雪降る街 カムイラピットの楽園 こな雪 ぼた雪 あられ雪

けっぱれラピット、どろ亀さんに負けるな。ウサギとカメとの競走です。随想、旅行記、日記など、雪の降る街からのお便りです。

「新函館北斗」 道新幹線 新駅名

2014-06-30 20:49:13 | 地名

少し長い駅名の「新函館北斗駅」 道新幹線新駅名決定

北海道新幹線の駅の設置は今までの市街の様子、経済活動の様子を一変させるものがあります。そしてそこに造られた駅名の持つイメージが地域に大きく影響する事から、いろいろ苦労がそこに生まれるものす。北海道新幹線の北斗市迄の2016年3月開業予定の為に、二つの新駅が造られることになりました。青森県側に「奥津軽いまべつ」駅が、北海道内の渡島半島部分には「新函館北斗駅」が決まりました。

面倒な話で、北斗市に駅が造られる事になりますので、北斗市側からの財政支出も多額で、駅名は「北斗」の名を是非付けなければと強い願望があり、一方、函館市側は是が非でも函館の名は抜かす事の出来ない名であるなどと、なかなか駅名に決着が付きませんでした。ようやく6月11日(平成26年)に駅名が正式発表になりました。

駅名は「新函館北斗駅」となりましたが、これは北斗市、函館市両方の案を折衷されたものとなっています。北海道の玄関口の函館市側からすれば「新函館駅」で十分で、北斗市に住まいを持たない人から(カムイラピットも同じですが)すれば「新函館駅」で十分で、この名が最もよさそうな名ということになります。

ですが、世の中はそうはいきません。北斗市内に造られるのですから、今回の発表は北斗市側から言えば満足のいくものになっていたのではないかと思います。

「新函館北斗駅」の名は5文字で少し長い感じがします。駅名に慣れるためには少しの時間を要することでしょう。


様似町 これは有名「タコマンマ」、「漁師のお酒」

2014-06-26 15:01:59 | 

NHKテレビで何度か「様似町」のことが放送されました。昨年秋から何度も様似町の市街を行き来しましたので様似町にも大変関心を持つようになりました。                             放送の中で、特に印象深かった中に、漁師たちの取組みが紹介されていました。漁師の船に載せられた一升瓶のお酒、長い時間波に揺られて陸揚げされ、そのお酒があるお店で販売されているということでした。「漁師のお酒」とかいうそうです。これはさぞやまろやかで美味しい酒であろうと、まだ飲んでいないので是非飲みたいものと願望にかられています。                                            兵庫県の「灘の酒」はむかしから今までも有名ですが、その理由としてあげられているものに①播州米、米の良さがあると言います 次に、②六甲山からの吹き下ろす六甲颪の寒風のある気候、そして、③貝殻層からの流れ出る良質の米作りに良いお水。などいろいろあげられている他に、④紀州(材)の杉材から作られた酒樽があげられています。酒樽は何日も船積みされ波にもまれて東京方面まで出されたと言い、杉材の香りがお酒に加わり、波にもまれたお酒のまろやかさが合わさって最高のお酒として価値を生んでいるのです。

④番目のことを(波に揉ませたお酒)うまく利用したのが、様似町の漁師さん達の取組の「漁師のお酒」と云えるでしょう。助言的に話させて戴くとしたら、一升瓶でなく「樽(香ある樽)に酒を詰め替え波にもます」のがさらに酒の甘みを増すことになるという事なのです。

もうひとつ紹介されていたのが「タコマンマのかまぼこ」という食べ物でした。聞けばタコマンマのかまぼこは今では様似町の名物だとか、襟裳岬の方に出向いた帰りには必ず買って帰る人が多いと聞きます。また、わざわざ札幌など遠い所から買いに来る人もいると聞きました。販売場所は市街地の一つの店、1917年(大正6年)創業の食品加工販売「マルサン工藤商店」です。外見はコンビニの様な感じを受ける店で、海産物(乾物・冷凍魚)も売られています。

カムイラビットが立ち寄った(5月5日)時間が15時ごろでしたので、タコマンマのかまぼこはもう売れ切れてしまいケースは空になっていました。店の人に尋ねましたら、特別に奥から一個出してきて無事一個ゲットしました。

