「なんか春って感じだね~」とポカポカと陽ざしが注ぐ昼過ぎ、ミモロは、「京の冬の旅」で公開されている「霊鑑寺」へ向かいました。


ここは、すでに何度も訪れている場所。馴れた足取りで石段を上がります。
「霊鑑寺」は、「旧谷の御所」と呼ばれる尼門跡寺院で、敷地内には100種以上の椿が植わることから、別名「椿寺」とも呼ばれています。

ここは、承応3年(1654)、後水尾天皇が、皇女の多利宮を開基として創建し、以降、明治時代まで5人の皇女・皇孫が入寺した尼門跡寺院です。
皇女様たちは、7歳から15歳までここで成長され、その後得度されるのだそう。ご本尊は、如意輪観音さま。


幼い皇女様たちを見守った仏様なのでしょう。
今回、36年ぶりに「京の冬の旅」で公開されるのは、「奥書院」。
「ここは光格天皇の元離宮だった建物で、そこに住まわれたのは、光格天皇の姉で(宗恭女王)で、この方は、11代将軍として期待されていた徳川家基と婚約なさっていたところ、家基が鷹狩りの事故で16歳で亡くなり、その後、このお寺に入り得度されたそうです」と…


ボランティアガイドの方の説明を聞きながら、「え~もしそれが本当なら、公武合体だよね~そういう話あったんだ~」とちょっと意外な感じを受けたミモロなのでした。(内部は写真撮影ができないので、あしからず…)
その書院の襖絵は、鷹狩りを描いたもの。「え~鷹狩りで婚約者がなくなったのに、どうしてその絵の襖絵なんだろ?思い出して悲しくなっちゃうのね~」と思うミモロです。
寺院内には、ここで過ごした皇女たちが愛した人形などが飾られています。それを見るたびに、「皇女さまたち寂しいかったんだろうね~」と思うミモロです。
幼くして、親から離れ、成長してもお嫁さんになることもなく、得度する運命だった皇女さまたち。尼門跡寺院を訪れるたびに、その豪華な内装とは裏腹に、少女たちの運命の過酷さを思ってしまうミモロでした。
さて、椿寺と呼ばれるお寺。その椿の状態は・・・
ミモロは、敷地内を歩き回り、椿の花を探します。

「あ、ここ咲いてるよ~」


咲き具合は、まだ始まったばかりという感じでしょうか?
歩くと時折、出会うという感じです。

咲いた花は、お寺のあちこちに飾られています。


こういう素敵な演出も、尼門跡寺院らしいものかも…。
「クンクン~いい香りがする~」そう、梅の花は盛りを迎えています。


「また、3月下旬に公開するんだって~」と、ボランティアガイドさんに聞いたよう。
その時は、椿の花が盛りを迎えます。「また、来たいね~」というミモロです。

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