アーサー・ビナードさんが紹介し、英訳もした、小熊秀雄さんの'06年作品『焼かれた魚』を読みました。市川曜子さんの絵も掲載されている絵本です。
白い皿の上にのった焼かれた秋刀魚は、たまらなく海が恋しくなりました。家の飼い猫のミケちゃんはさきほどから、横目でしきりに、焼かれた秋刀魚をながめてばかりいました。「実はあまり、秋刀魚さんが美味しそうなものだからですよ。」と言うので、魚は一番美味しい頬の肉をやると約束して、海に連れててってもらう約束をしました。しかし猫は途中で「腹が減ってとても我慢ができない、これじゃあの遠い海まで行けそうにない。」と弱音を吐きだしましたので、魚は「それでは、約束のわたしの頬の肉をおあがりよ、そして元気をつけてください」と言いました。猫は魚の頬の肉を喰べてしまうと、逃げてしまいました。
翌朝早起きの若い溝鼠(どぶねずみ)が通りましたので、魚は自分の片側の肉を喰べさして、そのかわりに海まで運んでもらう約束をいたしました。そして夕方にひろい野原につくと、溝鼠は『とても私の力では、あなたを海まで運べそうもありません。」と言って、逃げていってしまいました。
その翌朝、いっぴきの痩せた野良犬が野原を通りましたので、飢えている野良犬に、魚は溝鼠に食べられて残った片側の肉を、この野良犬にやって、海まで運んでもらうことにしましした。野良犬は、秋刀魚の片側の肉を美味しそうに喰べ終えると、魚の頭のところをくわえて、どんどん海の方角へ駆け出しました。しかし野良犬は、こんもりと茂った杉の森まできたときに、魚を放り出して逃げてしまいました。
秋刀魚はたいへん悲しみました。肉がきれいに喰べられて魚の骸骨になっていましたので、こんどは何が通っても、お礼として肉を喰べさして海まで運んでもらうことができなくなりました。その日は夜なかに雨が降ってまいりました。骨ばかりになった秋刀魚はしみじみとその冷たさが身にしみました。
その翌日一羽の烏が通りましたので、背筋にわずかに残った肉に加え、大事な眼玉をあげましょうと魚は悲しそうに言いました。それで烏は乾からびて首飾りにでもするしかない眼玉を2つ手に入れ、魚の体じゅうの肉という肉を探して、きれいに喰べてしまいました。烏は魚の骨を掴んで、どんどんと海にむかって空を飛びましたが、だいぶ来たと思うころ、不意に魚を掴んでいた手を話して一目散に逃げてしまいました。落ちたところは柔らかい青草の丘の上でした。そこでは岸をうつ海の音が聞こえました。
烏に眼玉をやった魚は、盲目になってしまったので、波の音を聞き、海草の香などを嗅ぐと、たまらなくなって、さめざめと泣き悲しみました。魚はまい日まい日丘の上で、海鳴りを聴く苦しい生活をしました。
ある日のこと、蟻の王様の行列が近くを通り、魚が行列の最後の方の一匹に、自分の身の上を話して海まで連れて行って欲しいと頼んでみました。それを聴いた蟻の王様はたいへん秋刀魚の身に同情してくださり、家来の蟻に海まで運ぶようにと下知をいたしました。蟻は幾日かののち、丘続きの崖のところまで運んでくれました。崖の下はすぐまっ青な海になっていました。魚は嬉しさから涙をとめどなく流し、蟻さんになんべんも厚いお礼を言って、崖の上から海に落ちました。
魚はきちがいのように水のなかを泳ぎ廻りました。体が沈んでいかないように、慌ててさかんに泳ぎ廻りました。それに水が冷たく痛いほどで動くたびに水の塩が、体にしみて苦しみました。その上すこしも眼が見えませんので、あてもなくさまよい歩きました。
それから幾日かたって、魚は岸にうちあげられました。やがて魚の骨は砂の中に埋もれてしまいました。さいしょは魚は頭上に波に響きを聴くことができましたが、砂はだんだんと重なり、やがてなつかしい波の音も、聴くことができなくなりました。
物語の中に何らかの教訓やらが示されているのだろうかと考えてみましたが、中々思いつきませんでした。それよりも単に、自分の希望をかなえるために自分の身を犠牲にし、最後は静かな死を迎える秋刀魚のストーリー自体が人生と重なるものとして描かれていたのかもしれないと考えてもみました。