タコマンマとはヤナギダコの卵の事です。卵をすりつぶしてタレで味付けにしたかまぼこですが、ニンジンやミズナを混ぜて蒸して作られています。日高コンブ入りやタコのこま切れなど混ぜ合わせたもの8種類があります。つるんとした歯触りと磯の風味が食をそそります。一人2パック、3パックと買う人も多く、中にはお土産物にと5パック・6パックと買う人さえいます。 

  

店の奥に冷凍海産物のケースがあります。

一パック295~450円、人気商品だけあってすぐ店頭から消えてしまいます。問い合わせは同商店電話0146-36-2355へ。

とうとうお店の宣伝までしてしまいました。

 


畑の開墾 そして野の花は美しい

2014-06-23 23:05:35 | 草花

畑の開墾 そして周りは野の花でびっしり

芦別に住むAさん(友人)からお借りしている未墾札幌郊外の畑、カムイラビットの菜園として利用させてもらっています。ここは新興の住宅造成地の一角です。この地(畑)の周りには、いま次々と住宅が建てられています。近い内に周りは住宅の群れに変化する事でしょう。

畑の開墾地は土地は粘土質で固く一坪起こすのに2日もかかります。休み休み耕すものですから自分の気持ちに余裕があると見えて、周りの小鳥の鳴き声が盛りと聞こえてきます。朝は気持ちが良いですよ。

 

赤色と白色のアカツメクサのコラボ、白色のアカツメクサは点在して広がって咲いていました。シロツメクサとは茎立ちが違います。

今年の畑の開墾はもうこれくらいにして(終わり)と考え、そういえば周りには意外に住宅造成地の更地には色々な花が咲くものだと感心します、いつもは畑起こしに来ている場所ですが、今朝はカメラを抱えて野の花を写真に撮るという新しい試みをして見ました。そこには野の花がいろいろ咲いていたのです。

写真を撮っている時は不思議に熱中しているためなのでしょうか、小鳥の鳴き声がまったく耳に入ってこなかったことにあとで気づきました。

 

よしなどを刈り取ると真っ先にそこに広がりを見せるのはアカツメクサです。赤い花を付けて咲き誇りますので、なかなかの見応えのある花園になります。

写真を撮る行為は野鳥の鳴き声も耳に入らなくなるものだとあとで気づきました。

アカツメクサは赤色ですが、今日はアカツメクサの変種を見付けました。アカツメクサ状の白花を見付けたのです。根室の漁港近くでもう50年も前になるでしょうか、白花アカツメクサを見付けて以来の事です。根室の白花は花の房も普通のアカツメクサの花の大きさでしたが、今回見付けた白花はアカツメクサ状の小ぶりの白花を付けています。

 

この形状の白色アカツメクサは紋別市の流氷科学館裏側のグランドに沢山咲いていたのと同じ白色アカツメクサもののように思われました。この白い花はシロツメクサではありません。

 

「ハダイロアカツメクサ、花は小ぶりで何株かが周りに生えていました。写真は黄色になりました。

 

この黄色の花は札幌ではよく見かけます。

花の名前は調べていませんので後ほど記載の予定です。

そして、同じ形状のアカツメクサではありませんがまったく色違いのハダイロアカツメクサも花を付けていました。写真に撮って見るとカメラのせいでしょうか、写真は黄色の花色になってしまいました。


稲雲坂 コスモスロード

2014-06-21 09:46:38 | 草花

稲雲坂(とううんざか)  もう地名として定着したかな

カムイラビットは前に道立の高校に勤めていた事はブログのどこかで触れましたが、最後に勤めた学校は、「北海道札幌稲雲高等学校」です。手稲地区には高校が当時4校あって、札幌手稲高校、札幌稲北高校、札幌稲西高校、そして私の勤めていた札幌稲雲高校です。(現在では稲北高校と稲西高校が合併し手稲地区には3高等学校となっています)。                              手稲の北に造られた「札幌稲北高校」、そして手稲の西に造られた「札幌稲西高校」、そして、次に造られた私の勤めた高校の名を付けようとして、はたと困ったらしいのです。手稲の南にあたりますので、今までの高校のように順次名を付けるとすると「さっぽろとうなん高校」となります。電話で「もしもしこちらはとうなん高校です」となると言葉だけでは「盗難高校」のように思われ縁起でもありません。

