権威と権力 ―いうことをきかせる原理・きく原理―, なだいなだ, 岩波新書 C36(青版)888, 1974年
・「ダライ・ラマ」のような、不思議な響きの著者名、ただそれだけにひかれて手に取った本。
・書名より政治学分野の難しい内容を想像したのですが、それとはかなり趣の異なる本でした。医者の "先生" と高校生のA君との対話形式で話は進み、『権威と権力』の正体を徐々に解き明かしていきます。平易な文章で読み易く、「世の中の仕組み」について考えさせられる良書。
・「ある日のことである。一人の高校生が私をたずねて来た。そして、私に、こんな質問をした。
――あの、ぼくは、現在、学校でクラス委員をしているのですが、ぼくたちのクラスは、ぜんぜんまとまりがないのです。てんでんばらばらなのです。みんな自分勝手なことをしています。クラス委員として、みんなをひとつにまとめるには、どうしたらいいでしょう。」p.2
・「――さて、では、このばらばらになった日本にとって、君は、今、何が一番必要だと思う。 私は、彼にそう質問した。
――英雄です。
A君は、ためらいも見せずにそういった。」p.7
・「――では、きまりが、あるいは、きまりをまもらせていたものが失ったものは何だろう。
A君は、考えていた。そして、首をひねりながら、つぶやくようにいった。
――そうですね。さまざまな点で、これまであった権威が失われたこと、そこに問題があるのではないでしょうか。」p.15
・「先生とか父親とかの場合にも、半分は権威を失ったものに責任があるとしてもだよ、別の半分は権威を認める側の問題でもあると思うのだ。
――つまり、親が親らしくないこともあるが、子供が親の権威を認めなくなり、先生が先生らしくないとしても、生徒が先生の権威を認めなくなったことも問題だ。そういいたいわけですね。」p.21
・「――ま、『広辞苑』をあとでひいてみるのもいいさ。しかし『広辞苑』のできない以前の人は、そこにのせられた定義など知らないで言葉を使っていたのだからね。それを忘れちゃ困るな。」p.52
・「――つまり、権威とは、命令とか服従とか、信じるとか信じないとかの、そういう人間関係を支えているなにかなのだね。」p.53
・「――これは面白いね。君の話を聞くと、権威と権力が、どんなふうにつながりあっているかがわかるよ。先生たちは、自分の権威が落ちたことを感じている。だが、自分たちの上の権威を信じている。自分のいうことを、生徒たちが、進んできいてくれることがないから、そこで、無理に君たちに、いうことをきかせようとする。しかし、その時にも自分より上のところにある権威の力をかりて、進んでいうことをきいてもらいたいと思っているわけだ。」p.60
・「――権威も権力も、いうことをきき、きかせる原理に関係している。権威は、ぼくたちに、自発的にいうことをきかせる。しかし、権力は、無理にいうことをきかせる。そして、今のぼくたちの社会は、少し、それがくずれかけてはいるけれど、この権力と権威が二重うつしの一つのイメージを作っていて、それがぼくたちにいうことをきかせ、まとまりを作らせている。こういうわけだね。」p.62
・「――それは、ぼくたちの知的欲望が、感情の上にのっかっているということだ。
――そうです。
――その感情はなんだと思う。
――なんでしょう。
――不安ではないだろうか。
――なるほど。知りたいというのは、知らないでは不安だというわけですね。」p.79
・「――なに、そんなにむずかしいことじゃない。人間は、自分のありのままの姿を見ないように、見ないようにする傾向があるのさ。」p.94
・「自分たちが判断することをあきらめて、誰かに判断をゆだねる。そこに権威のはいりこむすきができるのさ。これからもわかるように、自分にはわからない、という自分の無知の認識が権威のはいりこむ条件のひとつだね。」p.111
・「その時、権威にたよらないで判断する方法があるのでしょうか。
――あるさ。どんな判断も絶対的なものではないという条件で、判断すればいいのだよ。だが、絶対的な判断を求めてしまうから、ぼくたちは権威主義的になる。」p.118
・「――権威をぐらつかせることは、実は、そのまわりにある人垣と、たたかうことになるのですね。
――そうだよ。だから権威をくつがえすためには、まず、そのまわりにある人垣の、一人一人の内側にある不安を問題にしなければならない。」p.123
・「たしかに、クラスのまとまりはなくなりました。だが、そのかわりに、もっと大きなまとまりが、できかかっているんです。それに、ぼくは気がつかなかったんですよ。」p.129
