脳の手帖 ここまで解けた脳の世界, 久保田競 他, 講談社ブルーバックス B-605, 1985年
・「脳」についての入門書。例えば「脳はなぜ頭にあるの?」というような素朴な疑問に専門家が答える形式での一問一答が計104問。巻末には筆者等による対談やさくいん付き。文章は二段組のレイアウトで約300ページに渡ってみっちりと書かれているので、なかなかの読み応えです。ただし、既に20年以上前の本なので多少古臭さを感じる内容も。「脳についてほとんど分かっていない」という点では今も昔も変わりませんが。
・執筆陣:久保田競、塚原仲晃、鳥居鎮夫、岩村吉晃、松波謙一、三上章允、松村道一、沢口俊之、渡辺京子、松沢哲郎、有国富夫、市邨孝雄。
・本のカバーは上手くするとイラストが立体視できるという変わりダネ。
・「本書「脳の手帖」は、誰もが興味をもつ脳についての素朴な疑問の中から104問をえらんで、現在の脳研究のレベルで、脳を研究する専門家としての立場から、多くの人が理解できるよう解答に挑戦したものです。」p.5
・「1980年頃から脳についての一般書が数多く出版されていますが、その中の一つに本書を加えたいと思ったのは、脳について間違ったことが書かれすぎているからです。研究成果を間違いなく伝えることにたいへん努力しました。」p.6
・「心は脳の中にあるのではなく、脳の特別な働きの作用そのものです。」p.15
・「脳という漢字を分解すると「月」は内臓器官をあらわし、「凵」は頭蓋で、「ツ」は頭髪で、「メ」が脳なのです。」p.15
・「それにしてもどうして脳の特別な働きが心として自覚されるのでしょうか? この点は現代の脳研究の現状では全くわかっていません。脳が働くことと心をもつこと――両者の関係は今後の脳研究に残された大きな問題のひとつです。」p.17
・「前進する動物の場合、体の前端にある口の周囲がもっとも刺激を受けやすく、当然そこにいろいろな感覚器が集中します。一方、神経系というものは、外部からの刺激に対応して適切な反応を起こす指令を出すところですから、神経管の前端も発達し、膨らんできて脳となったわけです。」p.18
・「自然は、ある単純な性質のものが多数集まるとき、それぞれの単純な性質からは考えられなかったような新しい性質を作り出します。原子の集合がタンパク質や脂質などの高分子化合物を、高分子化合物の集合が生命を作り出すのは、その一例です。」p.19
・「人間では左右の脳は異なった働きをしていて、正常の人間でも左右の脳が独立に働くことが考えられます。ガザニガは一つの脳に二つの心があると考えている学者の一人です。私たちの生活では左右脳がバランスよく働いているのが普通ですが、ときに、独立して働くことはありそうです。」p.24
・「脳は神経という電線がはりめぐらされた電気回路=コンピュータのようなものだと考えることもできますが、「化学機械」としても、とらえることができます。脳は電気信号と化学信号の両方を使った神経を媒介して働く複雑なシステムであるという見方が重要です。」p.33
・「運動神経は、直径が太いか、細いかによって、活動電位の伝導速度が変わるのです。運動神経が細いと活動電位の伝わるスピードがおそくなります。」p.38
・「神経はいくら使っても、つまり活動電位を運ぶ回数がふえても、伝導速度が速くなることはありません。筋肉を使う練習をしても変わることはありません。運動神経がにぶいということはないのです。」p.39
・「脳にある細い血管、つまり毛細血管は、脳以外のあらゆる器官、例えば、腸管や筋肉の血管と異なり、血液の中から神経細胞にとって有用なものだけを選んで神経細胞に届けるという際立った働きをしています。」p.50
・「体の中で熱を生産する臓器(器官)として一番大切なのは、骨格筋です。それは、体の半分を占めるほどに、その量も多いのです。」p.73
・「カラテ・チョップも全く同じ理屈で、この頚動脈洞の圧受容器に強い衝撃を与え、心臓反射を激しく起こさすのです。血圧が瞬間的にひどく下がり、脳へ血液がいかなくなるために、大の男も一瞬気を失いふらふらとして倒れてしまうというわけです。」p.89
