冬、お初の積雪です。仕事で教えに出かけている間にどんどん降り積もり、久々に雪の上を運転してきました。

ちょいと記念に。



そして芸術的?というか失敗?というか……、




勝手口からキッチンに入ったら、コンロの上のお鍋がコトコト言っているので、ふたを取ってみたら……、
むむむ、怪しいブツ……なんじゃいなこれ?



うぎゃ~~~!!



つ、爪までしっかりついてるしぃ~~~!!

寒い夜にはチキンスープ。これは我が家の定番なんだけど……けど……凍ってる時に見た時はまだそんなにリアルではなかったお手手。
ごめんね鶏さん。美味しいスープをありがとう
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クリスマスがやってくる

2008年12月16日 | ひとりごと
そして今日は気温が零度近くにまで下がり、氷雨まで降りました。
こちらの天気予報(地域別、時間毎に出てくる数字)はかなり正確なので、前もって覚悟したり服の用意をしたりできます。
20℃ぐらいの上り下がりは、もう別になんとも思わなくなりました。

さて……、
朝早くからの通しリハを終え、昼休みにロータリークラブの昼食会の演奏に行き、お腹をグウグウ鳴らしながら高校に戻り、無事に残りのリハも終了しました。
心配してくださったみなさん、ありがとうございました。
来年からは、こういう記事を書かなくてもいい大人になりたいです


町の通りのパーキングメーターに、『ホリデイスペシャル無料ですよぉ~カバー』がかけられました。
まあ、有料ったって、30分25セントの安さなんだけど、気は心です、ああ、またクリスマスがやってきたんやな~って気分が倍増します。
駐車のことなんか気にせんと、いっぱい贈り物買うてや~、という商店街の心意気も感じます。

ラジオからは静かな教会音楽が流れることが多くなり、モールや商店街では、クリスマスソングが微かに聞こえてきます。
大人も子供も、1年で1番楽しみなクリスマス。
みんながひとつの家に集まって、イブの夕食をロウソクの灯りの元で食べ、翌日のお昼近くに、ツリーの下に積まれた贈り物をもらい、
今年もまた、みんなと無事にこの日を迎えられる幸せを感謝しながら、本番のクリスマスディナーをいただきます。
クリスマスのことを考える時、心がしーんとして温かくなります。これはアメリカを知る以前には全く無かった感覚でした。

今年はシアトルから旦那の弟家族も戻ってきます。
なので、もともと人数が多いのに、なんとうちの息子達は2人揃ってガールフレンドを連れていきたいと言い出して……総勢15人……。
弟夫婦とわたし達の子供が幼かった頃、夜だけペンシルバニア州の首都ハリスバーグにある、旦那父の所有するアパートメントに移動していました。
でも、車で30分かかる上に、夕食でワインを飲んでいい気分になりたくても後の運転のことを考えると楽しめなくて、しかも暗くて寒い!ってんで、
何年も続いたこの強制移動、かなり不評だったんであります。
両親の家は増築に増築を重ね、部屋はいっぱいあるし、子供達ももう大きくなったので、今年はまあ移動は無しってことでいいよってことになりそうやったのに、
さてさて、このガールフレンド2人の参加でどうなることやら……。

毎日毎日、新聞は苦しい経済のニュースを伝え続けていて、わたしも、そして町のそこここに住む人達も明日は我が身なんだけど、
それでもやっぱりクリスマスがやってくるっていうのは楽しみです。

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気温18.5℃?!