札幌稲雲(とううん)高校は、高速札樽(さっそん)道路の山手、手稲山の麓(ふもと)にあたり、小高い場所に位置します。平地より更に高い手稲の雲の上の高校をもじったものか、「北海道稲雲高等学校」と名が付きました。手稲山山麓は岩がごろごろしている所で、この岩だらけの山麓を平地化し高校を造り上げるには莫大な費用がかかったと言います。札幌一高い金額をかけて高校が造られました。このことをもじれば「札幌一の高校」などと言えます。

カムイラピットはこの高校で3年間勤めました。当時新興の高校らしく手稲の街の方とも親しく交流があり、街の方と稲雲高校に登る坂道の脇にコスモスを花咲かせにコスモスの路を作る話が進み、コスモスを植えた路に「稲雲坂コスモスロード」と名を付け看板を立て、毎年コスモスの花を咲かせています。

「稲雲坂」とはコスモスを植えている仲間たちだけの呼び方なのかな、もしくは今は多くの手稲の街の人が呼んでいる地名になっているのではないか などと思っているのです。新聞にもテレビにもインターネットでも紹介されているので正式な名として言われている地名と云えるかも知れません。

稲雲高校に行くにはJR手稲駅で降りて、そのまま南の手稲山の方に歩って行きます。稲雲高校行きのバスもありません。喘息気味の生徒も3年間この坂道を歩って通うと直ってしまったと聞きます。坂道を通う生徒は皆が健康ものです。女生徒の歩く速度に今は私の足の速度ではついて行けません。受験生・父兄からは交通費がかからないと人気の高校になっています。

 

今年は皆でコスモスの種蒔きの記念写真は撮りませんでした。左上の塀は札幌稲雲高校のもので、この上の奥の一角に高校が建てられています。手稲山山麓にある稲雲高校からの夜景は天下一品の美しさです。手稲の街が眼下に一望できます。

塀をよく見ていただくと植物が壁に付いていますが蔦です。秋には蔦の葉は真っ赤に染まり心をなぐさめてくれ、それは綺麗です。この蔦はカムイラビット在職中に植えたものです。            

もうすでに札幌稲雲高校も昨年で創立30年になりましたから、コスモスロードを造り出してから17年にもなるのです。その当時から「稲雲坂コスモスロード」の看板を立てましたので、稲雲坂の名ももう市民権を得ているはずなのです。今年もコスモスの種蒔きにでかけました。

昨年故えあって今年からは立派にコスモスを蒔く場所が建設会社の出費で整備され、種蒔きも最高に楽になりました。

 

上の写真は、第2代目の「稲雲坂コスモスロード」の看板(平成26年から)。第1代目は朽ちてしまいましたが、大野渓石氏(刻書の大家=カムイラビットの友人)に字を書いて戴き、刻字はカムイラビットが行った味のあるものでした。

コスモスロードを立ちあげている仲間は「花族会議」といい、あれから15・6年経ち、それぞれ仲間は年齢を積み重ねていますが、いたって和気あいあいのコスモス(花)好き、稲雲高校好きな仲間の集まりです。

このコスモスロードを作る花族会議の連中と今月28日(土)にオロフレ山に登山の計画を企てています。オロフレ山も高山植物が豊富と聞きます。どんな花が我々を待っているのでしょうか。


クマが道路を横切った 荻伏 

2014-06-19 18:29:47 | 動物

クマがカムイラビットの車の前を横切った 

今月(6月)7日、浦河町の荻伏で車の前をクマ(ヒグマ)が横切りました。街のすぐ近くでした。とっさに座席横に置いていたのカメラを手に取り、クマの写真を撮ろうと思ったのでしたが、クマも車の前を通ってあせったせいなのでしょう、のりめんの上にいそいでかけあがり、こちらの様子を一時振り返って見て、すばやく林の中に消えて行きました。

あっという間の出来ごとで、残念ながら写真は撮れませんでした。子熊ではなさそうな、動きや、大きさから見るとメスクマの大人のように思われました。

そのまま車を少し走らせると、なんとすぐ街があり、交番があるではないですか。ついでにお巡りさんが道路を歩いていて交番に入ろうという時でした。車のブレーキを少しふんで、お巡りさんに伝えるべきなのだろうとまでは思ったのですが、「まてまて、こうしたクマが街近くに出てくるのはいつもの事で、とりたたて騒がせる事でもないな、クマにも命があるしな!」などと思い返してそのままアクセルを踏み直し、この街を通り過ぎてしまいました。

