た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

7月15日

2009年07月15日 | essay
 東京から地元にUターンするという後輩が松本まで遊びに来てくれる。なぜかネクタイの締め方の話になり、私がもう十年以上も間違った締め方をしてきたことを指摘された。私の締めて見せたネクタイの結び目を見て、まるで太巻きだと、後輩はけらけら笑い転げた。なるほど、言われてみれば太巻きのようである。キャリアに対する自信はこのような些細なことで簡単に瓦解するのである。
 飲み明かした翌日、温泉場へと車を走らす。予定していた場所に入れず、先へ先へと進むうちに、いつしか県境を越えて、お隣岐阜県の平湯温泉までたどり着いた。入湯料はこころざしで、という露天風呂に浸かる。一時間ほども呆然と湯気を眺めたあと、上って外に出ると蕎麦屋が目の前にある。「蕎麦にするか」「だって他に選択肢はないでしょ」と会話を交わしながら暖簾をくぐる。囲炉裏の煙のくすぶる合掌造りの古民家で、苔むした萱ぶきの屋根からは、前の晩に降ったという大雨の滴が滴っていた。蕎麦も蕎麦湯もすこぶる旨かった。
 選択肢はない方がいいときもある。ネクタイの締め方を後輩から教わったが、もう忘れた。職場では今まで通りの締め方をしている。後輩は地元で頑張ればいいと思っている。
コメント (2)
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