・「――なるほど。つまり、もう一つの点を見つけて、三角形を作ることだね。三角形を作れば、距離がはかれる。これならば、自分が無知のままでも、一つの権威だけに従うことはない。では、それで、なにがわかるのだろう。
――そうですね。二人の話を比較すれば、自分たちは無知であっても、相手の二人の知り方の深さを知ることはできるでしょう。」p.146
・「――つまり、その規則が、ぼくたちをまもるためには無縁のものになり、ただ規則の権威をまもるだけ、それに無理に従わされることになった時、ぼくたちは理を感じない。強制を感じる。そこが問題なのさ。」p.178
・「ぼくは、革命が権力奪取を目標にしたものでなく、権力そのものの否定でなければいけないのじゃないかと思う。だから打ち倒そうとする対策の権力ばかりでなく、自分たちの内部にある、権力主義や権威主義の否定でなければならないと思う。」p.197
・「――そこでなんだ。人間は、はたして、ばらばらのまま、生きられないものなんだろうか。
――ばらばらのままですか。
――そうなのさ。まとめようとする外からの力なしに、ばらばらのままで生きられないのだろうか。
――なんだか、むずかしそうですね。」p.211
・「――ごく簡単なことなのだけれど、ぼくたちは、とかく全体というものを考え、そして個々のものを、部分と考えがちなのさ。しかし、全体というものは、観念の中にしかない。現実にあるものは、個々のものだけなのだ。それが、忘れられているように思えるのだよ。」p.214
・「――ともかく、一人一人の目的、一人一人の理想が一致しているだけで、組織という全体の目的も理想もないことが、わかればいいんだよ。そうみることができれば、組織は権威も権力も持つことができなくなる。無理に組織がいうことをきかせることもできなくなる。逆に、組織は、ぼくたち一人一人の意志を調和させて、動くことになるのさ。」p.216
・「――しかし、まとまらせようとすることに、問題があるということが、話をしていてわかりました。失われたのは、失われる理由があったからだし、それを考えずに失われたまとまりをとりもどそうとすることが無理だということが。
――そうかね。それがわかればいいのさ。
――そして、ぼくたちが、まとまりのある社会ではなくて、調和のとれた社会を目ざさなければならないことも、わかったのです。そして、結局はその方向しかないことも。」p.236
・「ダライ・ラマ」のような、不思議な響きの著者名、ただそれだけにひかれて手に取った本。
・書名より政治学分野の難しい内容を想像したのですが、それとはかなり趣の異なる本でした。医者の "先生" と高校生のA君との対話形式で話は進み、『権威と権力』の正体を徐々に解き明かしていきます。平易な文章で読み易く、「世の中の仕組み」について考えさせられる良書。
・「ある日のことである。一人の高校生が私をたずねて来た。そして、私に、こんな質問をした。
――あの、ぼくは、現在、学校でクラス委員をしているのですが、ぼくたちのクラスは、ぜんぜんまとまりがないのです。てんでんばらばらなのです。みんな自分勝手なことをしています。クラス委員として、みんなをひとつにまとめるには、どうしたらいいでしょう。」p.2
・「――さて、では、このばらばらになった日本にとって、君は、今、何が一番必要だと思う。 私は、彼にそう質問した。
――英雄です。
A君は、ためらいも見せずにそういった。」p.7
・「――では、きまりが、あるいは、きまりをまもらせていたものが失ったものは何だろう。
A君は、考えていた。そして、首をひねりながら、つぶやくようにいった。
――そうですね。さまざまな点で、これまであった権威が失われたこと、そこに問題があるのではないでしょうか。」p.15
・「先生とか父親とかの場合にも、半分は権威を失ったものに責任があるとしてもだよ、別の半分は権威を認める側の問題でもあると思うのだ。
――つまり、親が親らしくないこともあるが、子供が親の権威を認めなくなり、先生が先生らしくないとしても、生徒が先生の権威を認めなくなったことも問題だ。そういいたいわけですね。」p.21
・「――ま、『広辞苑』をあとでひいてみるのもいいさ。しかし『広辞苑』のできない以前の人は、そこにのせられた定義など知らないで言葉を使っていたのだからね。それを忘れちゃ困るな。」p.52
・「――つまり、権威とは、命令とか服従とか、信じるとか信じないとかの、そういう人間関係を支えているなにかなのだね。」p.53
