昨日は久しぶりに会った人と短い時間飲んだので、
ウォーキングを休みました。
昨日聴いたのは1912年生まれのサルマノフの交響曲。
サルマノフはレニングラードに生まれた作曲家で、
理科と音楽を好んだため、大学も理科大学に進み、
卒業後24歳の時にレニングラード音楽院に入学した。
グネーシンとシテインベルクに師事し、1941年卒業した。
その時期は、独ソ戦が展開された時期であり、
彼は軍務に服しており、30代半ばになって、
ようやく積極的に作曲活動を行うようになり、
徐々にその名声を獲得するようになっていったようだ。
交響曲第4番ロ短調は1963年作曲された3楽章制の作品で、
指揮者ムラヴィンスキーに献呈されている。
第1楽章モデラートは、弦の不安な雰囲気で始まる。
コラール風の旋律と牧歌風の主題を中心に展開される。
寂しさとのどかな感じで、しかしながら一部では、
ショスタコーヴィチ的なところもあり、最後は静かに終わる。
第2楽章行進曲風は、トランペットから始まる華やかな曲。
軽快な行進曲とスケルツォ風の諧謔的な音楽(ショスタコーヴィチ的)と
第1楽章のコラール風の主題が登場し、スケルツォ風の音楽が現れ、
最後は冒頭の華やかな音楽が再現されて終わる。
第3楽章アンダンテは、第1楽章の不安定な感じが続く。
第1楽章のコラール的な主題も登場しながら、
ショスタコーヴィチ風な展開を見せていく。
中間部に現れるフルート・ソロの寂しげな旋律が印象的だ。
何か自分の人生を振り返るかのような音楽である。
この交響曲を発表した翌年にサルマノフは亡くなっているので、
そのようなこともあるのかもしれないが、
最後の終わり方は安らかな感じで静かに終わる。
ウォーキングを休みました。
昨日聴いたのは1912年生まれのサルマノフの交響曲。
サルマノフはレニングラードに生まれた作曲家で、
理科と音楽を好んだため、大学も理科大学に進み、
卒業後24歳の時にレニングラード音楽院に入学した。
グネーシンとシテインベルクに師事し、1941年卒業した。
その時期は、独ソ戦が展開された時期であり、
彼は軍務に服しており、30代半ばになって、
ようやく積極的に作曲活動を行うようになり、
徐々にその名声を獲得するようになっていったようだ。
交響曲第4番ロ短調は1963年作曲された3楽章制の作品で、
指揮者ムラヴィンスキーに献呈されている。
第1楽章モデラートは、弦の不安な雰囲気で始まる。
コラール風の旋律と牧歌風の主題を中心に展開される。
寂しさとのどかな感じで、しかしながら一部では、
ショスタコーヴィチ的なところもあり、最後は静かに終わる。
第2楽章行進曲風は、トランペットから始まる華やかな曲。
軽快な行進曲とスケルツォ風の諧謔的な音楽(ショスタコーヴィチ的)と
第1楽章のコラール風の主題が登場し、スケルツォ風の音楽が現れ、
最後は冒頭の華やかな音楽が再現されて終わる。
第3楽章アンダンテは、第1楽章の不安定な感じが続く。
第1楽章のコラール的な主題も登場しながら、
ショスタコーヴィチ風な展開を見せていく。
中間部に現れるフルート・ソロの寂しげな旋律が印象的だ。
何か自分の人生を振り返るかのような音楽である。
この交響曲を発表した翌年にサルマノフは亡くなっているので、
そのようなこともあるのかもしれないが、
最後の終わり方は安らかな感じで静かに終わる。