教えることは、教わること。
教わることは、教えること。
助けることは、助けられること。
助けられることは、助けること。
する方とされる方の区別はあります。でも、それを固定化してしまうと、よきものは生まれないと思います。
愛のある愉しい人間関係をつくること、という土台がなく、区別にこだわる考えとシステムは、カタイ心を生んで、つまらない世界をつくってしまいます。
私は「勉強」には興味がありましたが、学校は嫌いでした。
カタイ心とカタイ頭とカタイ言葉と・・・で心が壊れてしまいそうだったからです。
頭が動くことは楽しいことです。規則だらけの「型ハメ教育」や「厳禁の精神」は、明らかに間違いです。心も頭も体も止まってしまうからです。
私が30年前から私塾を開いて勉強を教え・教わり、助け・助けられてきたのは、ほんとうの勉強―ほんとうの人生をつくるためです。そのためのキーは、愛ですね。「理想」??の型に入れようとするのは、一人ひとりの人間を愛していない証拠です。
「主観を消去する日本というシステム」と
「福嶋浩彦・我孫子市長の原点」の二つのブログも見て下さい。
武田康弘