2008年12月15日 | ひとりごと
窓を少し開けて運転しました。
長袖のコットンセーターを1枚着ただけで、コートは無し。
半袖で歩いている人もちらほら見かけました。

こんな時期にこの気温、さすがに気持ち悪いです。

今日から始まった3連ちゃんの通しリハーサル。
指揮者ダリルの好みなのか、それともスケジュールの調整がどうしてもできないからか、
いつもこのタイミングで、数曲ですが、ピアノとコラボで伴奏する予定になっているフルートやパーカッションの演奏者(教師仲間)が練習に参加します。
んで、あちこちでコケたり、入り間違ったり、四分音符なのに八分音符で演奏したり、いろんなことをやってくれるわけです。
もちろん生徒達は大混乱。
わたしもなんとか平常心を保って彼らを(もちろん自分の音楽も)守ろうとするのだけれど、それがすご~くエネルギーを消耗するのです。
ちょっとは練習してから来てよぉ~!通しリハが通らんや~ん

今日は一気に疲れが倍増したのか、午後からのリハが終わって、自分の仕事に行くまでの間、コテッと15分だけ寝ました。
15分の昼寝って、いつもだとかなりいい効果が出るのに、今日は全く効果無し。
明日は例のダブルブッキングコンサートがリハーサルの昼休みにドカンと入るので、いったいどんな疲れがやってくるのか……おぉ~恐っ!
昼ご飯を食べる時間も無いので、移動中の車の中で食べられるように、おにぎりを作ろうと思っています。

ランチョンコンサートのクラリネットソロが最初っから最後まで延々と続くあの曲、ちょっとは練習しといた方がいいかなあ……。
コミュニティバンドの指揮者ワスコ氏が、わざわざこのコンサートのためだけに書き下ろしてくれたソロなので、いい加減に吹きたくはないのだけれど……、
お腹に力、入るかしらん
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米国トホホ大統領事情

2008年12月15日 | 米国○○事情




どこの国の大統領が、訪問した国の記者会見でのスピーチ中に、その国の最大の屈辱を現す方法でののしられたりするのでしょうか。

でも、このニュースを見たり聞いたりした多くの人間が、よくやった!と心の中で喝采を博しただろうと思います。

彼が自国や他国、結果的には世界に犯した愚行に対する怒りを、はっきりとした言葉で、公の場で口にできたのは、この男性が初めてではないでしょうか。
本当は、法的に裁かれても当然の事をしたはずなのに、どういう組織や人間が操作しているかは分からないけれど、
彼や彼の取り巻きは、まるで何も無かったかのように、無事に任期を終え、新しい家を買い、これからの余生をお気楽に生きていけるみたいです。

でも、靴を投げられた瞬間の彼の反射神経の良さにはびっくりしました。
物を投げられ慣れているというか、いつ投げられてもいいように心の準備ができているというか、
とりあえず、自分はどういうふうに受け止められている人間か、ぐらいは理解できているようです。

それにしても、こんなニュースが大統領としての最後のトピックスになるだなんて、ほとほと情けないと思います。
それやのに、投げつけられた靴のサイズを言うたりして茶化してる場合か?おっさんよ。
せめてその時に、神妙な顔をして、
「この行為と彼の言葉を、イラクの人々の心の現れだと理解したいと思う。許してもらえるとは思わないが、わたしの全身全霊をかけて、これからのイラクの平和と繁栄を祈ります」……みたいなことを言えへんもんかいな?
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ボク、ヨハン。

2008年12月14日 | ひとりごと
あのね、ボクはね、ヨハンってんだけどさ、いまさ、おなかへってんだよね。しゃしんなんかとってないでさ、さっさとたべものもってきてよ。



このあと、アボガドのすり潰し&桃とご飯を混ぜ合わせてペースト状にした離乳食を食べたヨハン君。
下の歯茎からちょこっと顔を出した2本の乳歯が可愛いのなんのって。

ドイツ人ウーヴェとアメリカ人ケリーの、初めての赤ちゃんヨハン。
ウーヴェは、旦那が初めて社会人として働いた会社の立ち上げ人。優れたコンピュータープログラマー。
ケリーは、旦那が失業中に臨時で雇ってもらったモーガン・スタンレーの仕事場で知り合い、先日亡くなったデイヴと旦那と3人でチョイ悪トリオを結成。
デイヴ、旦那の順にクビになったのに、彼女だけは残ってしまい(理由は優秀だったから)、それから延々と続けているうちに正社員になった人です。

