「わ~もう始まるんだ~」と、10月23日の夜18時。ミモロは、京都三条通の「粟田神社」の前に…
そこには、夜の闇に浮かぶ「大燈呂」の姿が…。
これは、牛頭天王(素戔嗚尊)をご祭神に祀る「粟田神社」の秋の祭に登場する「大燈呂」という大きな張り子です。
今年は、4基が祭りに登場。この歴史は、古くすでに戦国時代の記録に見られます。青森の「ねぶた祭」のルーツともいわれるもの。
かつて一時その姿が祭りから消えてしまいましたが、近年、復活。現在は、「京都芸術大学」の学生さんたちと地元の方々が、毎年、さまざまに工夫した「大燈呂」を製作しています。昔の人が目にした感激の景色がそこに…
「よかった~間に合った…」と、この日、大阪に出かけていたミモロ。「どうしても見なくちゃ~」と駆け付けました。
ミモロが、到着してまもなく、行列は、三条通を西に進み、「青蓮院門跡」の横を通り、「知恩院」の黒門前に向かいます。
「また、後でね~」と、行列に手を振り、見送るミモロ。
行列は、警備の方々に守られながら、神事が行われる場所へと移動してゆきました。
さて、行列は、「知恩院」の黒門の前、「瓜生石」のところで神事の体制を整えます。
ミモロも、そばで神事が始まるのを待つことに…。
例年は、スポーツの日前後に行われる祭りですが、今年は、東京オリンピックのため日程をずらすことに。
さて、「れいけん祭」というのは、「知恩院」の黒門(山門の北側の門)の前の道路の真ん中にある「瓜生石」で行われる神事です。
「なんでここに石があるの?」と、どう考えても交通妨害になっている石ですが、実は、この石は「牛頭天王」ご降臨されたと伝えられ、どんなことがあっても動かしたり、埋めたりと、手を加えてはならない神聖な石なのです。
「れいけん祭」では、その石のそばに祭壇が設えられます。そして、この祭りは、神仏習合の昔ながら形を留め、例年なら、黒門から「知恩院」の僧侶の方々が、しずしずとお出ましになり、「粟田神社」の神職と共に神事を行います。
「今年はコロナの影響で、祭りの規模縮小だから、「知恩院」の僧侶の方々は参加しないんだって…」と、ちょっと残念。
でも、祭りが行われただけでも、本当にうれしいことです。
いよいよ神事の始まりです。
そばには、「粟田神社」の氏子の方々、そして盛装された役員の方々が、ずらりと並び神事に参列。
祝詞奏上・・・
ミモロも頭を下げて…
「知恩院」の僧侶の方々が参列される時は、祝詞の後に、般若心経が奏上されます。
「祝詞とお経が一度に奏上されるのって、不思議…」と、初めてこの祭りに参列したミモロは思ったもの。歴史が古い京都の祭りらしい姿です。
榊の奉納などが終わると、神職を先頭に役員の方々が、祭壇の周りを3周します。
ミモロは、そばでじっとそれを見つめていました。
滞りなく、納められた神事…
「あ、門川市長さん、いらしてたんですね~こんばんは~」「おや、ミモロちゃん、元気でしたか?ちゃんとマスクしてますね~」
「はい、もちろんです!」と鼻を膨らませて答えるミモロ(マスクで鼻は見えませんが…)
コロナが収束して、京都の暮らしも、元のように戻り、祭りも以前のように行われることを願う市長さんです。
「大燈呂」は、そこから氏子町を回る「夜渡り神事」へと進みます。
昨年は、「夜渡り神事」が行われなかったため、寂しい思いをした氏子の方々も…。
夜、9時過ぎまで続く行列の巡行。「がんばってくださいね~」とミモロは、祭りの役員の方々に…
「はい、まかせて~」と…。
「ここ通るの、まだ先だね~」と白川沿いに立つミモロ。
この日は、夜、おうちにいなくていけなかったため、行列を全部見ることができませんでした。
「ここを通るとき、本当にきれいなんだ~」と、以前見た景色を思い出すミモロです。
明日は、剣鉾も登場する「神幸祭」が行われます。「晴れるといいね~」
<ブログを見たら 金魚鉢をクリックしてね 応援よろしく!ミモロより
人気ブログランキング
ミモロの通販ショップ「ミモロショップ」はこちら
ミモロへのお問い合わせ・ご要望は、mimoro1888@gmail.comまで
ミモロさんが居られ、一緒に石段を降りられラッキー
今後とも粟田の良さを広めて下さい。
そして、いつもミモロを応援してくれて、もう感激です。
これからも剣鉾好きのネコとして、
京都の祭りの魅力お伝えします。