・「幼児の遊びをみても女の子は静かにするママごと遊びを好みますが、男の子は筋肉を使う荒っぽい遊びを好みます。この違いは思春期の性ホルモンの働きではなく、最近の研究では脳の働き方が幼児のときから男女で違うから起こるのであるとされています。男性と女性の脳の形の違いは、実は胎児のときからすでに存在するのです。」p.117
・「ヒトの大脳は右半球と左半球の二つから成り立っています。そして、左の大脳(左脳)は身体の右側を支配し、右の大脳(右脳)が身体の左側のことを司っています(交叉支配)。なぜ、そうなのかといわれても、大昔、脊椎動物が現れた時からそうなのだから仕方ありません。謎です。脳の大不可思議の一つです。ついでに申し添えれば、昆虫など無脊椎動物では、右の脳が右の体、左の脳が左の脚や体を支配しています。この方がまともだと私なども考えます。」p.121
・「ヒトとチンパンジーの言葉の能力の差は、語から文を構成することができるかどうか、そのあたりにありそうです。」p.126
・「小脳の特徴は、「小脳は時計だ」といわれるように、運動にとって必要な正確な時間を作ることにあるようです。」p.145
・「個人個人の人間がする特有な行動傾向のことを性格といいます。人格という意味も、ほぼ同じ意味で使われています。あえて違いをいうとすれば、性格は他人との傾向の違い、人格はその人の統一とれた傾向のことをいうときに使われます。」p.160
・「ではなぜ、断眠ができないのか。神経細胞は、体の細胞と違って壊れたら再生しないという性質があるので、眠りは脳を保護する安全装置の役割をしているためです。断眠中、脳波を記録して調べると、極めて短時間、睡眠脳波が、目を開けていても出ることが見つかり、これを「マイクロスリープ」と呼んでいます。断眠中には、このマイクロスリープが頻発してくるので、厳密な断眠は事実上不可能なのです。」p.174
・「頭が良いというのは、ある条件で、解決しなければならない問題があるとき、その時にくる外からの刺激や、過去に記憶したことから、次にとるべき行動を正しくえらんで、実行できる人のことです。記憶している量が多いほど、行動を選ぶときに参考にできる記憶の量が多くなります。」p.185
・「「天才の心理学」という本を書いたドイツの精神医学者クレッチマーによると「天才」とは、積極的な価値感情を、広い範囲の人びとに、永続的に、しかも稀にみるほど強く、よび起こすことのできる人格のことです。」p.190
・「パブロフの発見が画期的だったのは、適当な方法を用いれば、本来無関係だった刺激と反応が新たに "連合される" ことを初めて示した点にあります。これは学習の一種です。学習とは、生まれながらに備わっていなかった反応や行動を生まれた後に獲得することだからです。」p.193
・「現代の狼少女ともいわれているジーニーは、一歳ころまで普通に育てられたアメリカ娘でした。一歳半になったとき、精神異常の父親がジーニーを一部屋に閉じこめて、ベッドにくくりつけてしまいました。ジーニーはそのままの状態で13歳まで育てられました。父親が一日に一回やってきて、食事を口の中へ流しこみます。ジーニーが声を出すと、父親はなぐりつけるのでジーニーは声を出さなくなりました。13歳になったときジーニーは病院へつれてこられることになったのですが、声をかけても、返事もせず、眼をあけて、じっと話す人の方を見つめているだけでした。もちろん言葉は全くしゃべれません。しかしまわりの人たちが、言葉の特訓をはじめたところ、一年で数百の単語をおぼえ、少しは言葉をしゃべれるようになりました。」p.196
・「シェーには幼児の頃から、"共感覚" と呼ばれる現象がありました。共感覚とは、音を聴くと色や形が見えたり、においを感じたりする現象で、その脳内メカニズムは不明です。たとえば、シェーは、50ヘルツの音を聴いた時、次のように報告します。「暗い背景に赤い舌を持った褐色の線条が見えます。その音の味は甘酸っぱく、ボルシチに似ていて、味覚が舌全体をおおいます」と。」p.211
・「交通信号も赤や青でゴー・ストップを示していますが、これも手の図形を使った方がよい。なぜ赤だと止まるのかと考えてみるとよくわからなくなります。赤は動脈を表わし、青は静脈を表わし、中性のヨーロッパでは外科医の標章でした。これを利用したものでしょうか。」p.220
