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豊島ミホ『銀縁眼鏡と鳥の涙』

2014-07-26 09:59:00 | ノンジャンル
 '08年8月に刊行された短編集『恋のかけら』に収録された、豊島ミホさんの作品『銀縁眼鏡と鳥の涙』を読みました。
 僕が写真部に入部した理由はたったひとつで、それはカメラを向けるとみんなが笑ってくれるからだった。高校の写真部に入部し、僕は銀縁眼鏡でまったく目立たない浜崎有也という3年生が半年前に入部してから、写真部が全国レベルになったことを知る。
 部室に行っても写真の話題になることがないので、僕はある日アルバムを何冊か持っていったが、先輩は「これ、スナップだよね。写真部で撮る写真とちょっと違うっていうか‥‥」と言われ、そこに現れた美人の栗田先輩は、廊下で雑巾野球をしていたやつらにまき込まれて、正面から雑巾玉をくらった女子が、「こんのー!」と怒ったところを写した写真を見て、「生活が撮れてる感じがするよね」と言ってくれた。僕は中学から一緒の女子、渋沢とたまたま電車が一緒になり、彼女が僕のアルバムを見て、「楽しかったね」と漏らしたその時に、シャッターを押した。
 写真を批評された日から、僕は栗田先輩とも話せるようになった。なので、渋沢の写真が現像から上がってきた翌日、僕はその写真をファイルに入れて、昼休みに先輩の教室を訪ねた。先輩は写真を見て、「いいね。うん、すごくいいよ」と言ってくれた。
 梅雨に入り、栗田先輩が部室に来る頻度が上がった。ある時栗田先輩が、僕のすぐ隣に座って言った。「ねえ、鳥くん。この間の写真、みんなにも見せた?」「あれは――見せびらかすような種類のものじゃないっていうか、なんか」栗田先輩が「ごめんっ、余計なこと言った!」と慌ててテーブルの上に身を乗り出す。僕の代わりにみんなに弁解する。真面目に弁解された先輩たちは、「秘密‥‥」「秘密」と言い合ってから、意味深な視線を栗田先輩に向けた。「まあ美夕にはあるだろうけど‥‥浜崎が撮った写真とか、浜崎が撮った写真とか」直後に栗田先輩が耳まで赤くなって「ほっといてよ!」と言うのを聞いた途端、息が止まりそうになった。――浜崎? あの、四月の歓迎会から一度も部室に姿を現していない、浜崎有也か。
 浜崎は、晴れの日は彼女を撮っている。雨の日は家の暗室で現像をしている。だから降っても晴れても部室には来ない。一方、栗田先輩は、晴れの日は浜崎に撮られる。撮ったりも、する。雨の日は部室に来る。そういうことだった。
 ある日開かれたミーティングは秋の地区展についてのお知らせだった。ミーティングが終ると、浜崎は先生と楽しげに話し出した。僕が栗田先輩に話しかけ、いきなり先輩の写真を撮り、「僕は先輩を撮りたい。だめですか」と言うと、「だめだ」と浜崎が答えた。浜崎は「今から、写真の撮り方を教える」と言った。
 栗田先輩を撮るシャッターの音、それからフィルムを巻き取る音がした後、浜崎は顔つきを変えた。僕はその瞬間からもう、初めて会った時の冴えない男と別の人物を、その場に見ていた。浜崎が発するシャッター音は、被写体に呼びかけていた。翌週、僕は昼休みに浜崎に呼ばれ、栗田先輩の写真を渡された。渡された2枚の写真の栗田先輩はどちらも魅力的で、五十年後も百年後もこの先輩のままで生きていることが、はっきりと予感できた。
 僕は朝の通学時、駅で渋沢が来るのを待ち、先日車内で彼女を撮った写真を見せた。渋沢は僕から目を逸らすように、窓を見た。早口に、「なんでだろ」と言う。「なんか、この写真恥ずかしいよ」窓に向けた彼女の横顔が、うっすらと桃色に染まっていた。「ね、鳥山」「うん?」「私、今日学校行きたくないや。一緒にサボんない? このまま」渋沢が、写真の中と同じ淋しい笑みを浮かべて――口元のほくろがちょっと上に動いて――僕はうなずく。「撮らしてくれんなら、いいよ」「‥‥マジで?」渋沢は迷うようにうーんと声を上げているけれど、結局うんと言うと思う。

 微笑ましいエンディングが豊島さんらしい作品だと思いました。

→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/