手帳なわたし

手帳オタクな私。若い時からその時々の生活のスタイルに合わせて手帳を選び、使い方を工夫してきました。私の今の究極をご紹介。

「心配事・書き上げメモ」を仕分ける

2016-04-28 | 手帳・雑感

                 

心配事をメモに書き上げていく作業の中で、

「なんかちょっとイライラする〜〜」と思っていたものが

明確になってきますね。

自分が何を悩んでいるのか、

何にいらっとしているのか、

何を心配しているのか、

それらの心配事がどれくらいあるのかが明らかになります。


そうすると、

あれ、わたしってこんなことに悩んでたんだ〜とわかって、

それが思ったより大したことなかった・・・なんて

感じることもあります。


また、逆に、

ことの深刻さにびっくりしてしまうこともあります。


どっちになったとしても、

うやむやよりもはっきりさせるほうがいいです。




でも

どんな問題でも、

その問題そのものの存在よりも、

それについての自分の受け止め方、心持ちのほうが重大であることもあります。

自分の性格的なところで、

ことを必要以上に深刻にしてしまっているということがあるからです。


ただ、わかっていても、

自分の性格はなかなか変えられないし、自分を否定しては生きていけない。

書き上げたことで、

これは自分の性格的なところに深く関係があるな、

事柄や他人の問題ではないなと思う部分を認識するだけでだいぶ違います。


そして、

そういうことも含めて、

書き上げた問題、課題を解決するために

自分ができることとできないことを分けることです。


単純な例でいいますと、

大学受験で悩んでいる自分があるとしたら、

例えばこんな悩み、心配事が挙げられます。


・テストの点が上がらない

・勉強がわからない

・希望の大学に行けない

・勉強しようと思っても疲れてすぐ寝てしまう

などなど。


テストの点が上がらないなら、

あげるために何ができるのか!


計画を立てて勉強をする。

毎日2時間は勉強をする。

わからないところはうやむやにしないで先生に質問する。

・・・・


そう、できることがあるわけですよね。

こういうことは「自分ができること」。

「自分にできること」「自分の力でなんとかなること」は、

なんとかすればいいのです。

悩む事ではないのです。

ごちゃごちゃ悩んでいるよりは、何とかする、動いてみることですね。

道筋ができれば気持ちは楽になります。



ところが最後の最後で「希望の大学に合格できるかどうか」というのは、

自分が決定できないことです。


自分がどうすることもできないことを悩んでも仕方がないのです。

すべては最善に導かれると信じ、

「神様にお委ねすること」なのですね。



わたしの大好きな言葉にこのようなものがあります。

アメリカの神学者、「ラインホルト・ニーバーの祈り」と言われているものです。


   
    ↑20年ほど前にわたしが書いたカリグラフィー。
      色がだいぶ褪せてきてしまってます。






   THE SERENITY PRAYER

   O GOD, GIVE US
   SERENITY TO ACCEPT WHAT CANNOT BE CHANGED,
  COURAGE TO CHANGE WHAT SHOULD BE CHANGED,
   AND WISDOM TO DISTINGUISH THE ONE FROM
  THE OTHER



   平静の祈り

   神よ
   変えることのできるものについて、
   それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
   変えることのできないものについては、
   それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
   そして、
   変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
   識別する知恵を与えたまえ。

   (翻訳者:大木英夫)

                   〜ウイキペディアより〜




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

昨日のお弁当!



・白飯
・上海焼きそば(キャベツ、人参、ねぎ)
・鶏肉の照り焼き
・茹でオクラ
・ポテトサラダ(じゃがいも、人参)





スイカきゅうり4日目



変化なし。




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コメント (4)
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