雪降る街 カムイラピットの楽園 こな雪 ぼた雪 あられ雪

けっぱれラピット、どろ亀さんに負けるな。ウサギとカメとの競走です。随想、旅行記、日記など、雪の降る街からのお便りです。

バチバチ 大木運ぶ馬の橇

2012-04-29 12:51:30 | 歴史
戦時下、終戦真近の年に、カムイラビットは遠軽(えんがる)町瀬戸瀬(オホーツク管内)に住んでいました。尋常小学校1年の頃でした。
これは冬の季節の話しですが、家の前(瀬戸瀬小学校横)の坂道を馬が「バチバチ」に大木を乗せて引いて下って来ます。6頭のつながりであったり、8頭、10頭のつながりであったりと、夕方になると毎日この光景を見ました。当時はまだトラックはなく、馬が大事な力となっていたのです。馬も大事に育てられていました。
「バチバチ」(「大辞泉」にも載っていませんでした)とは今では珍しい言葉ですが、孤立した橇が二つということでしょうか、このバチとバチに丸太(まるた)をまたがせて乗せ一つの運搬橇とし馬に引かせ、木材を山から瀬戸瀬駅(JR石北線)の木場まで下ろすのです。
バチバチについて言葉ではなかなか説明が出来ませんが、むかしの写真を見たり、開拓当時の資料を集めた博物館でようやく見る事ができるのです。
孤立したバチバチの馬が来ると、子供はスキーをはいて「バチバチ」につかまり駅近くまで引っ張ってもらいます。距離は2㎞ぐらいでしたでしょうか。見知らぬ馬主ばかりでしたが「やめなさい、事故が起きる」などといっさい云いませんでした。いま思うとありがたいことであったと思います。
駅からの帰りバチにバチを積んで馬も軽い足どりで家に戻りますが、。この時も子供たちはストックを馬橇にひっかけ、スキーにのったままひいてもらい家近くまで帰ります。日課の様にバチバチについてスキーをしたのでした。
家近くの坂を下りたところに、馬を沢山飼っていた建物があり、興味半分恐ろしさ半分で時たま覗きましたが、馬の気性も荒いためか、馬の動き、いななきが恐ろしく思われました。青、栗毛の肌つやの良い評判の馬が飼われていて、その馬を見たいと覗きましたが、子供心の興味を満たしてくれました。
終戦の年頃からトラックが使われるようになり、山からトラックに積んで木場に運ばれるようになります。沢山丸太を積んだ上に何人もの従業員を乗せて下りてくるのでした。ある時私が住む街角で一人がトラックから落ちて、頭をタイヤに敷かれてしまいました。即死でした。母親が抱きついて嘆き悲しんでいましたが、子供心に心に焼き付いています。当時は安全興業とはほど遠かったのでした。