叔母の死を電話で知らされた。
在宅で、寝たきりではあったけれど、食欲もあり、その前日は「お饅頭が食べたい」と言うので、羊羹を買ってきてすりつぶしてあげたら「ああ、甘い、美味しい」と言ったという。
「でもね、それっきり・・・そうして今日のお昼に呼吸が止まったの」と従妹。
ヒロちゃん、ご苦労さま。大変だったね・・・。
叔母さんは八王子から嫁いできた人、十四人兄妹だというから驚き。
天国でみんな待っているかもね。
遊びに行くと必ず食事は鉄火丼、(おいしかったわ、ご馳走様)
さみしいけれど、母方の叔父叔母は全員召されて他界。
これからは、自分たちの番。
《あの世には、どんな意気地なしでも自分の足で行くんだよ》って誰かが言ってた。
ああ・・・。
日下野由季先生の授業
十七文字・季語・切字(や、かな、けり等)の三つの約束、俳句は型をもって基本とします。
古池や蛙とび込む水の音/芭蕉
(古池や、という切字で始まり。水の音という名詞で止めています。
啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々/水原秋櫻子
(啄木鳥は秋の季語、落葉は冬の季語ですが、この場合、《落葉をいそぐ》が前に出ていますから冬の句といえます。時間の流れのようなものも感じますね。啄木鳥と落葉をいそぐ牧の木々は関連がありませんから、二章一句ということになります。
秋風や模様のちがふ皿二つ/原 石鼎
(これは都落ちし、少し侘しい情景を詠んだもので、《秋風や》で心情的な温度を感じ、《模様のちがふ》でその光景が浮かび上がります。
いろいろ説明してくださるうちに、その深さに押しつぶされそうになってしまった。
五・七・五・・・これは難しい!
(最初は、基本を踏まえて素直な句をつくりましょうね)という感じ。それでも難しい。何も知らなかったわたしは、ただただ恥ずかしい。
『チョコレート粉砕器』
チョコレートを粉砕する?チョコレートの原料であるカカオを均一にするための器材らしい。
ショーウインドウにかざられたこの器材を見て衝撃を受けたのだろうか。
確かに巧妙な仕掛けである。圧力をかけるための重力は平面に垂直に働くが、この場合ローラーはやや斜めに浮いていてカカオが均一になるように図られている。斜めのローラーが三つ巡回する仕掛け・・・。
これを社会あるいは国家レベルにすると脅威を感じはしまいか。
限りなく同じような思考に統制する国家権力の脅威。
単純極まる構造の、まことに見事な仕掛けに共感したのだと思う。
(写真は『マルセルデュシャン』㈱美術出版社より)
突然たうもろこしがなくなって巨きな黒い野原がいっぱいにひらけました。
新世界交響楽はいよいよはっきり地平線のはてから湧きそのまっ黒な野原のなかを一人のインデアンが白い鳥の羽根を頭につけたたくさんお石を腕と胸にかざり小さな弓に矢を番へて一目散に汽車を追って来るのでした。
☆突(つきでたもの)を繕い、去(とりさる)と告げる也。
現れるのは、真(まこと)の正しい解(さとり)の講(はなし)である。
教(神仏の教え)の学びは字を並べて選ぶ幽(死者の世界)を告ぐもの也。
現れる逸(かくれた)図りごとを吐く。
弔(死者を悼む)話を混ぜて統(一筋にまとめる)と告げる。
一つ(ワン)の教(神仏のおしえ)である照(あまねく光が当たる=平等)を究める也。
万(全く)逸(隠して)黙っているので算(見当をつける)記であり、赦(罪や過ちを許す)終りの記である。
したがって、ふたりの相違がクラムに有利にはならず、その逆だとしても、フリーダの愛情のせいだということになるでしょうか。
☆差別はクラム(氏族)の許可を得て生じたものではなく、逆にフリーダ(平和)の愛情をこそ生じさせるべきではなかったのか。