「クマとの共生こそ北海道の自然の在り方ではないか。」などと、自然派のカムイラヒットは考えたのです。自然のクマをこの目で見たのは始めてですが、恐ろしいとは一つも思いませんでした。こんなこともあるんだと面白くなりました。

そして、その足でアポイ岳の登山を計画して居ました。ジオパークの施設で山に入る時、登山時の注意の中に、「クマ除けの鈴はお持ちですか」など言われ、このあたりはクマの出没地域とさい認識したのでした。アポイ岳は通常クマは出ない山の様ですが、近くの山にクマが出ているので移動してくる事もあるので注意されますようにという事でした。

新聞(道新26・6・1)によると、道内1~5月のクマ目撃数は急増していると報じており、2010年と比較した場合約二倍の目撃数になっていると言います。


カムイラビット家の庭 今は花盛り

2014-06-18 10:34:28 | 山野草

野の花に魅せられて 我が家の庭も様変わり

野の花と付き合っていると、心が体の奥底からなごみ、花壇の花とはまたく違った味わいを受け取る事が出来ます。毎年何気なく見ていた野の植物たちも、このごろでは心行くまで味わう事が出来るようになりました。

植物としてと゛の花も心を癒してくれますが、どちらかと言えば野の花の方が身体の芯からの安らぎを与えてくれる柔らかさがあるように思えるのです。それは、そのむかし人間が野生に生きていた動物であったからであろうと、かってに思っています。

花の大好きな人が庭作りに最初に入った時、きらびやかな赤色系統の花を多く植えて楽しみますが、ガーデニングを長年していて、精通してくるとブルー系やらホワイト系、薄紫系へと落ち着きの庭づくりへと変わりるらしいのです。

また長年ガーデニングを手掛けたことのあるお友達からアドバイスを受けたりすると、いつの間にか山野草系の花を庭に植え出し、自然系のある庭へと変化して行くもののようです。

ラビ妻の作る我が家の庭も自然系の雰囲気のある山野草の花のある庭となっています。シダ(コゴミ)やらマイズルソウ、クルマバソウそれにフッキソウ、トクサなども庭に植えられ、自然味のある庭になっているのです。ブルーベリー、ブラックペリー、ナツユキカズラなども風情があります。

 

ブラックベリー 庭の第三のシンボルとなっています。みが熟すと黒色になり、庭で楽しみながらつまみます、花は少し大きく、白色で清楚です。

自然系の庭にするとよい事があります。それは何だと思われますか、考えて見て下さい。

それは、山野草は宿根生のものが多く、毎年費用がかからないという事です。ラビ妻のやっている我が家の花壇は多くを宿根生の植物に切り替えており、以前までは毎年万円以上の費用がかかっていたのですが、近年では数千円で済むようになりました。

 

道路から玄関までの我が家のフラワー通路、左がミント 右がオダマキの花、今ではオダマキの花も終わりかけています。

道路から我が家の玄関までの約25メートルほどの通路には、マイズルソウ、オダマキ、ハーブ類、野のスミレ、早春にはフキノトウが出てきたり、一時期にはクサノオウやらフキノの葉が道案内になったりと楽しい雰囲気を醸し出してくれています。花が少なくともその路を歩くと心がなごんでいます。

 


カムイラビット家 庭のシンボル

2014-06-16 17:34:20 | 草花

我が家の庭のシンボルは「エゴの木」

我が家の庭の担当はラビ妻です。ガーデニング専門の妻からは「手出し無用」といつも言われ、まったく庭はお任せです。一方、カムイラピットは菜園担当などと言われ、そちらの仕事の担当となってしまっています。

庭を狭いなりに見栄え良くするには、庭にスパイスとなるシンボルが必要です。我が家の庭のシンボルは、だいぶん前までは「ナツユキカズラ」のつる性の木でしたが、8年ほど前からは庭の真ん中に植えた「エゴの木」がシンボルとなっています。今では二本の木が我家らしい庭の雰囲気を作ってくれているのです。

 

