レスリングがオリンピックから外されそうということでマスコミは大騒ぎだが、これもどっちでもいいと言えばどっちでもいい問題だ。唯、何故レスリングがと考えるといろいろ不思議な点がある。例えば、外すのはレスリングよりはテコンドーの方が先だろうと。歴史、浸透度から言えばどう考えてもレスリングに分があると思うのだが(女子は除く)。結局これは不思議でもなんでもなく、政治力と金の力が働いたかどうかだけが問題だったのだ。レスリングもロシアマネー(石油関係の)が注がれていたら絶対こんなことにはなっていない。残念ながらロシアマネーはサッカーにしか興味がなかったわけだ。
基本的に格闘技系は全てオリンピックから外せばいいと思うが(理由は審判の判定という曖昧な基準に負っているから)、ここはやはりオリンピックそのものの意味を考え直した方がいいのではないか。今や根本原理が市場原理であるスポーツ界と言うのはどうなんだ。そして、オリンピックが絶対的価値のように思われている状況にも疑問がある。日本を元気にするとか言ってるが、一時の熱狂の後に待っているのは放心ではないのか。お金を使うのならオリンピックのためよりはまず復興に、そして持続する元気のためにはスポーツよりは理系に金を使え(技術立国のため)、と思うのだ。スポーツに使うのは、一般国民が普段から自由に遊べるスポーツ環境のために。