たまには新しい展開も必要かと思い、
昨日は横浜駅から鶴見の三ツ池公園まで歩いた。
1号線をひたすら川崎方面に向かい北上し、
1時間半でようやく県立三ツ池公園についた。
まだまだ整備中のところが多い公園なのか、
中にある施設は新しいものが多い感じだ。
公園を抜け、環状2号線に出て、
菊名まで歩こうとしたら、
雨が降り始めたので新横浜までバスに乗った。
今日聴いたのはシューマンの交響曲第1番・第3番。
第1番は「春」というタイトルが付いていて今の時期らしい。
今回はエッシュンバッハの旧盤と新盤を聴き比べた。
1つがバンベルク交響楽団を振った1990~91年録音のもの。
もう一つが北ドイツ放送交響楽団を振った1998~99年録音のもの。
もちろん、2回目の録音の方が全般的にいいのだが、
それだけでなく、1回目には致命的な箇所があった。
第1番の4楽章を聴き、4分を過ぎたところ、
何とも言えぬ音の不快感があったのだ。
もう一度4分くらいのことろへ戻して聴いたところ、
4分23・24秒のことろにその問題の箇所があった。
なんと、オーボエが音を外しているのである。
もちろん、それは1音とかいうはっきりとわかるものではない。
ピッチが少しずれたくらいのものでやや高い低いのものだが、
そのあとを引き継いだ楽器もそれにつられ、
しばらく大変な状況になっている。
これで思い出したのが中学生の時合唱部にいた時の失敗である。
日本のオペラに「鷹の泉」という作品があり、
私はそこで百合若という役を演じたことがある。
テノールなのだが、主役は私を含め3人しかいない。
あとはみんな合唱団である。
主役は大変で歌詞とメロディーを暗記しないといけない。
文化祭の発表の日に事件は起こった。
途中私は歌うべき旋律を間違えて歌ってしまった。
これは次の歌い手の歌いに影響を与えるのでしてはいけないことだ。
だが、この時は先輩がうまくごまかしてくれたので、
初めてこの曲を聴いていた人にはわからなかったかもしれない。
実際にこの箇所は聴いた感じだが、
管楽器奏者にとって難しいところなのかもしれない。
でもこの旧盤にはその記録がはっきり残されてしまっている。
一応販売会社としては許容範囲ということなのだろうか、
そしてエッシェンバッハはこの失敗を塗り替えるために
早くもシューマンの交響曲全集を再録したのだろうか?
昨日は横浜駅から鶴見の三ツ池公園まで歩いた。
1号線をひたすら川崎方面に向かい北上し、
1時間半でようやく県立三ツ池公園についた。
まだまだ整備中のところが多い公園なのか、
中にある施設は新しいものが多い感じだ。
公園を抜け、環状2号線に出て、
菊名まで歩こうとしたら、
雨が降り始めたので新横浜までバスに乗った。
今日聴いたのはシューマンの交響曲第1番・第3番。
第1番は「春」というタイトルが付いていて今の時期らしい。
今回はエッシュンバッハの旧盤と新盤を聴き比べた。
1つがバンベルク交響楽団を振った1990~91年録音のもの。
もう一つが北ドイツ放送交響楽団を振った1998~99年録音のもの。
もちろん、2回目の録音の方が全般的にいいのだが、
それだけでなく、1回目には致命的な箇所があった。
第1番の4楽章を聴き、4分を過ぎたところ、
何とも言えぬ音の不快感があったのだ。
もう一度4分くらいのことろへ戻して聴いたところ、
4分23・24秒のことろにその問題の箇所があった。
なんと、オーボエが音を外しているのである。
もちろん、それは1音とかいうはっきりとわかるものではない。
ピッチが少しずれたくらいのものでやや高い低いのものだが、
そのあとを引き継いだ楽器もそれにつられ、
しばらく大変な状況になっている。
これで思い出したのが中学生の時合唱部にいた時の失敗である。
日本のオペラに「鷹の泉」という作品があり、
私はそこで百合若という役を演じたことがある。
テノールなのだが、主役は私を含め3人しかいない。
あとはみんな合唱団である。
主役は大変で歌詞とメロディーを暗記しないといけない。
文化祭の発表の日に事件は起こった。
途中私は歌うべき旋律を間違えて歌ってしまった。
これは次の歌い手の歌いに影響を与えるのでしてはいけないことだ。
だが、この時は先輩がうまくごまかしてくれたので、
初めてこの曲を聴いていた人にはわからなかったかもしれない。
実際にこの箇所は聴いた感じだが、
管楽器奏者にとって難しいところなのかもしれない。
でもこの旧盤にはその記録がはっきり残されてしまっている。
一応販売会社としては許容範囲ということなのだろうか、
そしてエッシェンバッハはこの失敗を塗り替えるために
早くもシューマンの交響曲全集を再録したのだろうか?