思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

ショスタコービッチ交響曲5番の真の姿を示した稀代の名演

2005-06-15 | 趣味

この曲の名演としては、1973年、東京文化会館でのムラビンスキー初来日時のライブが知られています。私もその時会場にいましたが、それまで聴いたどのオーケストラとも異なる異様なほどのアンサンブルの冴えに唖然として声を失いました。ムラビンスキーの透徹した指揮、高潔、孤高の精神が具現化したような音楽には心底感動しました。私の音楽体験の中で最も強く記憶に残る一夜です。この日のライブは2000年にキングレコードからCD化されました。(Altus-ALT・002)

しかし、この曲は一周遅れのトップランナーのようで、ムラビンスキー体験の前後に名演と呼ばれたレコードは一応聴きましたが、どうもあまり感心できませんでした。

ところが、もう10年以上前ですが、偶然入手した「新星堂」発売の廉価版CDを聴いて茫然自失!まったく曲のイメージが違うのです。異様なほど遅いテンポで奏でられる荘重な美しさに満ちたメロディーは、深く沈みこみ、真の悲劇がくり広げられています。そのときにショスタコービッチ晩年の「証言」の意味がはじめて分かりました。この曲は社会主義リアリズムなどとは全く無縁であることが痛いほどに。

指揮は息子のマキシム・ショスタコービッチで、ロンドン交響楽団の演奏です。録音は1990年ですが、大変残念ながら現在入手は不可能です。中古を探すしかないようです。

でも不思議なのはこの曲の真価を現した「歴史的」な名演奏がなぜ評価されずにいるのか?ということです。批評家は先入観に囚われて聞けていないのかもしれませんね。完全に無視されていて話題にすらなりません。受け入れる「精神の器」がないのでしょう。

この交響曲がロシア・ソビエトの重戦車の音楽ではなく、20世紀の人類の悲劇を深い叙情をもって美しくかつ強靭に歌い上げた名曲であることを証明した稀代の名演が埋もれてしまっているのはなんとも残念です。私の愛聴盤で、来る人みなに聴かせていますが、孤高の作曲家・清瀬保二のお弟子さんー松橋桂子さんも、日本最高の声楽家だった柳兼子さんのただ一人の内弟子―大島久子さんも驚き感動していました。

「新星堂」さん、ぜひ再発売をお願いします。



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