・「ポルトマンによると、ヒトは生後一歳になって、他の哺乳類の新生仔に匹敵する発育状態になります。つまり、ヒトは一年ほど早く産まれてしまうのです。」p.226
・「巨大でいびつな頭部と子どものような体つき――未来人はそんな姿をしているのかもしれません。」p.228
・「ヒトの足は他の霊長類とはかなり趣を異にしています。いいかえれば、ウシやウマの脚に近くなった、むしろ退化したわけです。ただ、この場合、ヒトは足が退化した分を、脳の進化という形で取り戻しています。」p.230
・「いったんコンピュータが人間の頭脳を超えたと思われる分野では、コンピュータが独り歩きを始めるでしょう。コンピュータの出す答えが正しいかどうか、もはや人間には判定がつかないでしょうから。」p.235
・「つまり、脳の回路の形成には、神経細胞の分裂――増殖よりもむしろその死が重要と考えられます。回路をつくるのに神経細胞の数が増えては困ったことになってしまいます。」p.236
・「心とは活動している脳の働きの一側面です。心を総合的にとらえることは難しいのですが、心には知、情、意の三つの側面があるということは、一般に認められています。(中略)コンピュータについても、この三つの側面を検討することが必要です。」p.239
・「脳が論理的には完全でない、ごく大まかなシステムであることこそが、脳の創造性の原点である、というアイデアから、論理的には多少ルーズなコンピュータを作ろうとしている研究者もいます。」p.242
・「人間では筋肉の使い方が経済的です。哺乳類の中で、一定の距離を移動するのに使われるエネルギーが、体重あたりいちばん少なくてすみます。しかも時速六キロまでは歩いた方が、それを超えると走った方がエネルギーが経済的です。」p.244
・「脳移植の実験は今世紀の初めごろ(1917年)、ダンがすでに試みていて、脳の一部が他の脳に移植できることを最初に報告しましたが、画期的なのは1976年のビョルクランドたちの実験です。彼らは新生仔のラットの脳の一部を大人のラットの脳に移植し、それが大人の脳内で生きつづけていることを明らかにしたのです。」p.245
・「脳の移植は胎児や新生仔の未熟な脳の一部を移植したときに可能で、そして移植片とホストの脳との間には不完全な神経回路ができるわけです。」p.246
・「脳全体を移しかえるというのは、とても無理な話ですが、一部の脳の働きを回復させるため、またはよくするためにも移植技術は使われそうです。」p.248
●以下、『脳研究の最前線から(対談 塚原仲晃 久保田競)』より
・「人間がつくるんじゃなくて、自然がつくり上げた脳を研究してたという時代から、今度は人間が手を加えて新しい脳をつくって、それを研究するという時代に変わりつつあるということですね。」p.258
・「脳の研究というのは最終の科学研究の一つのフロンティアです。」p.261
・「脳研究が最後のフロンティアといわれるわけですが、最後のフロンティアといわれる中で、最後まで残る問題は一体何であろうかということを考えてみますと、一つは心のメカニズムということだと思います。言い換えれば脳の最高次の働きとして、心、つまり知・情・意があるわけで、その脳内の機構が将来の目標として存在するということはまず異論のないところだと思います。 これは人間は何であるかというのを脳研究の立場から答えることであります。そういう問題を解くことがやはり脳研究の終極の目標であるというふうにいえると思います。」p.264
・「脳研究者の数ですが、アメリカでは二万人位、ヨーロッパ全体では三千人位、日本では二千人位ですね。それ位の割合でやってまして、やはり非常に新しい考え方、すばらしい成果はやっぱりアメリカが多いですね。」p.266
・「日本の脳生理学では非常にいい研究の伝統があった上に、偉い先生が出てきて弟子をたくさんつくったということが、日本のレベルが高いことにつながってるのだと思うんです。」p.270
・「わかりやすくいいますと、大脳というのはいろんなものをつくり上げていく、ある意味でいえば、粘土をこねて、たとえば彫塑にする。小脳のほうは、こっちからのみでもってまわりを削っていって、ある像をつくる。削るほうは小脳で、何かつけ加えてパターンをつくるのは大脳だといえます。」p.271
