芸工大の裏にある悠創の丘は、丘全体に芝生が貼られ、散策には持って来いの場所だ。かっては毎日ここまで散歩するのが日課のようになっていた。自宅から勾配のある坂道を約1時間、往復5㌔強の距離にある。あの事故以来、ここまでの歩きに変わって、短めのコースを歩いてきた。朝の空気が秋の気配を深めるにつれて、昨日はじめてここまで足を延ばした。脚の状態も以前のように、疲れもなくなった。何よりも、朝露にひかる芝生を見ながらあるくことが、非常に爽やかだ。山登りにも遠ざかり、鬱々とした日々が、朝の散歩によって救われる。
癒えしるき爪の半月秋日さす 馬場移公子
作家の小島直記がガンを患い、散歩も思うようにできなくなって、孫たちと歩く話がある。『人生まだ七十の坂』というエッセイだ。作家が、自分で考えた2000歩のコースである。
「おじいちゃんは病気だから、ゆっくりと行くんだよ」と念をおして歩きはじめたのですが、すぐに駆けだしてしまって、かってに2000歩のコースの方へ曲がってしまったのです。私も観念して、そのあとをそろそろと追って行きました。無論、途中でへばれば引き返すつもりだったのですが、孫に引っ張られてとうとうそのコースを歩いてしまったのです。透きとおるような青空をバックに逆光に輝くいちょうの葉がじつにきていで、元気な孫たちの声しか聞こえぬ静寂な並木道を歩いていると、いかにも秋を満喫している満足感がありました。」
こんな文章に触れると、思わず感激し、また朝の散歩に行く、モチベーションになる。秋の朝は、それほどに歩くことが楽しい。