上高地を歩く。河童橋から徳沢を過ぎる。
行けども行けども人が多い。人の背中を見て歩き続ける。木立の向こうは透き通った綺麗な川である。穢れたものや愚かなものは一切流しそうにない川である。ましてや人間の手など浸してほしくないだろう。川原に猿がいた。猿も人間に見飽きたのか、行列が通っても知らんぷりである。
この辺りで引き返すことに決めた。
上高地にはウェストン碑がある。
日本アルプスをこよなく愛した彼は、イギリスに帰国してのち、彼のもとを訪ねた日本人に対し、上高地のことを矢継ぎ早に尋ねたという。そして最後に、「上高地にホテルが建つというのは本当か」と尋ねた。
その通りだという答えを受け取ると、彼は背を向けて窓の外を眺め、静かに涙を浮かべたという。
彼の胸中は、語られていない。