・「神経細胞の働きとしては大分わかってきたのですけれども、これからはいろんな物質のかかわりですね。それがどういう風に神経細胞の働き方に関与するかということですね。たとえばいろんなアミンやペプチドが伝達物質や修飾物質として絡んでいる、それがまだよくわかってないですね。」p.273
・「いま現在で、脳研究の最先端のところで一番注目されている分野はなんでしょうか、ここが一つこえられるとまたさらに脳研究が進む、そんな突破口になるような研究は何でしょうか。
塚原 「記憶」の研究ではないかと思います。」p.276
・「だから、そういう脳の負担を何とかして軽減するようなものを人類が手にしない限りは、必ず情報洪水で人間の脳は参ってしまうでしょう。そういう意味のニーズがあるわけです。だから脳の機能、特に記憶とかのメカニズムがわかれば、そこから人間の能力をグレードアップすることが期待できるわけです。かなり夢物語的な感じはするんですが。」p.277
・「「日本人は創造性がない」といういい方は、ぼくは間違ってると思います。ただ、たとえばノーベル賞をもらう位の非常に重要な自然科学の原理を見つけるようなことでは、確かに外国人に劣っていたかも知れない。(中略)たとえば安い自動車をつくる、小型自動車をつくるとか、新幹線をつくる、そういうのをどうして創造性といわないんだって、最近「ネイチャー」という自然科学者のための週刊誌が日本人の態度を皮肉って書いてありましたけどね。日本人は、自らが創造性がないんだと卑下して、ドライブをかけるという傾向があるんじゃないですか。もっと自信を持たなきゃと思います。」p.281
・「研究費を税金から引き出すという意味では、日本では最近まで物理の人が一番努力してますよ。化学の人がその次でね、生物学関係はあまりやってこなかった。医学関係は別の所からお金が入ってきてましたのであまりやって来なかった。」p.286
・「たった1.5リットルの水っていう表現があるんです。要するに、脳を構成しているのは、組織からいいますと、ほとんど水なんです。重さにしても、大体1.5キログラムですね。その水がいろいろのことをやってるんですよ。結局、この世の中の文明をつくったのは、1.5リットルの水なんですね。」p.289
・「脳」についての入門書。例えば「脳はなぜ頭にあるの?」というような素朴な疑問に専門家が答える形式での一問一答が計104問。巻末には筆者等による対談やさくいん付き。文章は二段組のレイアウトで約300ページに渡ってみっちりと書かれているので、なかなかの読み応えです。ただし、既に20年以上前の本なので多少古臭さを感じる内容も。「脳についてほとんど分かっていない」という点では今も昔も変わりませんが。
・執筆陣:久保田競、塚原仲晃、鳥居鎮夫、岩村吉晃、松波謙一、三上章允、松村道一、沢口俊之、渡辺京子、松沢哲郎、有国富夫、市邨孝雄。
・本のカバーは上手くするとイラストが立体視できるという変わりダネ。
・「本書「脳の手帖」は、誰もが興味をもつ脳についての素朴な疑問の中から104問をえらんで、現在の脳研究のレベルで、脳を研究する専門家としての立場から、多くの人が理解できるよう解答に挑戦したものです。」p.5
・「1980年頃から脳についての一般書が数多く出版されていますが、その中の一つに本書を加えたいと思ったのは、脳について間違ったことが書かれすぎているからです。研究成果を間違いなく伝えることにたいへん努力しました。」p.6
・「心は脳の中にあるのではなく、脳の特別な働きの作用そのものです。」p.15
・「脳という漢字を分解すると「月」は内臓器官をあらわし、「凵」は頭蓋で、「ツ」は頭髪で、「メ」が脳なのです。」p.15
・「それにしてもどうして脳の特別な働きが心として自覚されるのでしょうか? この点は現代の脳研究の現状では全くわかっていません。脳が働くことと心をもつこと――両者の関係は今後の脳研究に残された大きな問題のひとつです。」p.17
・「前進する動物の場合、体の前端にある口の周囲がもっとも刺激を受けやすく、当然そこにいろいろな感覚器が集中します。一方、神経系というものは、外部からの刺激に対応して適切な反応を起こす指令を出すところですから、神経管の前端も発達し、膨らんできて脳となったわけです。」p.18