→「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/)
白い皿の上にのった焼かれた秋刀魚は、たまらなく海が恋しくなりました。家の飼い猫のミケちゃんはさきほどから、横目でしきりに、焼かれた秋刀魚をながめてばかりいました。「実はあまり、秋刀魚さんが美味しそうなものだからですよ。」と言うので、魚は一番美味しい頬の肉をやると約束して、海に連れててってもらう約束をしました。しかし猫は途中で「腹が減ってとても我慢ができない、これじゃあの遠い海まで行けそうにない。」と弱音を吐きだしましたので、魚は「それでは、約束のわたしの頬の肉をおあがりよ、そして元気をつけてください」と言いました。猫は魚の頬の肉を喰べてしまうと、逃げてしまいました。
翌朝早起きの若い溝鼠(どぶねずみ)が通りましたので、魚は自分の片側の肉を喰べさして、そのかわりに海まで運んでもらう約束をいたしました。そして夕方にひろい野原につくと、溝鼠は『とても私の力では、あなたを海まで運べそうもありません。」と言って、逃げていってしまいました。
その翌朝、いっぴきの痩せた野良犬が野原を通りましたので、飢えている野良犬に、魚は溝鼠に食べられて残った片側の肉を、この野良犬にやって、海まで運んでもらうことにしましした。野良犬は、秋刀魚の片側の肉を美味しそうに喰べ終えると、魚の頭のところをくわえて、どんどん海の方角へ駆け出しました。しかし野良犬は、こんもりと茂った杉の森まできたときに、魚を放り出して逃げてしまいました。
秋刀魚はたいへん悲しみました。肉がきれいに喰べられて魚の骸骨になっていましたので、こんどは何が通っても、お礼として肉を喰べさして海まで運んでもらうことができなくなりました。その日は夜なかに雨が降ってまいりました。骨ばかりになった秋刀魚はしみじみとその冷たさが身にしみました。
その翌日一羽の烏が通りましたので、背筋にわずかに残った肉に加え、大事な眼玉をあげましょうと魚は悲しそうに言いました。それで烏は乾からびて首飾りにでもするしかない眼玉を2つ手に入れ、魚の体じゅうの肉という肉を探して、きれいに喰べてしまいました。烏は魚の骨を掴んで、どんどんと海にむかって空を飛びましたが、だいぶ来たと思うころ、不意に魚を掴んでいた手を話して一目散に逃げてしまいました。落ちたところは柔らかい青草の丘の上でした。そこでは岸をうつ海の音が聞こえました。
烏に眼玉をやった魚は、盲目になってしまったので、波の音を聞き、海草の香などを嗅ぐと、たまらなくなって、さめざめと泣き悲しみました。魚はまい日まい日丘の上で、海鳴りを聴く苦しい生活をしました。
ある日のこと、蟻の王様の行列が近くを通り、魚が行列の最後の方の一匹に、自分の身の上を話して海まで連れて行って欲しいと頼んでみました。それを聴いた蟻の王様はたいへん秋刀魚の身に同情してくださり、家来の蟻に海まで運ぶようにと下知をいたしました。蟻は幾日かののち、丘続きの崖のところまで運んでくれました。崖の下はすぐまっ青な海になっていました。魚は嬉しさから涙をとめどなく流し、蟻さんになんべんも厚いお礼を言って、崖の上から海に落ちました。
魚はきちがいのように水のなかを泳ぎ廻りました。体が沈んでいかないように、慌ててさかんに泳ぎ廻りました。それに水が冷たく痛いほどで動くたびに水の塩が、体にしみて苦しみました。その上すこしも眼が見えませんので、あてもなくさまよい歩きました。
それから幾日かたって、魚は岸にうちあげられました。やがて魚の骨は砂の中に埋もれてしまいました。さいしょは魚は頭上に波に響きを聴くことができましたが、砂はだんだんと重なり、やがてなつかしい波の音も、聴くことができなくなりました。
物語の中に何らかの教訓やらが示されているのだろうかと考えてみましたが、中々思いつきませんでした。それよりも単に、自分の希望をかなえるために自分の身を犠牲にし、最後は静かな死を迎える秋刀魚のストーリー自体が人生と重なるものとして描かれていたのかもしれないと考えてもみました。
→「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/)