もう何年も前の話になるが、米国神経学会(AAN)のplenary sessionにて、少しばかり狂気にも似た情熱を孕んだ聴衆のなかに自分が紛れ込んでいたときのことを印象深く憶えている。聴衆の視線の先には、眩いばかりのスポットライトとスモークを背にし、エネルギーと自信に満ちた顔つきの白髪の男性がいた。スタンリー・プルシナーである。
プルシナーは1982年、「遺伝子を持たないタンパク質が感染し、増殖する」という異端の説を提唱する。このプリオン説は、「感染し、増殖する病原体は、ウイルスにせよ、細菌にせよ、すべて遺伝子(核酸)を持っている」という中心原理(セントラル・ドグマ;タンパク質は自分だけで複製できない)に例外を作るものであり、当然、多くの科学者からの批判の的となったが、その後、プルシナー一派が次々とプリオン説を支持するデータを提示するのに対し、反対派はその対案を示すことができず、ついには1997年10月、プルシナーはノーベル生理学・医学賞を単独受賞する。異端の説であったプリオン説が、科学的真実として世界から完全に受け入れられた瞬間であった。
個人的にも本当に蛋白が次から次へと感染するのだろうか?と不思議に思った時期はあったが、「プリオン蛋白の構造(conformation)が、αへリックスからβシートに変化する」という図や、「正常型プリオンは異常型プリオンに出会うと異常型に変換されてしまう」という発症メカニズムの図をreviewなどで繰り返し見せられるにつれ、徐々にこの説を信じるようになった。しかしなぜプリオンだけ感染し、同じConformational diseaseのアルツハイマー病やポリグルタミン病は感染しないのだろう?
今回、とても面白い本を読んだ。プリオン病関連本は昨今の狂牛病ブーム(?)の影響でピンからキリまで出版されたようであるが、本書は一般向けに書かれた本であるものの、決していい加減なものではない。前半はプリオン病とは何か?から始まり、プリオン説が誕生した経緯、さらにそれを支持する証拠がどんどん紹介され、知識の整理に役立つ。さらにプルシナーの野心家・戦略家としての素顔を垣間見ることができてとても面白い。しかも後半に入り、プリオン説に対する著者の挑戦が怒涛の勢いで展開される。病原体として認知される上で不可欠な条件「コッホの3原則」をプリオンはまだ満たしていないこと、前半で取り上げたプルシナー一派の実験の弱点・問題点・ウソ(?)が提示され、さらにプリオン説の反証となるびっくりするような新たな実験データも示される。そして何とウイルスが病原体の正体である可能性と著者らの最近の取り組みについて言及していく。ノーベル賞を受賞した説に対し、何とも無謀な挑戦と最初は思ったが,説得力は十分!!ウイルスは本当に存在するような気がしてきた。単に勉強になるだけでなく,ちょうど良質のミステリーを読んだような気分にさせてくれる。おすすめの一冊。
プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー
福岡伸一(講談社ブルーバックス)
本の題名をクリックするとAmazonにリンクします。
プルシナーは1982年、「遺伝子を持たないタンパク質が感染し、増殖する」という異端の説を提唱する。このプリオン説は、「感染し、増殖する病原体は、ウイルスにせよ、細菌にせよ、すべて遺伝子(核酸)を持っている」という中心原理(セントラル・ドグマ;タンパク質は自分だけで複製できない)に例外を作るものであり、当然、多くの科学者からの批判の的となったが、その後、プルシナー一派が次々とプリオン説を支持するデータを提示するのに対し、反対派はその対案を示すことができず、ついには1997年10月、プルシナーはノーベル生理学・医学賞を単独受賞する。異端の説であったプリオン説が、科学的真実として世界から完全に受け入れられた瞬間であった。
個人的にも本当に蛋白が次から次へと感染するのだろうか?と不思議に思った時期はあったが、「プリオン蛋白の構造(conformation)が、αへリックスからβシートに変化する」という図や、「正常型プリオンは異常型プリオンに出会うと異常型に変換されてしまう」という発症メカニズムの図をreviewなどで繰り返し見せられるにつれ、徐々にこの説を信じるようになった。しかしなぜプリオンだけ感染し、同じConformational diseaseのアルツハイマー病やポリグルタミン病は感染しないのだろう?
今回、とても面白い本を読んだ。プリオン病関連本は昨今の狂牛病ブーム(?)の影響でピンからキリまで出版されたようであるが、本書は一般向けに書かれた本であるものの、決していい加減なものではない。前半はプリオン病とは何か?から始まり、プリオン説が誕生した経緯、さらにそれを支持する証拠がどんどん紹介され、知識の整理に役立つ。さらにプルシナーの野心家・戦略家としての素顔を垣間見ることができてとても面白い。しかも後半に入り、プリオン説に対する著者の挑戦が怒涛の勢いで展開される。病原体として認知される上で不可欠な条件「コッホの3原則」をプリオンはまだ満たしていないこと、前半で取り上げたプルシナー一派の実験の弱点・問題点・ウソ(?)が提示され、さらにプリオン説の反証となるびっくりするような新たな実験データも示される。そして何とウイルスが病原体の正体である可能性と著者らの最近の取り組みについて言及していく。ノーベル賞を受賞した説に対し、何とも無謀な挑戦と最初は思ったが,説得力は十分!!ウイルスは本当に存在するような気がしてきた。単に勉強になるだけでなく,ちょうど良質のミステリーを読んだような気分にさせてくれる。おすすめの一冊。
プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー
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