ふたりはインターネットのサイトで知り合い、恋に落ち、結婚し、スタテンアイランドの北部に家を買い、6ヶ月前にヨハンが生まれました。

わたしは旦那を通じて彼らの知り合ったのだけど、逢ったその日から彼らのことが大好きになりました。
ウマが合うっていうのはこういうことを言うのだなと、心から思える何かがあるのです。

ウーヴェはワインのソムリエの資格を得るために勉強をしています。
いわゆる趣味が高じてということなんだろうけれど、旦那はそれゆえに、ウーヴェんちのワインをとても楽しみにしているし、
今日みたいにお土産に持って行くような場合には、かなり神経を尖らせてワイン選びをします。
今日持ってったワインは、それこそ我が家で今まで買ったことがない2千円の超高級??(あくまでもうちのレベルです、はい)の赤。
旦那に聞くと、フランス産の Cotes Du Rhone だったそうで(聞いても分からん)、嬉しいことにウーヴェがかなり気に入ってくれました。
ケリーの美味しいお里料理とサラダをいただいた後、デザートを食べ、出ました!デザートワイン!1994年の、Riesling ワイン。ドイツ産の白でした。
ふくよかでなめらかな喉ごし、フルーティだけど深すぎない味わい、薄いガソリンっぽい香り、すべてが初めての経験でした。
うまかったぁ~

ヨハンを抱っこしていると、赤ちゃん特有の香りが立ち上ってきます。
もう20年以上も前のことなのに、赤ちゃんを抱っこしていた頃の自分が思い出されて、温かで懐かしい想いで胸がいっぱいになります。
あれほどしんどくて、あれほど楽しくて、あれほど満ち足りていたあの頃のわたしには、もう二度と戻れません。
だからこそ、こんなにも懐かしいのでしょうね

バイトやコンサートで滅茶苦茶忙しいとブツブツ文句言いながら、週末ごとにコネチカットやニューヨーク州に出かけているわたし。

でも、どんなに忙しくても、大好きな人から誘われたら……イヤなんて言えません。
めちゃんこ忙しいって知ってて、逢おうよ~と誘ってくれる友達がいるっていいもんです。
『忙』っていう漢字は、心を亡くすってことだと国語の先生から教えてもらったことがあります。
わたしは忙しくなると、やらなければならないことばかりを考えて、少し気を抜くとかのんびりするとか、そういう気になれない癖がありました。
ところが旦那と一緒に暮らすようになってから、頑張ることや完璧を求めることはもちろんいいことだけど、
だからって楽しむことを遠ざけたり、ペースを落とすことを毛嫌いしたりするのは心にも体にも良くないということに気がつきました。
旦那に、「10年以上かかったけど」って言われましたが……。

そんなこんなで、週末になると、どこかの誰かと逢って楽しく過ごしています。
誘ってくれてありがとね~


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国民性小話

2008年12月13日 | ひとりごと
さっき、たまたま見つけた小話です。
あまりに納得した部分があるので、ちょっと載せておきます。

洋上を航海する豪華客船が火事になりました。このままでは乗客が焼け死んでしまいます。
ところが、この船には、様々な国の人が乗船していて、乗客は溺ることを恐れて、海に飛び込むことをためらっています。
そこで船長は、国民性を考えて、各人にこう言って説得しました。

イギリス人には、「紳士はこういう時、海に飛び込むものです。」

ドイツ人には、 「海に飛び込みなさい。これは厳粛な命令です。」

フランス人には、「決して海に飛び込まないで下さい。」

イタリア人には、「さっき美女が飛び込みましたよ。」

日本人には、  「みなさん飛び込みましたよ。」

大阪人には、  「阪神が優勝しましたよ。」


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