材木の溝を刻んだ中に、木の葉を銅版に写した物を数枚重ねて入れてある。
木は生命の象徴、祈りの主軸であり、飛葉(一葉)は生命の終末、死である。その生命の終わりを一枚ずつ丁寧に複製し、箱(棺)に納める・・・これは祈りの儀式ではないか。
O.ヘンリーに『最後の一葉』という作品がある。重篤な病人が自分の生命に重ね、窓外の木の最後の一葉を凝視している。木から葉が落ちるその瞬間を恐れて心の振幅をみせる臥した人の眼差し。
若林奮は、その飛葉に命を重ねている。
一枚一枚が生命の母体を離れ、死していく運命。
一枚、一枚と、重ねるときの作家の優しくも物悲しい素顔が見えてくる。
敬虔なる祈り、葬送の儀式[葉ッパの箱]という表現には一種の照れが隠れているような気がする。
(写真は神奈川県立近代美術館/葉山『若林奮 飛葉と振動』展・図録より)