思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

「国際公約」をどう果たすー非軍事日本型貢献を探れー東京新聞社説

2007-09-17 | 書評

「安倍首相の記者会見は困惑でした。理路がたどれないのです。ついには怒りがこみ上げてきました。職ではなく、命を賭すべきではなかったか、と。」
に始まる本日の東京新聞社説―「国際公約」をどう果たす(週のはじめに考える)は、まことに正鵠を射る論理で、感心しました。
「テロとの戦い」、が、アメリカの不毛で逆効果しか生んでいない【対テロ戦争】に加担することにすりかえられてしまっていますが、社説ではこの問題を取り上げています。ぜひ、ご覧下さい。クリック
(福田、麻生氏とも、相変わらずのアメリカ追随で、真の国際貢献とは?については考えていません。民主党の小沢代表の主張は筋が通り、国益にもかなっています。)

武田康弘


東京新聞社説ー「国際公約」をどう果たす

 首相の約束によってインド洋上での海上自衛隊の給油活動継続は国際公約になったのでしょうか。七年目に入るテロとの戦いは終わりなき戦いのようです。

 論説室の同僚が伝える安倍晋三首相の消息に胸騒ぎをおぼえました。うつろで意欲を失ってしまっているというのでした。

 シドニーでのブッシュ米大統領との会談後の高揚ぶりがかえって不審でした。突然の辞任表明は驚きでしたが妙な納得がありました。

 辞任会見は困惑でした。理路がたどれないのです。ついには怒りがこみ上げてきました。職でなく、命を賭すべきではなかったか、と。凶弾に倒れても男子の本懐とするのが総理との思いがあったからです。

 アフガンの二つの戦い
 綸言(りんげん)汗の如(ごと)しといいます。首相が対テロ支援継続を約束したというなら、その責任は重く万難を排すべきものでしょう。それを任務遂行前に投げ出してしまったのでは、首相ばかりか、日本と日本国民が侮られるのではないかと心配なのです。テロとの戦いには内外に筋を通さなければなりません。

 日本がテロとの戦いに参加しているアフガニスタンではテロをめぐる二つの戦いが続いています。

 一つは二〇〇一年九月十一日の米中枢同時テロ直後の十月、米国が自衛権を発動して開始された対テロ戦争、もう一つが国際治安支援部隊(ISAF)を中心にした国連平和活動での戦いです。

 タリバンやアルカイダへの報復爆撃や殲滅(せんめつ)作戦が展開される対テロ戦争には、英、仏、独などの北大西洋条約機構(NATO)加盟国が米国への攻撃を自国の攻撃とする集団的自衛権を行使して域外の戦闘行為に初めて加わりました。

 国連安保理決議一三六八は、対テロ戦争での米国の自衛権と各国の集団的自衛権行使を容認しました。対テロ戦争は、安保理が必要な措置を取るまでの間の緊急避難行為で、国連活動とはされません。

 民衆の声は届かない
 海上自衛隊の給油活動は対テロ戦争への支援です。各国が集団的自衛権を行使しての参戦なのに対して日本国憲法は集団的自衛権の行使を認めていません。そのためのテロ対策特別措置法でした。

 〇一年十月に成立したテロ特措法の正式名称は「平成十三年九月十一日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法」と長文です。

 集団的自衛権をめぐる憲法問題回避のために国連憲章や国連決議が強調され、米国支援がうたわれていないところがポイントです。しかし、小沢一郎民主党代表らは海上自衛隊の派遣・支援活動は集団的自衛権の行使などとしてテロ特措法に反対しているのが知られています。

 一方のISAFはタリバン政権崩壊後の新政権支援を任務とする国連部隊です。安保理決議一三八六に基づいて三十七カ国三万六千人が参加していますが、日本から要員は出していません。

 アフガンでの二つの戦争からは、日本のテロとの戦いが国連という名を借りた対米協力との実態が浮かび上がってきます。イラク、アフガンへは緊急立法してまで自衛隊を派遣しながら国連への人的派遣はほとんどないからです。

 〇一年十月七日の米英軍の首都カブールへの報復爆撃の軍事行動(不朽の自由作戦)からまもなく六年、アフガンはタリバン政権の崩壊と復活の過程といえるでしょうか。現在、陸上作戦に二十カ国、海上作戦に八カ国、ISAFに三十七カ国、地方復興支援に二十七カ国が参加していますが、届いてこないのが民衆の声です。

 NGO(非政府組織)関係者によれば治安は過去最悪で、戦乱と干ばつで農地は失われ、対テロ戦争前には90%を超えていた食料自給率は50%台に落ち込み、難民は三百万人、反米英感情が生まれ、タリバン勢力は復活拡大しています。

 それを象徴するように米同時多発テロの首謀者とされるウサマ・ビンラディン容疑者のテレビ登場の衝撃があったばかり。イラクの四千人まではいかないものの多国籍軍の死者は六百五十人、民衆の犠牲となるとこの国には統計がありません。軍事解決の限界と困難を示します。

 非軍事日本型貢献を探れ
 テロ特措法は十一月一日で失効します。海上自衛隊の撤退問題は首相指名後の臨時国会での最重要テーマとなるでしょうが、テロとの戦いのあり方も含めて真剣に論じられるべきです。

 テロ特措法に問題があるとしても自衛隊の撤収後にどのような貢献ができるのか。世界の平和と安全のために協力する姿勢は示すべきです。その点、対米協力一辺倒や国連活動の実績の乏しさが気がかりです。憲法の理念を生かしての非軍事・人道の日本型貢献が探られるべきです





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よく生きるとは、生活を愉しむこと。

2007-09-17 | 私の信条

人がよく生きるとは、生活を愉しむことでしょう。
ノーベル賞を取ることではありません(笑)※
外なる目標のために生きる、というのは逆立ちした発想。
日々の充実の生を生むには? それがもんだいです。
日常生活を、面白く・愉しく・充実したもの、意義あるものとするには、何をどう考えどうするか?にかかっています。その営みが中心にないと、外なる目標は、自分の心身・人生をスポイルするものでしかなくなります。

心身全体のよろこびと、社会人(会社人ではなく)としての充実を生むには、どのように考え、どのように行為したらよいのか?それが人生の核心。
外なる目標=既存の価値観に囚われていると、永遠に欲求不満。悩み・不機嫌・不細工(おっと失礼)=能面顔・心身不良・不活性生活からヌケラレマセン。

よく生きるとは、日々の生活を愉しむこと。そのためには、臨機応変の精神と具体的な創意工夫が必要です。そして、その精神と行為を生み出すのがの恋知の営み(聖なる「狂気」の善用)、というわけです。

(※余談ですが、かつて文学者であり哲学者であったジャン・ポール・サルトルは、ノーベル賞の受賞を辞退しました)


武田康弘



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