「今日は、すごく早起きしたんだ~」というミモロ。すでに6時半前には、東山七条の真言宗智山派総本山「智積院」の境内に…。
6時20分ごろから、境内の「明王殿」で朝のお勤めが始まりました。読経の声に引き寄せられるように、ミモロは、お堂の前に行くと、「どうぞ中へ…」僧侶の方に促され、ミモロは、中へと入ることに…。
ご本尊の不動明王様の前で、護摩が焚かれ、20人ほどの僧侶の方が、読経する声が堂内に響き渡ります。
「なんかありがたいね~」とミモロは、久しぶりの朝のお勤めに、感激しきり。涙ぐんすらいます。
どうしたの?ミモロ・・・「だって、みんなで声を合わせての読経って、最近、聞いたことなかったんだもの…」と小さな声で…。
ミモロ以外に、4人ほど、一般の方が参拝していました。般若心経が響く中、ミモロは、不動明王さまに焼香し、祈ります。
「どうぞ、早くみんなが安心して、暮らせるようになりますように…」と、一生懸命に祈りました。
6時半をちょっと過ぎたころ、朝のおつとめが終了。それと同時に、一斉に僧侶の方が、境内に走り出て、「講堂」へと向かいます。
「ミモロも早くいかなくちゃ~」と僧侶の方の後を追うように、ミモロも境内を走ります。「みんな、足早い~」
向かった「講堂」では、この日、夏恒例の「暁天講座」が行われます。あらかじめ申し込んでいたミモロは、受付で体温チェックとアルコール消毒を済ませ、お茶を頂き、中へと進みます。
「あ、もう始まってる~」6時半から始まる「暁天講座」、ミモロは、その前に到着しましたが、朝のおつとめに行ったので、席はうしろの方。
会場には、200人ほどの人。この日は、講座の2日目です。
講師は、「六波羅蜜寺」のご住職。コロナ禍の人々の心を癒すお話を伺いました。「みんなで、思いやりを持って、生きなくちゃね~」とミモロもお話を心に刻みます。
出席した人には、団扇が渡されました。「また、来年も来たなぁ~」と。
実は、例年なら、講座の後、お粥がふるまわれるのですが、今年は、それは中止でした。
講座の後、名勝のお庭に面した「大書院」を拝見できました。まずは「講堂」のそばのお庭を拝見。
「こっちかな?」と、広い建物の中を進みます。
「大書院」には、美しい襖絵が…
ミモロが熱心に鑑賞していると・・・「キャ~可愛い~お写真いいですか?」と、参拝していた方々が、スマホでミモロ撮影を…
「なんか生きてるみたいね~」「可愛いお帽子やリュック持ってるのね~」と・・・。
「まぁね~」と言いながら、いろいろなポーズで期待に応えるミモロでした。
「やっぱり朝は気持ちいいね~」と言いながら、しばしお庭を眺めます。
「さぁ、お腹空いたから、そろそろ帰ろうね~」とミモロは、再び境内の中を歩きます。
「ここ、走ってるお坊さんたちが、必ず立ち止まって、挨拶してたとこだ~」。そこには、銅像がありました。それは、この「智積院」を創建した玄侑僧正のお姿です。
高野山で生涯を閉じられた弘法大師。真言宗は、その後、300年ほど活力を失いますが、中興の祖と言われる興教大師により、再び活気を取り戻します。しかし、興教大師が高野山の座主になると、それに反発する動きが高まり、彼は、山を下り、根来山に新たな場を作ります。それから、大いに発展したものの、天正13年、秀吉による根来山の襲撃により、全山を焼き払われた根来寺の塔頭「智積院」」の住職、玄侑大師をはじめ、弟子たちは、山を去り、安住の地が見つからぬまま、16年間各地を流転することに。
そして、豊臣家が徳川家康に滅ぼされるや、京都にあった豊臣家の所有地を没収、かつて秀吉を祀った「豊国神社」に隣接した豊臣家ゆかりの寺を、家康は、玄侑大師に与え、「智積院」を復興させたのです。
「時代って、不思議だよね~自分たちを苦しめた人ゆかりの場所に、落ち着くことになったんだから…」。ミモロもお像に手を合わせました。
池には、蓮の花が…
毎年、この時期は、京都各所の寺院で、早朝坐禅会や暁天講座が開催されますが、今年は、そのほとんどが中止になっています。
「天龍寺も知恩院も暁天講座、今年中止だって~建仁寺も…」毎年、楽しみにしているだけに、ちょっと寂しいミモロです。
「また、朝のおつとめに来たいね~」とミモロ。本当は、宿坊「智積院会館」に宿泊した人だけが参加できるのもなのかも…。
ミモロは、知らずに参加しちゃったのかもしれません。ともかく、久しぶりに聞く読経の声は、本当に心清める心地でした。
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