長い山道であった。下手の斜面にはシダが生い茂り、もし滑落したら餌食として食べてくれる動物には事欠きそうになかった。上手の斜面を見上げれば、情念の塊みたいに根を張り枝を伸ばした落葉樹が今にも覆い被さらんとしていた。山道というよりははるかにけもの道というにふさわしい道であった。
男は二人とも、首も背中もぐっしょりと汗で濡れていた。
「おい山頂はまだか」
後方の男が膝に手を当てて登りながらつぶやく。
「この調子だと、山頂に着いても、この調子かもな」
前方の男は帽子を団扇代わりに仰ぎながら答えにならない答えを返す。
「おい、そりゃどういうこった」
「景色が開けているとは限らん、というこったよ」
「なんだよ、おい、それじゃ登る意味ないじゃないか」
「登ってみないとわからんだろう」
「おい勘弁してくれよ」
「ぶつぶつ言わずに登りなさいよ」
「暑いんだよ」
「暑い。確かに暑いなあ」
二人のゼイゼイと息を切らす音がしばらく続いた。
「でもなあ、おい、登ったところで、景色が見えないんじゃどうなんだ」と後方がまたぼやく。
「だから、登ってみないとわからんって」と前方。
後方はついに足を止めた。顔をタオルでくしゃくしゃに拭き、天を仰ぐ。「わからんのは勘弁だ」
前方も立ち止まってペットボトルの水を口に含む。「お前さんは何かい、登ったら何が見えるか、知っているところに登りたいのかね」
「ああそうだね」
「そりゃ山登りじゃないよ、俺に言わせれば。わからない結果を求めるのが冒険、ってなもんだろう」
そう言う彼も随分荒い息を吐いている。
「ちぇっ、自分の下調べ不足を棚に上げやがって」
「じゃあここで引き返すかい」
「引き返すって、おい、ここまで登ってきた苦労をどうしてくれるんだい」
「いや、引き返す方が利口かも知れん。と言うのも、こりゃほんとに先が見えん」
「なんだ、お前も引き返したいのか」
「さっき、山頂まで0.5キロって看板があったが、あれから五百メートルは歩いたはずだけど、ほら、また0.5キロの標識だ」
「どれ。おいほんとだ」
「こりゃひょっとして、魔の山かも知れんな」
「魔の山だ。引き返そう、引き返そう」
「うん、引き返そう」