岩手のむかし話/岩手県小学校国語教育研究会編/日本標準/1976年
きかんぼうで手にあまる太一というわらしが、みんなと夢中になって遊んでいるうちに、いつかひとりなっていた。そりをひっぱって家のほうにむかったとき、けむりのような、ぼやっとした女が、片手に白いべご(牛)をつれて、太一の前に立っていた。
おっかなくなった太一が、いそいでそこから離れようとすると、離れようとするとすればするほど、体が前にすすんで、女の前にいってしまった。太一の手をにぎった女の手はまるで冷たい。
女は、あたりの木の上につもった雪をとってきて、べごさ食べさせはじめた。べごは、干し草のように、さもうまそうに、もぐりもぐり食べた。なんどもなんども雪を食べさせると、女は、こしをかがめて 乳しぼりをはじめた。そして、乳をてのひらさすくって、太一のところへもってきた。そして、「さ、飲め、飲め」と、太一の口へおっつけた。
太一が真正面から女の顔を見ると、ちっちゃな口が、なにかしゃべっているように、ぱくぱく動いていた。太一が、ありったけの力ふりしぼって、そこから逃げ出そうとしたが、べごのつなが、はなれない。そのとき、女が両手ですくった乳を、太一の顔めがけて、あびせかけてよこした。太一は、「あっ」といったきり、なにもかもわからなくなり、その場へたおれてしまった。しばらくして、太一が目をさますと、さっきまで晴れていた空が、またくもって、雪が、もっさり、もっさりとふってきた。太一は、そりのひももって、雪の上にたおれていた。
しんしんと雪が降りしきる夜の話でしょうか。眠るまえには遠慮したほうがよさそうです。