エゴの木の花 6月中旬が花の季節 我が家の庭のシンボル 今咲いています。

「エゴの木」は年を重ねてもあまり大きくならない木です。札幌は大雪の地ですので、毎年降る雪で雪囲いしていても枝が折れて、大きさも手ごろのままでいまだに枝の剪定はしておりません。なにせこの木の枝は折れやすいのです。

もうひとつの庭のシンボルのナツユキカズラ、その木を覆う様に育ったクレマチス(モンタナ)。 我が家ではレンギョウの次に花をいっぱい咲かせます。

今、エゴの木は丁度花が咲いている時季(6月中旬)で、小柄ながら白い可愛げな花を咲かせてくれています。花の数は多くて数える気にはなりませんが、毎年沢山の花を付けてくれます。結構長い事花は落ちず楽しめます。

秋になると実が付き、人から見ると食べられそうに見えるらしく、いつも決まって「この木の実はたべられるのですか」と聞かれます。残念ながらこの実はかたくて食べる事は出来ません。実の姿かたちは白雲木の実によく似ていると思うのですが・・・。

我が家の三つ目のシンボルとなった、豊かな実を付けるクロ木イチゴ(ブラックベリー)の花 ようやく大きくなり今年は沢山の実(黒色のペリー、食べられる)をつける事でしょう。白い綺麗な花をいくつも付けています。

もう7年も前になるでしょうか、熊本の水前寺公園に行った時の事です。大きな木一面に白い花を付ける木を見つけました。近づいて良く見ると我が庭に植えてあるエゴの木ではないですか。暖かい地方では結構大きくなるのだと思いました。エゴの木は全国に広がって生育出来る木の様に思われます。

エゴの木は少し前から人気がでて、植木屋に行くとよく売られているのをみる事があります。


 ゴジュウガラの雛 旅立つ

2014-06-15 11:35:14 | 

家の周りから鳥の姿が消えた

襟裳岬への植物撮影旅行(6月7・8日)の間に、我が家の軒下のヤマガラの雛は無事成長したとみて雛の鳴き声が聞こえなくなっていました。多分無事巣立ったのでしょう・・・。 

毎日、絶え間なく餌をねだる鳴き声を立てていた巣箱の方に耳をすましても、なんの音、鳴き声も聞こえて来ません。軒下の雛は成長し飛び立った模様です。

我が家には、雛の鳴き声の聞こえる自然と共生の生活、心のなごみの生活がそこにはあったのです。長い事楽しませて貰ったシジュウガラの身近にいる生活は雛の巣立ちによって終わりを告げました。

雛は親に連れられて遠くに旅立ったのか、親の姿は庭にはなくなりました。親の姿も消えて、雛の鳴き声もなくなり、家の外はすっかり静まりかえってしまいました。

雛の鳴き声が消えた後、いつもは朝・夕にスズメの鳴き声のも聞こえて居たのですが、このごろまったくは聞こえてきません。

裏側のYさん宅ではスズメの餌台を作り、毎朝等外米の餌をやっているらしく、朝に「餌が無くなっているよ」と「チュンチュン・チュンチュン」言ってうるさい程だと話していたので、我が家の庭のすずめもそちらの方に移動してしまったのでしょう?・・・・。

本当に静かな我が家の庭になってしまっています。今では少々さみしい気持ちになっています。

今朝は5時に、家庭菜園作業に畑に出ていました。そこでは小鳥のさえずりが限りなく聞かれ、最高に気持ちの良い朝でした。小鳥の鳴き声では鳥の名前はさっぱりわからないし、小鳥の姿も見えませんので名前は分かりません。声高の小鳥の鳴き声だけが周りを占領しています。小鳥の鳴き声は心を癒してくれます。いつも畑ではそうですが、小鳥の声の満ちている素晴らしい朝です。

連日小雨降りの日でしたので、小鳥たちも気持ちの良い朝を迎えたのでしょう。

 


アポイ岳 ジオパーク 見ごたえあり

2014-06-11 15:55:49 | 山野草

アポイ岳は楽しめる 楽な山 しかし油断は出来ぬ。

いろいろな固有種の花が咲くアポイ岳、たやすく登れて多くの高山植物が楽しめると聞いていました。カムイラピットは今までに登った事がありません。

 

