た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

佐渡へ渡る!(その1)

2024年10月01日 | 紀行文

 九月の終わりに、佐渡島を訪れた。久しぶりの宿泊旅行で心躍る。カーフェリーを利用しての一泊二日の車の旅。一か月前から旅行冊子を買って計画を練り、普段しない洗車や、車内清掃、やったことのないタイヤの空気圧の点検までして準備する。空気圧の点検は、洗車場に無料で機器があったから使ってみた。正しく使えたのかはわからない。

 私と妻と柴犬、三者の旅である。犬を車に乗せるなんて愛犬家と思われるかも知れないが、犬を預けるところがないから仕方なく連れて行くのである。何年も前に一度、ペットホテルに預けたことがある。犬が店員に一切なつかず、散歩はおろか餌も拒否して吠えてばかりいた。私が迎えに行って店を出たとたん、路上に盛大な脱糞をした。以来気が引けて預けられないでいる。

 この厄介な性格の柴犬が、もう十一歳になる老婆なのだが、異常なまでのドライブ好きなのだ。日曜日に車のエンジンを掛けただけで、自分を乗せるよう猛アピールする。ワンワン、オン、ワオン、オオーン、と、明らかに何かを喋っている。おそらく、「乗せてってくれよう、ねえ、乗せてってくれよう、お願いだから乗せてってくれよう」とでも言っているのだろう。乗せたら乗せたで、開けた窓から鼻を出し、風を切って恍惚感に浸っている。つくづくおかしな犬である。日々、心の中で一週七日間をカウントしながら無聊を慰めているのだろう。

 僅かな睡眠をとって、深夜三時半、出発。異常性格の犬はもちろん、深夜だろうが、後部座席のドアを開けるだけで狂喜乱舞して乗り込む。(つづく)

※佐渡汽船上の筆者。明らかにカメラを意識している。

 

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敗残者

2024年09月16日 | 断片

 

  結局あなたは負けたのですよ────だからと言って、何もあなたから差し引かれるものはない。払うべきものもない。安心してください。大して損はしていませんよ。でも負けは負けです。その負けを背負ってずっと生きていく、その自覚こそが、負けたことに対する唯一の代償と言えるでしょう。あなたは自分ができなかったことについて、できたことよりもはるかにしつこく、鮮明に、そして苦々しく、思い出し続けねばならないのです。

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熱帯夜

2024年09月13日 | essay

 二階は暑いので、一階の和室で寝る。それでも布団が暑いので、畳の上に転がり出て寝る。頭上を虫の音が飛び交う。それならば秋が来るわけだ。しかし虫たちもその保証がないことに不安だろう。このまま灼熱の日々が続き、いつの日か地球は太陽のように燃え上がって灰燼と化すのではないか。半分溶けかかった保冷剤を頭に当てる。水滴が額を伝おうが枕に落ちようが構わない。秋は本当に来るのか。この夏は本当に終わるのか。体をのけ反らせて、電気ショックを浴びたように四肢を震わせる。体に纏わりつく熱気を振り落とさんばかりに。もちろんそんなものは振り落とせない。我々の「業(ごう)」は、そんな簡単に振り落とせない。

 保冷剤を首筋に当てるが、すでに溶け切ってゲル状になっている。保冷剤を畳の上に投げ捨てる。

 救いの手はあるのか。

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人間疎外

2024年08月23日 | essay

 

かつて「人間疎外」が叫ばれた時代があった。

社会の発展とともに急速に進む機械化の中で、人々がその歯車の一部として生きることを強いられ、人間らしさを奪われていく現象を言った。

現代はどうだ。

自動精算機で人間同士のやり取りを阻まれ、

レストランではロボットに給仕されて喜び、

システム改善の名のもとに生き方を矯正され、

どんどん何もしなくて良い世の中となり、

今や創造する自由まで奪われようとしている。

拍手! 人間が完成させようとしている人間疎外に、拍手。

その完成度の高さには、思わず、自然の摂理の関与さえ疑ってしまうほどだ。

 

