常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

ジャガイモの花

2022年06月23日 | 

ジャガイモには特別な思いがある。北海道の生家で広くジャガイモを栽培していた。6月になると、広い畑がジャガイモの花で覆い尽くされる。花が咲くと、農家では畝を立ててイモの生育の備えねばならない。この花を見ると、ジャガイモの畑で、一人で作業をしていた姉を思い出す。その姿から、心に悩みを抱えていたことが、子どもの自分にも容易に想像できた。今年、一番上の姉が天寿を全うして、94歳で他界した。それ以外の姉たちは、それぞれにストレスを抱えて、早く世を去っている。一番人生の辛い思いを抱えていたのは、すぐ上の姉であった。無口で、めったに自分の心を語ることはなかった。晩年になって癌からやっとの思いで生還したとき、「こんな病気にだけはなるなよ」と話してくれた。ジャガイモの花を見ると、この姉の姿が目に浮かぶ。

ジャガイモの花を見ると、姉の心のなかを想像してみる。だが、自分の浅い人生経験では、姉の心は深い闇のなかだ。プレヴェールの詩の一節が心に浮かぶ。

朝の食事

茶碗にコーヒーをつぎました
コーヒー入りの茶碗のミルクを入れました
ミルク入りのコーヒーに砂糖を入れました
小匙でかきまわしました
ミルク入りのコーヒーを飲んで
茶碗を下におきました
わたしに物を言わないで
シガレットに火をつけました
煙りの輪をいくつもつくりました
灰を灰皿に落としました
わたしに物を言わないで
わたしを見ないで立ちあがりました
帽子をかぶりました
レインコートを着ました
雨が降っていたからです
そして雨のなかを出ていきました
物ひとつ言わないで わたしを見ないで
わたしは両手で頭を抱えました
そして泣きました

詩のなかに登場するわたしは女、コーヒーを飲み、煙草を吸う男。二人は夫婦か、恋人か明らかではない。男は、朝の食事で同席している女を見ず、声をかけず、つまり無視してその場を立ち去って行く。どんな諍いが二人にあったのか、知る由もない。ただ、そこに流れる冷たい空気。物を言ってくれない男への思い。男の態度を見て、女はさめざめと泣くばかりだ
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アナベル

2022年06月22日 | 
気温が30℃を超してくると、早朝の散歩がいい。そしてアナベルやカシワバアジサイの白い花が爽やかだ。もう一つ気になる白い花があった。庭の木に植えられているが、調べて見ると夏ツバキであった。木のもとにには、花が丸ごと落花している。やはり夏ツバキも、花茎のところか落ちるものらしい。平家物語の「沙羅双樹の花の色、諸行無常の響きあり」という有名な下りは、釈迦が悟りを拓いたとき、この木の花の下であったらしい。わが国には、なかなか本種がないので夏ツバキが代わりに植えられたらしい。さわやかな花と精神の充実には、想像をこえた作用があるのだろうか。


昨日、歯科に行ってきた。いつもは、磨き方が下手と指摘されることが多いのだが、「磨き方上手になりました。歯垢が取れています。これからもこの調子で」と褒められた。幾つになっても、褒められることは心地いい。歯科で定期健診を受け、口腔の掃除をしてもらうのだが、実は毎日の歯磨きこそが大事だ。褒めてもらうことで、口腔の清潔と健康が保たれることは、ありがたいことである。80歳で20本以上の健全な歯を保っていることは珍しいことであるらしい。

昨日、ブックオフで買った本。菅谷明子『メディア・リテラシー』。その定義は「多様な形態のコミュニケーションにアクセスし、分析し、評価し、発信する能力のこと」とある。毎日流される、テレビのバラエティー。そこにどんな意味を見出すのか。情報の洪水のなかに生きて、メディア・リテラシーを持つことは、きわめて大切である。
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夏至

2022年06月21日 | 日記

今日、夏至。一年で一番昼のが長い日になる。真夏日が増えてきたが、これから梅雨末期の大雨の季節だ。すでに、九州では雨雲が湧き出て、50㎜以上の雨が予報されている。歳時記を開けば、晴れた夏至はめったにないらしい。午後になって雲が垂れこめてきた。