・「自然は、ある単純な性質のものが多数集まるとき、それぞれの単純な性質からは考えられなかったような新しい性質を作り出します。原子の集合がタンパク質や脂質などの高分子化合物を、高分子化合物の集合が生命を作り出すのは、その一例です。」p.19
・「人間では左右の脳は異なった働きをしていて、正常の人間でも左右の脳が独立に働くことが考えられます。ガザニガは一つの脳に二つの心があると考えている学者の一人です。私たちの生活では左右脳がバランスよく働いているのが普通ですが、ときに、独立して働くことはありそうです。」p.24
・「脳は神経という電線がはりめぐらされた電気回路=コンピュータのようなものだと考えることもできますが、「化学機械」としても、とらえることができます。脳は電気信号と化学信号の両方を使った神経を媒介して働く複雑なシステムであるという見方が重要です。」p.33
・「運動神経は、直径が太いか、細いかによって、活動電位の伝導速度が変わるのです。運動神経が細いと活動電位の伝わるスピードがおそくなります。」p.38
・「神経はいくら使っても、つまり活動電位を運ぶ回数がふえても、伝導速度が速くなることはありません。筋肉を使う練習をしても変わることはありません。運動神経がにぶいということはないのです。」p.39
・「脳にある細い血管、つまり毛細血管は、脳以外のあらゆる器官、例えば、腸管や筋肉の血管と異なり、血液の中から神経細胞にとって有用なものだけを選んで神経細胞に届けるという際立った働きをしています。」p.50
・「体の中で熱を生産する臓器(器官)として一番大切なのは、骨格筋です。それは、体の半分を占めるほどに、その量も多いのです。」p.73
・「カラテ・チョップも全く同じ理屈で、この頚動脈洞の圧受容器に強い衝撃を与え、心臓反射を激しく起こさすのです。血圧が瞬間的にひどく下がり、脳へ血液がいかなくなるために、大の男も一瞬気を失いふらふらとして倒れてしまうというわけです。」p.89
・「幼児の遊びをみても女の子は静かにするママごと遊びを好みますが、男の子は筋肉を使う荒っぽい遊びを好みます。この違いは思春期の性ホルモンの働きではなく、最近の研究では脳の働き方が幼児のときから男女で違うから起こるのであるとされています。男性と女性の脳の形の違いは、実は胎児のときからすでに存在するのです。」p.117
・「ヒトの大脳は右半球と左半球の二つから成り立っています。そして、左の大脳(左脳)は身体の右側を支配し、右の大脳(右脳)が身体の左側のことを司っています(交叉支配)。なぜ、そうなのかといわれても、大昔、脊椎動物が現れた時からそうなのだから仕方ありません。謎です。脳の大不可思議の一つです。ついでに申し添えれば、昆虫など無脊椎動物では、右の脳が右の体、左の脳が左の脚や体を支配しています。この方がまともだと私なども考えます。」p.121
・「ヒトとチンパンジーの言葉の能力の差は、語から文を構成することができるかどうか、そのあたりにありそうです。」p.126
・「小脳の特徴は、「小脳は時計だ」といわれるように、運動にとって必要な正確な時間を作ることにあるようです。」p.145
・「個人個人の人間がする特有な行動傾向のことを性格といいます。人格という意味も、ほぼ同じ意味で使われています。あえて違いをいうとすれば、性格は他人との傾向の違い、人格はその人の統一とれた傾向のことをいうときに使われます。」p.160
・「ではなぜ、断眠ができないのか。神経細胞は、体の細胞と違って壊れたら再生しないという性質があるので、眠りは脳を保護する安全装置の役割をしているためです。断眠中、脳波を記録して調べると、極めて短時間、睡眠脳波が、目を開けていても出ることが見つかり、これを「マイクロスリープ」と呼んでいます。断眠中には、このマイクロスリープが頻発してくるので、厳密な断眠は事実上不可能なのです。」p.174
・「頭が良いというのは、ある条件で、解決しなければならない問題があるとき、その時にくる外からの刺激や、過去に記憶したことから、次にとるべき行動を正しくえらんで、実行できる人のことです。記憶している量が多いほど、行動を選ぶときに参考にできる記憶の量が多くなります。」p.185
