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ポール・オースター『内面からの報告書』

2017-08-06 11:43:00 | ノンジャンル
 ポール・オースターの’13年作品『内面からの報告書』を読みました。
 冒頭の部分を引用させていただくと、
「はじめは、何もかもが生きていた。どんな小さなものにも脈打つ心臓があって、雲にさえ名前がついていた。ハサミは歩けたし、電話機とティーポットはいとこ同士、目と眼鏡は兄弟だった。時計の文字盤は人の顔であり、ボウルの中のエンドウ豆一粒一粒が違う性格を有し、君の両親の自動車前面に嵌(は)まったグリルは歯がたくさんあってニタニタ笑う口だった。ペンはどれも飛行船だった。コインは空飛ぶ円盤。木の枝は腕。石は考えることができたし、神はあらゆるところにいた。(中略)

 君のもっとも初期の思考。小さな男の子として、どのように自分の中に棲んだか、その残滓(ざんし)。思い出せるのはその一部でしかない。孤立した断片、つかのまの認識の閃きが、ランダムに、予期せず湧き上がってくる------大人の日々のいま・ここにある何かの匂い、何かに触った感触、光が何かに降り注ぐさまに刺激されて。少なくとも自分では思い出せるつもり、覚えている気でいるが、もしかしたら全然、思い出しているのではないのかもしれない。もしかしたら、いまやほとんど失われた遠い時間に自分が考えたと思うことをあとになって思い出したのを思い出しているだけかもしれない。

 2012年2月3日、君が最新作を書きはじめた次の日からきっかり一年後。すでに書き終えた冬の日誌。自分の体について書く。自分の肉体が経験したいろんな災難や快楽を列挙する。それはいい。だが、思い出せることを元に、子供のころの“心の中”を探索するとなれば、間違いなくもっと困難な作業だろう。ひょっとしたら不可能だろうか。それでも君は、やってみたい気持ちに駆られる。自分がたぐい稀な、例外的な考察対象だと思うからでなく、まさしくそう思わないから、自分自身を単に一人の人間、誰でもありうる人間と思うからこそ。

 記憶が全面的に偽りではないことを証してくれる唯一の証拠。それは、自分がいまも時おり、昔の考え方に舞い戻るという事実だ。いろんなことの名残りが、とっくに六十代に突入してもなお残っている。幼いころの万物有命観(アニミズム)は、心から完全に駆逐されてはいない。毎年夏になれば、芝生に仰向けに寝転がって漂う雲を見上げ、それらが顔に、鳥や獣に、州や国や架空の王国に変わるのを眺める。車のグリルを見ればいまだに歯のことを考えるし、コルク栓抜きはいまでも踊るバレリーナだ。外見はすっかり変わっても、君はまだかつての君なのだ------たとえもう同じ人物ではなくても。(後略)」

 また、訳者の柴田元幸さんによる「訳者あとがき」からも一部引用させていただくと、
「人は現在の自分からのみ成り立っているものではない。たとえば現在36歳のあなたは、36歳のあなたの下に27歳のあなたもいれば、その下には22歳、17歳、14歳、11歳、9歳……のあなたが、ひとつの地表の下にいくつもの違った地層が重なりあっている。36歳のあなたは、あくまで地表であるにすぎない。(中略)
 この本は、そのような発想に基づいて、地表の下に埋もれている過去の自分の地層を明るみに出そうとする試みである(中略)。
 最初の章「内面からの報告書」では、『冬の日誌』と同じく時間の流れに沿って、ただし12歳までの時期に限定して、「君」の精神に何が起きていたか、さまざまなエピソードを連ねて綴っていく。(中略)
 周りからずれている人間、というテーマは、「脳天に二発」(Two Blows to the Head)と題された、子どものころ観た二本の映画について詳しく語るというまったく違ったアプローチを採る次の章に持ち越される。どんどん小さくなっていく男を描いた『縮みゆく人間』と、脱獄囚として不当にも追われる男を描いた『仮面の帝国』(中略)。一方はSF、一方は社会派の、表面的にはまったく異なった二作だが、主人公が周囲からずれていて孤立しているという点では共通している。そしてこの二本の映画を観ている「君」は、明らかにこれらずれた人間に“なっている”。彼等の苦しみを「君」は生きている。(中略)
 「タイムカプセル」と題された三つめの章は、だいぶ趣を異にしている。章の大半が、のちに最初の妻となったリディア・デイヴィスに宛てて若いころ書いた手紙の抜粋と、それに関するコメントから成っているのである。著者たる現在のオースターは、このかつての自分について我々読み手に情報を提供するというより、むしろ数々の手紙を解読しながら、かつての自分という他者を我々とともに“発見”しているように思える。(中略)
 最終章「アルバム」は、一種のコーダというか、それまでの三章で綴られてきた文章を視覚的に補足する写真や図版が並べられている。」(後略)

 本書も文句無しの傑作です。私は最初図書館から借りたのですが、常にそばに置いておきたい本だと思ったので、すぐに購入しました。本好きな方に心からお勧めです。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/