古沼を抱へて夏至の深曇り 菅裸馬

こんな日は漢詩の夏を読むのも一興だ。高駢は晩唐の詩人。渤海の王にまでなったが時代に波にもまれた詩人であった。その高雅な暮らしが偲ばれる。

山亭の夏日 高駢

緑樹の陰濃くして夏日長し
楼台は影を倒にして池塘に入る
水精の簾は動いて微風起こり
一架の薔薇満院に香し

緑したたる樹々は、その陰を濃く池におとし、陽射しのつよい夏の一日は長い。高楼はその陰をさかさまにして、池の水面に映している。水晶の簾は、そよ風が吹きおこると、音をたてて動く。すると棚一面に咲きこぼれる薔薇の花の庭いっぱいにひろがってきた。
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大頭森山

2022年06月19日 | 登山
雁戸山のアクシデントから1ヶ月、朝日町の大頭森山に行ってきた。本来の計画であれば、月山を越える六十里越街道を予定していたのだが、我が儘を言って、歩きの少ない大頭森山に変更してもらった。ひと月も山を歩かずに、いくら歩きの少ない処といえ不安が頭をよぎった。山中の道を駐車場に車を置いて、頂上までは30分と少しである。山のブナ林は、すっかり夏の装いである。少し勾配のある山道から、小さな道跡がある。この季節、笹の繁みを潜り、根曲がり筍を採りに入る道らしい。長く伸びた笹タケがあちこちに見えている。30分と少しで、頂上に出る。背の高い展望台がひとつ建っている。頂上の広場には、伸びかけたワラビがたくさん出ていた。気の置けない仲間が9名、ビニール袋を持ってワラビ採りに余念がない。展望台から360℃の展望では、月山から朝日連峰のパノラマが圧巻だ。やはり、家の籠らずに、こうした野外に出ることで気分は爽快になる。

遠き峰動かぬままに人は老い 森村誠一

昨年の夏縦走した朝日連峰の峰々が間近に迫っている。この光景を見ながら、昨年に登ることができて幸運だったと、つくづく思った。一つ逃せば、もう二度とこの縦走路を踏むことはできない。残された飯豊本山は、もう行けない峰となった。これからできることは、深くゆっくりとした呼吸。このことを肝に銘じて日々を過ごす。ものの本によれば、その効用についての言及がある。
①セレトニン神経の活性化によって元気になる
②自律神経のバランスにより循環器系、内分泌系、免疫系機能の調節を行い、ホメオスタシス(恒常性)の維持をもたらす
③ガス交換を活発化させ疲労を回復させる
④腹腔内を刺激し、消化、分解を促進する
⑤意識覚醒を高める
⑥痛みを抑える
➆筋活動を支える
➇α波が出て、落ち着き、リラックスさせ集中力が高まる

深く、ゆっくりとした呼吸を取り入れることで、これだけの得難い効用がある。高齢になったいま、これに日々取り組んでいくことは大事だ。

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アジサイ

2022年06月16日 | 日記

アジサイはまだ蕾のままと思っていたが、ご近所の庭で薄紫の花を見つけた。この夏、はじめて出会うアジサイの花だ。その脇に、夏椿の白い花が咲いていた。昨夜の雨が、季節をまた少し進めた。昨日、九州や西日本で梅雨入りが宣言され、いよいよ雨に似合うアジサイの季節だ。萩原朔太郎の詩、「こころ」は、その日ごとに変わる気分をアジサイに喩えた。

こころをばなににたとえへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひでばかりはせんなくて。

こころはまた夕闇の園生のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめど
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。

詩人のこころはアジサイから噴水の音へ。刻々と時間に従って移ろって行く。そういえば、サクランボの実が熟し、遠くの親戚に贈る季節だ。思いがけないアクシデントで、娘や姪たちがそれぞれその地域の特産を、見舞いがてら贈ってくれている。季節の挨拶にサクランボを贈るのは、ここならでは行事だ。
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