・「「天才の心理学」という本を書いたドイツの精神医学者クレッチマーによると「天才」とは、積極的な価値感情を、広い範囲の人びとに、永続的に、しかも稀にみるほど強く、よび起こすことのできる人格のことです。」p.190
・「パブロフの発見が画期的だったのは、適当な方法を用いれば、本来無関係だった刺激と反応が新たに "連合される" ことを初めて示した点にあります。これは学習の一種です。学習とは、生まれながらに備わっていなかった反応や行動を生まれた後に獲得することだからです。」p.193
・「現代の狼少女ともいわれているジーニーは、一歳ころまで普通に育てられたアメリカ娘でした。一歳半になったとき、精神異常の父親がジーニーを一部屋に閉じこめて、ベッドにくくりつけてしまいました。ジーニーはそのままの状態で13歳まで育てられました。父親が一日に一回やってきて、食事を口の中へ流しこみます。ジーニーが声を出すと、父親はなぐりつけるのでジーニーは声を出さなくなりました。13歳になったときジーニーは病院へつれてこられることになったのですが、声をかけても、返事もせず、眼をあけて、じっと話す人の方を見つめているだけでした。もちろん言葉は全くしゃべれません。しかしまわりの人たちが、言葉の特訓をはじめたところ、一年で数百の単語をおぼえ、少しは言葉をしゃべれるようになりました。」p.196
・「シェーには幼児の頃から、"共感覚" と呼ばれる現象がありました。共感覚とは、音を聴くと色や形が見えたり、においを感じたりする現象で、その脳内メカニズムは不明です。たとえば、シェーは、50ヘルツの音を聴いた時、次のように報告します。「暗い背景に赤い舌を持った褐色の線条が見えます。その音の味は甘酸っぱく、ボルシチに似ていて、味覚が舌全体をおおいます」と。」p.211
・「交通信号も赤や青でゴー・ストップを示していますが、これも手の図形を使った方がよい。なぜ赤だと止まるのかと考えてみるとよくわからなくなります。赤は動脈を表わし、青は静脈を表わし、中性のヨーロッパでは外科医の標章でした。これを利用したものでしょうか。」p.220
・「ポルトマンによると、ヒトは生後一歳になって、他の哺乳類の新生仔に匹敵する発育状態になります。つまり、ヒトは一年ほど早く産まれてしまうのです。」p.226
・「巨大でいびつな頭部と子どものような体つき――未来人はそんな姿をしているのかもしれません。」p.228
・「ヒトの足は他の霊長類とはかなり趣を異にしています。いいかえれば、ウシやウマの脚に近くなった、むしろ退化したわけです。ただ、この場合、ヒトは足が退化した分を、脳の進化という形で取り戻しています。」p.230
・「いったんコンピュータが人間の頭脳を超えたと思われる分野では、コンピュータが独り歩きを始めるでしょう。コンピュータの出す答えが正しいかどうか、もはや人間には判定がつかないでしょうから。」p.235
・「つまり、脳の回路の形成には、神経細胞の分裂――増殖よりもむしろその死が重要と考えられます。回路をつくるのに神経細胞の数が増えては困ったことになってしまいます。」p.236
・「心とは活動している脳の働きの一側面です。心を総合的にとらえることは難しいのですが、心には知、情、意の三つの側面があるということは、一般に認められています。(中略)コンピュータについても、この三つの側面を検討することが必要です。」p.239
・「脳が論理的には完全でない、ごく大まかなシステムであることこそが、脳の創造性の原点である、というアイデアから、論理的には多少ルーズなコンピュータを作ろうとしている研究者もいます。」p.242
・「人間では筋肉の使い方が経済的です。哺乳類の中で、一定の距離を移動するのに使われるエネルギーが、体重あたりいちばん少なくてすみます。しかも時速六キロまでは歩いた方が、それを超えると走った方がエネルギーが経済的です。」p.244
・「脳移植の実験は今世紀の初めごろ(1917年)、ダンがすでに試みていて、脳の一部が他の脳に移植できることを最初に報告しましたが、画期的なのは1976年のビョルクランドたちの実験です。彼らは新生仔のラットの脳の一部を大人のラットの脳に移植し、それが大人の脳内で生きつづけていることを明らかにしたのです。」p.245
・「脳の移植は胎児や新生仔の未熟な脳の一部を移植したときに可能で、そして移植片とホストの脳との間には不完全な神経回路ができるわけです。」p.246