・「――これは面白いね。君の話を聞くと、権威と権力が、どんなふうにつながりあっているかがわかるよ。先生たちは、自分の権威が落ちたことを感じている。だが、自分たちの上の権威を信じている。自分のいうことを、生徒たちが、進んできいてくれることがないから、そこで、無理に君たちに、いうことをきかせようとする。しかし、その時にも自分より上のところにある権威の力をかりて、進んでいうことをきいてもらいたいと思っているわけだ。」p.60
・「――権威も権力も、いうことをきき、きかせる原理に関係している。権威は、ぼくたちに、自発的にいうことをきかせる。しかし、権力は、無理にいうことをきかせる。そして、今のぼくたちの社会は、少し、それがくずれかけてはいるけれど、この権力と権威が二重うつしの一つのイメージを作っていて、それがぼくたちにいうことをきかせ、まとまりを作らせている。こういうわけだね。」p.62
・「――それは、ぼくたちの知的欲望が、感情の上にのっかっているということだ。
――そうです。
――その感情はなんだと思う。
――なんでしょう。
――不安ではないだろうか。
――なるほど。知りたいというのは、知らないでは不安だというわけですね。」p.79
・「――なに、そんなにむずかしいことじゃない。人間は、自分のありのままの姿を見ないように、見ないようにする傾向があるのさ。」p.94
・「自分たちが判断することをあきらめて、誰かに判断をゆだねる。そこに権威のはいりこむすきができるのさ。これからもわかるように、自分にはわからない、という自分の無知の認識が権威のはいりこむ条件のひとつだね。」p.111
・「その時、権威にたよらないで判断する方法があるのでしょうか。
――あるさ。どんな判断も絶対的なものではないという条件で、判断すればいいのだよ。だが、絶対的な判断を求めてしまうから、ぼくたちは権威主義的になる。」p.118
・「――権威をぐらつかせることは、実は、そのまわりにある人垣と、たたかうことになるのですね。
――そうだよ。だから権威をくつがえすためには、まず、そのまわりにある人垣の、一人一人の内側にある不安を問題にしなければならない。」p.123
・「たしかに、クラスのまとまりはなくなりました。だが、そのかわりに、もっと大きなまとまりが、できかかっているんです。それに、ぼくは気がつかなかったんですよ。」p.129
・「――なるほど。つまり、もう一つの点を見つけて、三角形を作ることだね。三角形を作れば、距離がはかれる。これならば、自分が無知のままでも、一つの権威だけに従うことはない。では、それで、なにがわかるのだろう。
――そうですね。二人の話を比較すれば、自分たちは無知であっても、相手の二人の知り方の深さを知ることはできるでしょう。」p.146
・「――つまり、その規則が、ぼくたちをまもるためには無縁のものになり、ただ規則の権威をまもるだけ、それに無理に従わされることになった時、ぼくたちは理を感じない。強制を感じる。そこが問題なのさ。」p.178
・「ぼくは、革命が権力奪取を目標にしたものでなく、権力そのものの否定でなければいけないのじゃないかと思う。だから打ち倒そうとする対策の権力ばかりでなく、自分たちの内部にある、権力主義や権威主義の否定でなければならないと思う。」p.197
・「――そこでなんだ。人間は、はたして、ばらばらのまま、生きられないものなんだろうか。
――ばらばらのままですか。
――そうなのさ。まとめようとする外からの力なしに、ばらばらのままで生きられないのだろうか。
――なんだか、むずかしそうですね。」p.211
・「――ごく簡単なことなのだけれど、ぼくたちは、とかく全体というものを考え、そして個々のものを、部分と考えがちなのさ。しかし、全体というものは、観念の中にしかない。現実にあるものは、個々のものだけなのだ。それが、忘れられているように思えるのだよ。」p.214
・「――ともかく、一人一人の目的、一人一人の理想が一致しているだけで、組織という全体の目的も理想もないことが、わかればいいんだよ。そうみることができれば、組織は権威も権力も持つことができなくなる。無理に組織がいうことをきかせることもできなくなる。逆に、組織は、ぼくたち一人一人の意志を調和させて、動くことになるのさ。」p.216
・「――しかし、まとまらせようとすることに、問題があるということが、話をしていてわかりました。失われたのは、失われる理由があったからだし、それを考えずに失われたまとまりをとりもどそうとすることが無理だということが。
――そうかね。それがわかればいいのさ。
――そして、ぼくたちが、まとまりのある社会ではなくて、調和のとれた社会を目ざさなければならないことも、わかったのです。そして、結局はその方向しかないことも。」p.236