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一ノ瀬園地

2024年08月05日 | essay

 上高地線を登っていると、やがて急で狭い坂道はバスやマイカーの行列でぎゅうぎゅうになる。それくらい上高地は人気がある。だが、トンネルを抜けてすぐの信号を乗鞍方面へと右折すると、とたんに車の数が減る。スキーシーズンでもない乗鞍に用はない、というわけだ。

 ところがその乗鞍高原には、なかなかに素敵な観光地が点在している。去年は三本滝を観に行った。そこも良かったが、今年は人に勧められて一ノ瀬園地に向かった。

 広大な森林の中を、小道がやたらと錯綜している。平地だから、歩くのに支障はない。折しも記録的な真夏日で、さすがに直射日光が当たると汗ばんだが、木陰が多く、小川もたくさん流れていて、川辺を通ればとても涼やかである。澄んだ水で、触ると冷たい。街中で暑さにやられた頭も、だいぶ回復してきた。

 自然の草花を楽しみながら歩いていたら、ついつい回り道したくなる。途中で一人、首にタオルを掛けた旅人に出会った。道を尋ねたら、「いや、こっちも道に迷っていまして」と返事が返ってきた。その割に慌てた素振りもない。彼はそのまま、けもの道のような脇道を選んで去っていった。あの調子だと、あえて道に迷っているらしい。それもよくわかる。

 池のほとりでシートを広げて仮眠したり、白樺のベンチで黙然としたりしながら二時間余りを過ごしてから、駐車場に戻った。併設の喫茶店でよく冷えたチャイとアイスをいただく。大変美味しい。チャイは白樺の皮か何かを使っていて、複雑な味がすっきりとまとまっている。アイスも手が止まらなかった。可愛らしい笑顔の女性が一人で切り盛りしていたが、ただ者ではない。

 また季節を変えて来ようと思った。

 

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邂逅

2024年08月03日 | 断片

 わずかに頬を赤らめて、その子は私を見つめた。

 蝉が鳴く。扇風機のはた、はた、という音。

 目を驚いたように見開いているが、口元はかすかに笑みを浮かべている。

 蝉が鳴く。汗ばむ手を膝の上で重ね、私は身を退いてその子を見つめ返す。

 美しい子だ。今日の暑さは36度を超えるかもしれない。

 蝉もいつしか鳴き止んだ。二つの椅子を引きずる音がした。

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地元の温泉「白糸の湯」にて詠める歌

2024年07月14日 | 短歌

 

 東屋と母屋の間に落ちる雨

 

   手を差し伸べて又  湯舟に沈まん

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女(ひと)。

2024年07月12日 | 断片

 

雨の日の小庭に咲く薔薇のような人だった。

 

どんなときに見せる笑顔も、そう、そっと泣き腫らした後のような。

 

 

 

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掻痒(そうよう)感

2024年07月09日 | essay

 何をやっても落ち着かない日、というのがある。

 窓の外を眺めても駄目。パソコンを開いても駄目。柔軟体操をしてみてもすぐに止め、コーヒーを淹れようと薬缶に水を溜めるが、結局気が変わり火にかけずじまい。思い切って屋外に出て街中を歩いてみても駄目。コンビニに立ち寄り菓子パンを買ったところが、全然食べたくなかったことに気づく始末。

 音楽でも聴けば良いが、音楽を聴く気にもならない。部屋のどこに座り込んでも、数分で、まだ立ち上がっている方がマシな気分になる。こんな精神状態で、用もなく電話できる相手もいない。

 何より落ち着かなくさせるのは、その原因が自分にあるからだ。

 ああ。そうだ。まるでずっと、「自分が気に食わない」、「自分が気に食わない」、とつぶやいているようなものなのだ。

 掻痒! 心の掻痒!

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因果

2024年07月08日 | うた

私は逃げようがないのです。と、花は答えた。

私はただ、ここで咲き続けるしかないのです。

あなた方に狂わされた日の光に照らされても

最後の水一滴が喉元から消えて去るまで

ただじっと微笑み続けるしかないのです。

それから静かに項垂れ、枯れ果てて

あなた方に踏まれる時を待つのです。 

 

 

 

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