色褪せた暖簾をくぐって格子戸を開けると、割烹着を来てテーブルを拭く老婆と目が合った。
「おや、いらっしゃい」
今まで会ったこともないのに、懐かしそうな笑顔を見せる。
広い土間の中ほど、石油ストーブに足を投げ出せる席に腰かけた。客は自分の他には、隅っこで鍋焼きうどんをつつき合う中年夫婦が一組。口に爪楊枝をくわえて新聞を広げている肉体労働者風の男が一人。
壁に貼られた品書きをぐるりと見渡す。
「外は冷えとるかえ」
老婆がお茶を差し出しながらつぶやく。
「今夜はね」
襟巻を外して、冷え切った両手を握りしめる。体が徐々に店内の暖かさに慣れていく。
「何にしましょう」
「そうだな、一本付けてもらっていいですか」
「へえへえ」
「それと、おでんありますか」
「へえへえ、ありますよ」
「じゃあおでん一皿と」
埃を被った神棚になぜか小さな達磨が飾られているのを見上げて、不意に幸せな気分が腹の底から湧き上がってくるのを覚えながら、私は小さく微笑んで言う。
「とりあえずはそれで」
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・・・・・・というような遣り取りを、早くまたしたいこの頃である。