手稲の「花族会議」(会員登録している)の面々は何度か登っているらしく、花の写真を沢山撮ってきている様子です。、集まるたびにアポイ岳登山の話が出てきます。私の家は手稲から少し距離があり、連絡漏れで登山の機会を逸しておりました。

 

6月7日(土)、えりも大好き花撮影隊の襟裳岬の集合時間に制約がありませんでしたので、カムイラピットはこの日思い切ってアポイ岳に登る事にしました。話では気楽な登山と聞いておりましたので、ハイキングの様な気持で登りはじめました。

なだらかな林間の登山路を登って行きます。ジオパークだけあって、看板も一合目から五合目まで説明があって学習に値する心遣いと感心させられます。11時頃からの登山で、登るのに3・4時間、下山には1時間30分ほどと説明を受けて、十分時間もあるし楽しめると周りを見ながら(楽しみながら)進みます。

 

一合目から二合目、この間も結構な距離に思われました。でもなだらかな路だからと気楽です。降りて来る人を見ますと皆がストックを持っています。これくらいの登山でストックなどを持ってと思っていたのですが・・・、

山小屋のある5合目から上は石の坂道の急な登りとなっています。やれやれ、これがストックを必要としていたのだと分ったのでした。5合目過ぎてから花が見え出しました。監察員の方に7合目ですれ違い、お聞きしますと「今年は高温で、乾燥がひどいためでしょうかね、花の数がさっぱりなのです。」と言います。花の写真を撮りに来たのに残念な話です。「あそこが、馬の背で頂上ではありません。向こうの高い山がアポイ岳の頂上です。」「せっかくですから頂上まで登られた方がよいですよ」とアドバイスを受けました。

 

 

まだまだ距離がありそうです。810m程の山だから、足に自信のあるカムイラビットでしたからゆうゆう更に上に登り始めます。

いろいろ花を探し楽しみながら、花を撮影していきます。

八合目を過ぎてからあとは急な上り坂です。ここからは頂上は手に取る様です。上から下りてきた旅行業者企画のグループとすれ違いました、この時、急に私の足は大腿筋が張って、おかしい状態になってしまいました。「大丈夫ですか」と声をかけてもくれましたが、すぐには痛みが取れません。手で触って見ると筋肉が張り痛みがあります。これでは先に進めないではないですか。登山の途中で登れなくなったのははじめてです。

 

齢のせいだからと片付けたくはありませんが、小時間休むと張りが無くなりました。まずは一安心、しかし下山の事も考えなくてはならず、休んだら何とかなるだあろうと、ここで昼食のおにぎりにぱくつきました。登山にはおにぎりに限ります。天気もよく周りの眺めは最高です。頂上からの眺めは更によかろうと思いながら、ここからの下山も仕方がなく少しの時間ここで楽しんだ後、やむなく下山し出しました。

 

登山道路で人の足でカンラン石が磨かれて緑濃黒の色になっていました。全山がカンラン石でできているとか。

アポイ岳はカンラン石のかたまりで出来ている山で、それでも薄い土が表面にあり、そこに木々が生えています。根が表土に沿ってのみのびられませんので、強い風が吹くとひとたまりも無く倒れてしまいます。

この時、自然保護の研究をされているご高名な北海学園大の佐藤謙先生ら三人とすれ違い、最後の下山路では御一緒させて頂きました。先生は結構植物の名前を知ってらっしゃる方で、この植物はジンヨウイチヤクソウ゛などと説明していきます。アポイ岳の植物に精通されておられるようでした。カムイラピットも同じ大学の非常勤講師を8年間していた事があり、先生と話が合って「またあいましょう」とお別れしたのでした。

アポイ岳にはクマは出ないという事でしたが、近くの山にクマが出ているので、「鈴は持っていますか」などと聞かれたり、登山道に5個ほどもの鐘がぶら下げたりしてあって、登山にクマ対策がなされていたのには感心しました。

この鐘はよく響いて鳴らすのが恥ずかしくなるらいです。下山者たちは誰一人として鐘を鳴らしませんが、カムイラピットは鳴らすのを楽しんで、鐘を見付ける度に鳴らしたのでした。

それでは、アポイ岳8合目からの風景をお見せします。

 17時30分無事下山。

 


Aつぶ Bつぶ  A子 B子 「えりも」良い所(とこ)

