三つのオレンジ/剣持 弘子・文 小西英・絵子/偕成社/1999年
イタリアの昔話ですが、絵は、ボッティチェッリ風です。
この話は、トスカーナ地方のエジーディオ・コルテッリという当時八十二歳の石工が、1970年に孫や曾孫たちの前で語ったもので、文学的な作品の影響を全く受けていない貴重な話と、あとがきにありました。
一人の王子が食事中にうっかり指に傷をつけてしまいます。
王子は、白いチーズについた赤い血を見て「ミルクのように白く血のように赤い、こんな美しい娘と結婚したい」と花嫁を探す旅に出ます。
歩いて歩いて夜になろころ大きな栗の木の下にやってきました。木の上では一羽のミミズクが陰気な歌をうたっていて、そんな不吉な歌はやめろと斧をなげると、ミミズクが歌をやめますが、斧は木に刺さったまま。
旅に必要な杖はつくってあったので、そのまま旅を続けます。
何日も旅をしても探している娘がみつからないため、家に帰る途中、斧が刺さったくりの木の下で、ひとりのおじいさんにあいます。
このおじいさんは、魔法使いでしたが、もっと強力な力をもつ魔法使いに魔法をかけられミミズクにされていました。ところが王子が投げた斧のおかげで人間にもどることができたのです。
話を聞いたおじいさんは、王子の娘をさがす手伝いをしてくれ、オレンジ畑からオレンジを三つとってくるようにいいます。
王子は三つのオレンジを持って帰る途中、たまらなくのどがかわき、一つオレンジを割ってしまいます。すると”ミルクのように白く血のように赤い”娘があらわれますが、娘は”眠いの”といって、消えてしまいます。
おじいさんの忠告を無視して、二つ目のオレンジを割ると、また娘があらわれますが”おなかがすいているの”といって、きえてしまいます。
三度目は、水やほかの飲み物、立派なベッドのある部屋を用意し、オレンジを割ると、”ミルクのように白く血のように赤い娘””があらわれます。のどがかわいているという娘に水を飲ませると、今度こそ娘は消えませんでした。
そしてそのままめでたくゴールインしたふたりでしたが、このままでは終わりません。
花嫁の美しさに嫉妬した魔女が、髪をとかすふりをして花嫁の頭に、魔法の針を突き刺します。すると花嫁はツバメになり、どこかへ飛んで行ってしまいます。
魔女はそのままベッドにもぐりこみ、王子が部屋にくると「窓を開けないで、風に当たると気分が悪いから。朝の風はからだによくないの」とおきようとしません。魔女は何日もおきようとしません。
それから召使の台所に一羽のツバメがやってきて食べ物をあげると、かわりに金の羽をおいていきます。
ツバメはなんどもやってきて、金の羽をおいていきます。召使の話を聞いた王子もツバメも見たいと思いますが、魔女は「鳥を見ちゃだめ。あなたはわたしのことだけを考えてくださればいいの」と、とめます。
それでも王子が食べ物をついばんでいるツバメの小さい頭をなで、まるくふらんだものがあるのに気がついて、爪でひきぬくと魔法の針でした。
王子が針を引き抜くと、そこにはあの花嫁が。
オレンジが三つ。娘が三人あらわれても困ります。二回まではうまくいかないのは昔話のセオリーです。三度目に花嫁となる娘にあうというのは、自分の望が簡単にはいかないということでしょう。
魔女もベッドにねてばかりと、今一つぱっとしないのですが、魔女はあくまで引き立て役ですから、こまかなことには目くじら立てない方がいいのかも。
ところで、同じ作者の「三つのオレンジ」(子どもに語るイタリアの昔話/剣持弘子:訳・再話 平田美恵子・再話協力/こぐま社/2003年)では、おじいさんはでてきません。糸をつむいでいたおばあさんが、オレンジのことをおしえてくれます。
そして、魔女が部屋に閉じこもるというのもありません。
さらにツバメがハトにかわっていて、結婚式に、召使の台所にやってきた金の羽のハトが歌うところがあります。
魔女が火あぶりになるのは共通しています。
同じタイトルのスペイン版(スペイン民話集/三原幸久:編・訳/岩波文庫/1998年)では、一番目のオレンジからは櫛、二番目のオレンジからは鏡、三番目のオレンジから綺麗な乙女がでてきます。
王子はこの乙女と結婚しようと思いますが、結婚する前に、乙女は魔女から鳩にかえられ、魔女が王子と結婚します。
王子は黒くなった乙女(魔女)に幻滅したのですが、宮殿にいれば白くなるに違いないと結婚しました。
前の二つは、オレンジのことをおしえてくれるのが、おじいさんだったり、糸をつむいでいたおばあさんですが、スペイン版では水に映ったオレンジを割るところから話がはじまります。
・聖女カタリ-ナ(エスピノーサ スペイン民話集/三原幸久:編・訳/岩波文庫/1989年)
YouTubeに、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のブラックシアターがあり、その色彩と照明が工夫されていて楽しめましたが、「くもの糸」の原話として紹介されていました。
いちど「蜘蛛の糸」を語ったことがありますが、数十年ぶりといわれました。
古い世代では、小中学校で芥川龍之介の作品にふれる機会が多かったように思いますが、今はあまり教科書にはのっていないようです。
聖女カタリーナの母親はとても罪深い女でしたが、カタリーナは天国に連れて行って下さるよう主イエスと聖母マリアさまにおねがいします。
天使がカタリーナの母親を地獄から引き出しにいきますが、地獄の多くの亡者も母親にくっついてしまいます。母親が自分につかまっている魂に悪態をつくと、母親は再び地獄へ。
聖女カタリーナは「母親が天国に入れないなら、母親と一緒に地獄にいきたいかね」と主からいわれ、母親と一緒に地獄に行くことを選択します。
罪深くてもは母親は母親でしょうか。
「蜘蛛の糸」では、大泥棒が蜘蛛をたすけますが、この話では娘が聖女で、地獄の亡者がたすかりたいなら聖女を娘にもつことだなと叫びます。
主イエスは結末がわかっていました。