た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

松本城

2007年08月05日 | 習作:市民
────風が心地いいでしょ?

────まあ、ね。でも、せっかくここまで昇ってきて、鉄格子に金網ってのは。

────せっかくの景色が台無しでしょ?

────うん。天守閣というより牢獄って感じがしますよ。

────ハト対策ですからね。

────ハト対策かあ。

────風は心地いいでしょ。

────風ね。さすがにね。

────やかましいでしょ。

────うん。すごいな。みんな床に座っておしゃべりしてる。

────いつもこうなんですよ。

────ここへはよく?

────よくというほどでもないですが。でも来ます。何ででしょうね。

────いつもこんな感じですか。

────景色がいまいちですからね。網と格子のせいで。

────確かに風は気持ちいいなあ。

────金網を見つめていると、人は多弁になるんです。

────ほんとですか。

────私はそう思っています。

 私と彼(名前はついに、訊かず仕舞いであった。)はそれから並んで腰掛けたまま、影が目に見えて伸びるまで沈黙した。

 風についての彼のこだわりを、それでも念のため問い質そうかと私が思い始めた矢先、彼は腰を上げ、「ではお先に」と言い残して去っていった。腕時計を見やれば、なるほどそろそろ閉館の時刻であった。
コメント
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