2014-06-10 13:08:58 | グルメ

「ツブ刺身」のオンパレード

物の区別にわざわざ名前を言うのは面倒な場合、A・Bとして呼ぶ事があります。ここに、同じ名字の同じ名前の女の子が居たとします。どうも呼びようがなくて呼び方が「A子・B子」となります。朝ドラにあった若狭塗り箸の和田きよみは、皆に好かれなんでも出来た和田きよみにA子、いつもどしをする方の和田きよみにB子と皆で呼ふ事になり、大人になってもA子・B子で呼ばれました。

海から採るツブはいろいろあるらしく、味的にはあまり変わらないけれど大型のツブは「Aツブ」、ツブとしてはAツブに似た「Aツブモドキ」と言うか、大型ツブの次のものには「Bツブ」といっていると漁師さんは言います。A子・B子ではないですが、ツブにもAツブ・Bツブと呼んで区別しているのに面白さを感じます。

Aツブはとうてい庶民の口には入らない立派な大きなツブで、エゾボラというと聞きました。市場では驚くほどの値段だそうです。まずはAツブ・Bツブの刺身が出されました。どれぐらいの値段か聞いたのですが、食べる方に夢中で、聞いた事はすごく高いんだという事だけが頭に残ったのです。なにか万円に近かった様に聞きました。まずはこの刺身を写真に納めました。

 

左がAツブ(最高級品) 右がBツブ(Aツブモドキ)         焼き始め 焼きタコはこれは美味い 炭焼き台は2基、満喫出来て素晴らしい食事会。

Aツブ・Bツブの刺身をつまんでいる内に、私に馴染みの灯台ツブが比較のために刺身で出され、次に回転ずしに出てくる値の安いツブの刺身も出てきました。Aツブから回転ずし用ツブまで味わいながら比較しましたが、どうもカムイラビットの舌では区別がつきません。高級ホテルで名前を偽って出したとしてもわからないはずです。4種類のツブ刺身を写真に納めればよかったのですが、食べる事に専念したために記録に残せません(写真に撮りません)でした。

ツブ刺身のオンパレードで最高でした。シコシコ感はどのツブも同じ様に思われ、見た目に区別できるのは回転ずし用のツブで、少し黄色がかっていました。

カムイラビットはツブが大好きで、家ではついつい買って来て食べるのですが、スーパーで買うツブは値段も張らない「灯台ツブ」という小貝を買うのです。少し大き目のものになると値段が張り、一個でこんなにするのか、貝殻の重さの値段ではないかなどと思ってしまい、買う事はなかなかありません。

 

ツブもふんだんに焼かれます        焼きウニも仕上げに出されました。食べてしまってからあわてて撮った写真です。右側にイノシシの焼肉が残っています。

熊肉・鹿肉・猪肉の炭焼き

蛸やツブの炭焼きをふんだんに食べ終えたころ、次に出されて来たのは鹿肉、猪肉、熊肉をスライスしたものでした。熊肉と聞いただけでも身を引く女性群も食べ始めています。お腹がきつくなってきていたのでカムイラピットも2・3切れずつ食べたでしょうか、猪肉は北海道では獲れないので、猟師仲間の東北と北海道の鹿肉との交換で手に入ったものと言います。

手前がシカ肉 上の赤身の肉がクマ肉、上右の脂身の肉がイノシシの肉

えりもでの今回は、海の幸(蛸やツブや烏賊や柳葉魚やコマイ(?))、海産物ではない鹿肉、猪肉、熊肉の炭焼きパーティーを開いていただいたのですが、最高のえりもの植物たちの写真撮影旅行(6月7・8日)となりました。惜しみない海産物や肉。お酒のふんだんにある高価な炭焼きパーティーで大満足でした。引き連れていっていただきお世話して下さったHさん、海の幸山の幸を提供して下さったえりものWさん、Mさん、泊まっていた旅館さんに深く御礼申し上げます。

 

もうお腹いっぱいなのにタコ足の追加

 

ツブやタコの予備。もうお腹一杯で食べられません。帰りにはウニやシシャモ、ツブ、コマイ(?)など残り全部を持たされ、帰路途中でそれぞれに分けて戴きました。

話だけでは聞く方(読む方)にとってはまったくつまらない事ですから、ちょつとだけ料理の一部を写真でお見せしました。

これは「えりも」での話です。