・「脳全体を移しかえるというのは、とても無理な話ですが、一部の脳の働きを回復させるため、またはよくするためにも移植技術は使われそうです。」p.248
●以下、『脳研究の最前線から(対談 塚原仲晃 久保田競)』より
・「人間がつくるんじゃなくて、自然がつくり上げた脳を研究してたという時代から、今度は人間が手を加えて新しい脳をつくって、それを研究するという時代に変わりつつあるということですね。」p.258
・「脳の研究というのは最終の科学研究の一つのフロンティアです。」p.261
・「脳研究が最後のフロンティアといわれるわけですが、最後のフロンティアといわれる中で、最後まで残る問題は一体何であろうかということを考えてみますと、一つは心のメカニズムということだと思います。言い換えれば脳の最高次の働きとして、心、つまり知・情・意があるわけで、その脳内の機構が将来の目標として存在するということはまず異論のないところだと思います。 これは人間は何であるかというのを脳研究の立場から答えることであります。そういう問題を解くことがやはり脳研究の終極の目標であるというふうにいえると思います。」p.264
・「脳研究者の数ですが、アメリカでは二万人位、ヨーロッパ全体では三千人位、日本では二千人位ですね。それ位の割合でやってまして、やはり非常に新しい考え方、すばらしい成果はやっぱりアメリカが多いですね。」p.266
・「日本の脳生理学では非常にいい研究の伝統があった上に、偉い先生が出てきて弟子をたくさんつくったということが、日本のレベルが高いことにつながってるのだと思うんです。」p.270
・「わかりやすくいいますと、大脳というのはいろんなものをつくり上げていく、ある意味でいえば、粘土をこねて、たとえば彫塑にする。小脳のほうは、こっちからのみでもってまわりを削っていって、ある像をつくる。削るほうは小脳で、何かつけ加えてパターンをつくるのは大脳だといえます。」p.271
・「神経細胞の働きとしては大分わかってきたのですけれども、これからはいろんな物質のかかわりですね。それがどういう風に神経細胞の働き方に関与するかということですね。たとえばいろんなアミンやペプチドが伝達物質や修飾物質として絡んでいる、それがまだよくわかってないですね。」p.273
・「いま現在で、脳研究の最先端のところで一番注目されている分野はなんでしょうか、ここが一つこえられるとまたさらに脳研究が進む、そんな突破口になるような研究は何でしょうか。
塚原 「記憶」の研究ではないかと思います。」p.276
・「だから、そういう脳の負担を何とかして軽減するようなものを人類が手にしない限りは、必ず情報洪水で人間の脳は参ってしまうでしょう。そういう意味のニーズがあるわけです。だから脳の機能、特に記憶とかのメカニズムがわかれば、そこから人間の能力をグレードアップすることが期待できるわけです。かなり夢物語的な感じはするんですが。」p.277
・「「日本人は創造性がない」といういい方は、ぼくは間違ってると思います。ただ、たとえばノーベル賞をもらう位の非常に重要な自然科学の原理を見つけるようなことでは、確かに外国人に劣っていたかも知れない。(中略)たとえば安い自動車をつくる、小型自動車をつくるとか、新幹線をつくる、そういうのをどうして創造性といわないんだって、最近「ネイチャー」という自然科学者のための週刊誌が日本人の態度を皮肉って書いてありましたけどね。日本人は、自らが創造性がないんだと卑下して、ドライブをかけるという傾向があるんじゃないですか。もっと自信を持たなきゃと思います。」p.281
・「研究費を税金から引き出すという意味では、日本では最近まで物理の人が一番努力してますよ。化学の人がその次でね、生物学関係はあまりやってこなかった。医学関係は別の所からお金が入ってきてましたのであまりやって来なかった。」p.286
・「たった1.5リットルの水っていう表現があるんです。要するに、脳を構成しているのは、組織からいいますと、ほとんど水なんです。重さにしても、大体1.5キログラムですね。その水がいろいろのことをやってるんですよ。結局、この世の中の文明をつくったのは、1.5リットルの水なんですね。」p.289