西宮文化協会の十一月行事、秋の見学会
西宮文化協会の十一月行事、秋の見学会として11月18日(金)午後1時半に西宮市大谷記念美術館玄関前に集合、同館「特別展」「BACK TO 1972」(50年前の現代美術へ)(10月8日~12月11日)を楽しみに出かけた。
同会、吉井良昭会長、森田正樹理事の挨拶の後、同館学芸員の作花麻帆さんから「特別展」の解説を同館ホールで聞いた。会場の様子をいつものようにスケッチした。
会場正面に映された開館当時の美術館玄関の映像を見ながら解説が始まった。西宮市大谷記念美術館は1972年11月3日に開館、今年で50周年を迎える。
大谷竹次郎(1985~1971)の住居、土地、美術コレクションが西宮市に寄贈されたことに始まる。当館は2度改装され、幅広い分野の1,200点の美術作品を所蔵している。
大谷竹次郎はホテルオオタニを作った大谷米次郎の弟にあたる。18歳のときに相撲取りになったが廃業、22歳のときに、のちに大谷重工業となる東京ロール旋盤所を創設した。当館開館の前年に亡くなったと話しをはじめた。
特別展「BACK TO 1972」は当館50周年のお祝いとして何がいいかと2~3年前から話し合いがもたれた。1972年時代とは、どうした時代だったのだろうか。その時の世相が反映された資料なども含めて「第0章」として展示されている。
浅間山荘事件があった。日中国交回復、正常化したなど政治的にも様々な出来事があった。冬季札幌オリンピックが開催された。展示ポスターなどに反映されている。西宮ではどういうことがあったのか。写真が展示されているなどと映像に映した。
第1章「1972京都ビエンナーレ」と関西アートシーン,第2章「具体美術協会の変遷」、第3章「現代美術の点景」、第4章「版画の躍進」と順を追って主な展示作品が映像で紹介された。
第1章では幅5メートルの巨大な作品もある。第2章では吉原治良などの作品が紹介された。吉原治良は2色しか使わない。3色使った絵が残されている。第3章では福岡道雄の「蛾2」はFRP(強化プラスチック)製の作品で蛾が2匹重なった映像が映された。第4章では杉原康平のポスターや池田満寿夫の「七つの大罪」などが映された。
解説を聞いたあと、当会、吉井良昭会長から「1972年当時はまだ学生だった。本日は、なつかしい話をお聞かせいただき、ありがとうございました。皆さま個々に楽しくご観覧いただきたい。」との挨拶があり、あと自由解散となった。
雑誌「オール関西1972年11月号」に阪急百貨店で開かれた「須田剋太展」紹介の1ページが開かれており、抽象と具象は本来一体であるとの記述を図らずも見つけた。余談ながら、筆者は母校甲陽学院中学1年の時、美術担当の須田剋太先生から「ピカソには「青の時代」があったとピカソの作品を教室で見せ「まず具象があり、そこからabstruct(抽象)された作品に発展した。」と70年以上前になる教室での話を懐かしく思い出した。
第4章「版画の躍進」コーナーでは、池田満寿夫の「七つの大罪」(The seven deadly sins),「扉」(Title page)、「傲慢の罪」(Pride)、「吝嗇の罪」(Greedy)、「邪淫の罪」(Lust)、「嫉妬の罪」(Envy)、[大食の罪](Gluttony)、「怠惰の罪」(Sloth)、「憤怒の罪」(Anger)、
計8点の版画が強く印象に残った。
一階、展示場では当館所蔵の洋画、日本画20数点が展示されており堪能した。素晴らしい機会を用意いただいた西宮文化協会事務局にひたすら感謝である。(了)