常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

読書の喜び

2022年08月26日 | 日記
昨日、日中の最高気温が23℃。ベランダを開けておくと、吹き込んでくる風が冷たくなっている。散歩道に萩の花が咲いた。ネットで槍ヶ岳の小屋を見ても、山は夏が終わったとある。小説『孔子』を読んでいると、感動的な場面にであった。語り手のエンキョウが、自らの体験を語った部分である。孔子の死後、エンキョウは師の墓の側に住んだ。無論、墓守として。その家を提供してくらた中年の夫婦が、エンキョウを訪ねた。家の掃除、食事の世話。墓守のエンキョウの世話のためであった。やがて、夫婦に遅い子が生まれる。今度は、その子をエンキョウに見てもらうことも楽しみのようであった。しかし、子はエンキョウになかなか懐かず、いつもエンキョウをさけている風であった。

やがて、2歳の誕生日に奇跡的なできごとが起きる。

「その幼い客人は、私の家に来て、どういうものか、花でも開くよう明るく笑い、母親の腕から脱けだすようにして、私の方へ両手を差し出してきました。私は初めて幼い彼女を抱くと、すぐ母親に返しました。この時、私は初めて幼い者を、この世に較べるものなどないほど、美しいものと思い、優しいものと思いました。」

ここまで読んでいた時、携帯のラインの通知がはいった。なんという奇跡であろうか。携帯の画面には、やがて2ヶ月になろうとするひ孫の、笑顔の動画である。わずか15秒ほどの動画が2本。そこには、エンキョウの見た幼子と同じと思われる花のような笑顔があった。顔を動かし、小さな手をしきりに動かしている。小説を少し読み進めると、その幼子には悲しい運命が訪れるが、家のひ孫には、そんな恐れは全くない健やかな姿だ。読書体験にはさまざまな奇跡が起こるが、こんな偶然は稀なことだ。しばらく、写真を見ていなかったので、どうしているか訊ねた返事であった。
コメント
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