むき蜆石山のさくら散りにけり 蕪村
蜆の身がふっくらとしておいしくなるころ、散った桜を惜しんでいる句である。蕪村は花見が好きであった。京都に住んでいた蕪村は、京の街の郊外にある花の名所めぐりが楽しみで家にじっとしていられなかった。俳諧の門人に手紙を書き、東山の知恩院への花見を誘ったりしていた。花の下で酔い、騒ぎ、歩き疲れた様子を句に残している、
花に暮て我家遠き野道かな 蕪村
近くの公園の花の下、敷き物をして花見を準備している人たちがいた。花見の宴は、時代が変わっても続いている。しかし、平成の時代は、老人ホームのバスが連なり、施設に入所している老人たちの花見の姿が多く目につく。若者たちが、掛け声をかけながら一気飲みする姿はもう過去のものである。